氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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10話

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追い出されるように公爵邸を出たカリストは、馬車の窓から遠ざかる公爵邸の窓を見上げていた。

公爵との会話は、自分がどれ程世間知らずで子供であるかを、教えられた。
そしてみっともなく、未練がましいだけの男が、キャニスという花を妃に迎えるには、絶望的な状態なのだと、現実を見ろ、と思い知らされたのだ。

公爵は、カリストを完全に子ども扱いだった。
それも当然だろう、大局を見ようともせず、目先の欲に囚われ、自分は事の本質を何も見ていなかった。

まさか両親が。
国を守るべき王と王妃までが、まだ子供のキャニスに政務を押し付けて来たとは。

公爵の言う通り、本人達に押し付けた自覚など無いのだろう。温室育ちで、世間知らずなあの二人は、優秀な王子妃を得られて浮かれていただけ。

そしてその優秀な妃を、失いたくなかっただけなのだ。

それならば、キャニスと公爵家に対し、もっと誠実に向き合うべきだったのだ。
しかし、王と王妃は全てから目を背け、何事も無かったかの様に振る舞った。

その愚かな行動の所為で、王家は最強の功臣に、見限られ、見捨てられるのだ。

国王夫妻は、良い意味でも悪い意味でも保守的だ。

慣例に囚われ、変革を望まない。
王家の色を持つナリウスを王太子と定め、ナリウスにその素養が無いと分かってからも、その決定を覆すことが出来なかった。

王となるべき王子に能力が足りないのなら、それを補える優秀な妃を迎えようとするのは、間違いではない。

だがそれならば秀でていなくとも、王太子としてナリウスには、最低限の政務を熟せるように教育し、王家の品位を守り、大切な妃に、最大限の敬意を払うよう指導すべきだったのだ。

それを親として当たり前の教育を放棄し、王家の人間としての義務をも放棄して、放蕩息子を野放しにして来たのだ。

そして私は、知るための努力すら怠った。

公爵が王家の全員を同罪と考えるのも当然だ。

この国は、公爵のお陰で成り立っている。

ラリス王国の実質的な王は、公爵だと言っても過言ではない。
実際公爵家には、王家の血が流れて居て、公爵夫人は国王の腹違いの姉だ。その事は、幼少期から蚊帳の外の置かれていた、自分でさえ知って居る。

威厳に満ちた態度。
全てを見透かすような、力強い瞳。
能力も財力も桁違い。

その公爵に天才と謂わしめるキャニスを、ナリウスと両親は手中の珠の様に、大切にするべきだったし、自分も最大限の配慮を怠るべきでは無かったのだ。

「そんなに落ち込んで、キャニス様には合えなかったんだね。公爵に絞られたの?」

「それならもっと気が楽だったろうな。怒りに任せて怒鳴り付けてくれれば、まだ謝罪する事も出来る。あれは完全に見限った者の目だ。公爵は王家を見捨てる気だ」

「それって、物凄く拙いんじゃない?」

「拙い処ではないな。お前達もこれ以上俺に付き合っていても、良い事はないぞ」

「別に俺達は、見返りが欲しくて、お前と付き合っている訳では無い」

「そうだよ。水臭い事言うなよ」

マイルスの言葉に頷くリノスだが、公爵が王家に対して攻撃を始めたら、そんな悠長な事は言って居られなくなる。

リノスはコペル伯爵の、マイルスはバルチク伯爵家のそれぞれ次男だ。

コペル、バルチク両家とも、由緒正しい家柄だが、政治に関しては代々中立を保って来た。

中立の立場だからこそ、彼等は王家の色を持たず、実質継承の可能性の無いカリストの、友人兼側近に選ばれたと言っても良い。

だが、公爵が王家を攻撃し始めたら、中立のままで居られなくなるのは目に見えている。

留学中、この二人と一緒に立ち上げた商会は、そこそこの利益を齎してくれているが、そんなもの、家門の存続とは比べ物にならない。

「これからどうするの?」

「公爵家に対しては、今は何も出来ない。キャニスを妃に迎える事は、現状では絶望的だ」

「カリストは、何もしてないのに?」

「何もしなかったからだよ」

絞り出すようにつぶやいたカリストに、リノスとマイルスは慌ただしく視線を交わし合い、肩を落とした。

「そんなぁ」

「如何にか、公爵の怒りを治められんのか?」

「今はな・・・取り敢えず王宮に行く。両陛下と話し合う必要があるからな」

「じゃあ、後の事はその話し合い次第って事だね?」

「なあ、お前達はキャニスが政務の全てを、取り仕切っていたと知って居たか?」

「王様の分もって事?」

「公爵から聞いたんだが。どうもそうらしい」

「いや、俺達が調べた限りでは、ナリウス殿下の執務を、肩代わりしている事しか分からなかった。いくらキャニス様が優秀でも、王と王妃の政務を肩代わりなど、無理が有るのではないか?」

「私もそう思いたいが、公爵が嘘をつく理由もない」

「まあ。そうだよね。でもさ、それが事実なら、とんでもない事だよ?」

「だよな」

「しかし、俺達が調べても、キャニス様が両陛下の相談に乗っている、としか出て来なかった。という事は、隠されているって事だ。現にナリウス殿下に関する事は、たった一月でボロボロ出て来たからな」

「普通に考えて、子供に仕事を押し付ける、王と王妃なんて外聞が悪すぎる。ナリウスに関しては、隠す必要も無い、と言うか隠しようが無かったんだろう」

「学園の生徒や教師は、あれが王太子かと思ったら絶望しただろうね」

たった一月調べただけでも、ナリウスの素行の悪さは目に余るものだった。
権力を笠に着たいじめに留まらず、学院の内外で男女、人種を問わず、手折られた花は数知れず。

学業を疎かにした結果、成績は最底辺。
王太子の面子を忖度した学院側が、成績トップ3位以下の発表を取り止めたほどだ。

「本当に、私はこの5年間、何をやって居たのかと、自分を殴りたい気分だ」

「気にするな。というのは無理があるかもしれんが、知った所でだろ?」

「そうだよ。傷心のカリストが、意気地なしだったのは事実だけど、知った所で、陛下はナリウス殿下を諫めきれなかっただろうし、キャニス様の事も、逃がさなかったと思うよ?」

「それはそうだが」

それでも知って居れば、何か少しでも助けになる事が出来たのではないか?助けられずとも、慰める事くらいなら出来た筈だ。

それに、キャニスが許してくれさえしたら、彼を攫って逃げる事も出来ただろうに。

後悔先に立たずとは、こういう事だ。

落ち込む友の心情を慮ってか、リノスはあれこれと話しかけてきたが、返事をするのも億劫に思ったカリストは、窓の外をぼんやりと眺めながら考え込んでいた。

離宮を出発した時は、キャニスに会えるかもしれない。
話しは出来ずとも、謝る事は出来るだろう。
真摯に謝ったら、もしかしてキャニスは自分を許し、昔の様に仲良くなれるのではないか?
そうしたら、その先も望めるかもしれない。

そんな期待に胸を膨らませていたカリストは、想像を軽く超えて来た現実に打ちのめされ、公爵の冷徹な態度に、キャニスを妃に迎える事が絶望的なのだと、思い知らされた。

それでも、キャニス本人から拒絶されたわけではない。挽回のチャンスはきっと有る。
そう自分に言い聞かせ、折れそうになる自分を、何とか奮い立たせている。

そうでなければ、この先一歩も進めなくなりそうだった。

王宮に到着したカリストは、王と王妃に面会を申し込み、二人が忙しければ宰相でもいいと言付け、控室で待つ事にした。

政務をとっている両親と、宰相への面会だ、長く待たされることを覚悟していたが、意外にも面会の許可はすぐに下りた。

きっと無理をして時間を割いてくれたのだろうと、面会の場に急いで向かったカリストだが、王宮内の様子に違和感を感じつつ、案内された場所は、父王の執務室でも王妃の書斎でもなく、昔から母が茶会を開くときによく利用しているサンルームだった。

こんな時に茶会を開いている筈があるまい。
そう信じたかったが、今回も信頼は裏切られ、王妃は茶会の真っ最中、その席に王も同席しているという、信じられない光景を目の当たりにする事となった。

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