氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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4話

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「それは、おめでとうございます。そこで大変申し訳ないのですが、手続きをする上で、お父君のサインが必要な書類も有ります。しかし、私はオルタナスという家門を存じ上げない。お父君の爵位は何になりますかな?」

「父の名はセドリック。王国騎士団に所属する男爵よ」

「ほう。騎士団は何処の部隊で?」

「第5よ」

「成る程」

 一代限りの騎士爵で。しかも第5は、王都の治安維持の部隊だ。これでは貴族と呼ぶのも恥ずかしい、平民と変わらんではないか?!

 デビュタントどころか、社交界に出入りする事も出来んだろう。どおりで誰も、この女の正体を知らんはずだ。
 
「では、殿下、オルタナス嬢。改めて伺いますが、殿下が息子との婚約を、今日この場で破棄しますと、殿下と御令嬢の有責となる事は、理解されていますか?」

「ゆうせきぃ~? ナリウス様ぁ、ゆうせきってなあに~?」

 この女。そんな事も知らんのか?

小首を傾げ、カサンドラがナリウスを見上げている。しかし、ナリウスはデレデレと鼻の下を伸ばすばかりで、カサンドラの質問に答えようとしない。

 嘘だよな?
 誰か嘘だと言ってくれ。
 このクソ王子迄知らんはずは無いよな?
 私の可愛い妖精が・・・・。
 こんな奴等の為に・・・・。
 クソがっ!

「有責とは。責任があると言う意味ですよ。御令嬢、貴方は大人として、ラリス王国の貴族として、ナリウス殿下の行いに対する、責任を果たせますか?」

「ええ!もちろんよ! 殿下と私は。これから二人で力を合わせて、困難に立ち向かって行くの。私たち二人なら、どんな苦しみにも耐え、乗り越えて行けるわ。だってそれが真実の愛ってものでしょう?」

ねぇーーッ!! と、ナリウスの腕にしがみ付く、カサンドラに、王妃は今にも卒倒してしまいそうだ。

「左様ですか。真実の愛・・・ね」

 その真実の愛とやらで、どこまで耐えられるか,見ものだ。

「では、最後の質問です。このまま婚約が破棄された場合、殿下と御令嬢の有責となる訳ですが。そうしますと、契約の違約金が発生するのです。そのお支払いは何方がされますか?王家の婚約とは言え、このような場合国庫から、違約金を支払うことは出来ません。あくまで王家の私有財産か、殿下個人の財産からのお支払いになるのですよ?」

「そんな事は。父上が・・」

「儂は払わんぞ!ナリウス。お前は自分が成人した大人だと言い、儂の決めた婚約を、勝手に破棄しようとして居る。最後まで自分で責任を持ちなさい。それが10年も、お前の為に力を尽くしてくれていた、キャニスに対する誠意でもあろう!」

「はあ?何故キャニスなんかに」

「なんか? 今私の息子に ”なんか” と仰いましたか?」

「あ・・・いや・・その」

この程度の脅しで狼狽えるとは、何とも情けない。

「今回は聞かなかった事に致しましょう。誰にでも失敗は在りますからな」

「ウッグッ」

 ふん!
 表情を押える事も出来んとは。
 こいつは、本当に駄目だな。

 今直ぐ、コイツの肩を掴んで、首がもげる迄、ぐらぐら揺らしてやりたい。私の妖精の、大切な時間を返せと言ってやれたら。

 いや、駄目だ。
 コイツには本当の地獄と言うものを、見せてやらねばならんのだからな。

「必要な事は大方伺うことが出来ました。しかし後日追加の確認が有るやもしれませんので、そこの所はご了承ください」

「う、うむ」

「違約金のお支払い方法については、私が口出しは出来ませんので、陛下とよく御相談ください。また今後は、公証人が諸々の手続きの為、殿下をお尋ねする事になりますので、ご対応をよろしくお願い申し上げます」

ではこれで。
と立ち上がった公爵は、懇願の視線を送って来る、国王夫妻に眼を止めた。

 哀れなものだ。

将来国を任せるべき王子がこれでは、キャニス頼みで破婚など受け入れられなかったのだろう。だがその怠慢が、公爵の宝を傷つけたことに変わりはない。

国王夫妻にも、それ相応の罰は受けさせる事を、心に誓い。
公爵は二人の情けない視線に、冷酷とも言える、眼差しを返した。

そしてこの時、公爵はふと小さな嫌がらせを思いついた。
いかにも度量の小さい嫌がらせだが、この傲慢な王子には打って付けの嫌がらせだ。

「そうそう。忘れる処でした。殿下は白鷺館の鍵をお持ちですな?」

「白鷺?ザーレンの別荘か?持っているが?」

「明日、王子宮へ人をやります。その際、白鷺館の鍵をお返しください」

「はあ?何を言っている。あそこは私の!」

「いいえ!長くキャニスと居られたので、勘違いなさっているようですが、白鷺館は我が家の、正確には、キャニスの私有財産で、殿下の財産ではないのです」

「そんな筈は無い。あそこは私が子供の頃から使っていた別荘だぞ!」

「殿下。よ~~く思い出してください? あの別荘を使えるようになったのは、何時からですか? あの別荘は、キャニスが殿下と過ごすために、自分で探して購入した別荘なのですよ?」

「あ・・・うう」

「思い出して頂けた様ですな。婚約を破棄した以上、今後あの館をご利用頂くのであれば、賃借料を頂くことになりますが?」

「いっ幾らだ?」

「そうですな・・・一月2億フラーでしょうか?」

「そんな・・・一月で2億?いくら何でもボリ過ぎだろう」

「ボルとは・・・王太子ともあろうお方が、下卑た言葉をよくご存じで、まぁ交友関係が広い殿下ですからな、そういう事もあるでしょうな」

公爵は嫌味の籠った視線を、カサンドラに向けてやった。
それに対し、ナリウスは一瞬羞恥に顔を赤くしたが、カサンドラは嫌味にも気付かないのか、きょとんとした顔で、公爵を見つめ返しただけだ。

 図太いと言うか鈍感と言うか。
 これはこれで、大人物と言えなくも無いのか?

「あの館の使用料が2億と言うのは、破格の値段です。そうですな。王家価格と申しましょうか。儲け度外視の価格なのですが、お気に召しませんか」

「そう言う訳では無いが・・・」

「作用でございますか。因みにあの館で殿下にご用意したものは、全てキャニスが購入したものですので、殿下の私物は、一つもございませんから、鍵をお返し頂くだけで結構です」

公爵の言葉には、充分に皮肉が込められていた。お前は、婚約者の金で遊び暮らしていたのだ、と。

それを察したナリウスは、重なる恥辱に顔を赤くしていたが、カサンドラの前だからか、普段の様に爆発する事はなく、公爵を睨み返しただけだった。

「ああ、それから。王子宮からもキャニスが購入したものは、全て引き上げさせて頂きます。殿下もカサンドラ嬢と暮らされるのでしたら、キャニスを思い出させる物は、処分されたいでしょう?」

「あ・・あぁ。キャニスの物は全て処分してくれ」

「ではそのように」

踵を返した、公爵はナリウスに対し、愚か者め と内心でほくそ笑んでいた。

国庫は空っぽ。
王家も侯爵の援助が無ければ、体裁を保つことすら出来ない。
俗にいうジリ貧状態だ。
当然ナリウスの個人資産など、何もない。
金貨一枚。下着の一枚に至るまで、全てがキャニスの財産で賄われていた。
王子は政務だけでなく、個人財産を増やす努力も一切行ってこなかった。
また、キャニスも王子の私有財産を増やす為の活動を、行っていなかった。

狙って何もしなかった訳ではない。
自分の財産は、自分の裁量で増やすべし。
という侯爵の教えを実践していた事と、忙しすぎて、そんな余裕が無かった、というのが実際の所だ。

キャニスは自分で発明した魔道具の特許権や、売上金で既に一生遊んで暮らせるほどの財産を有している。
加えて、契約の違約金・公爵家に対する賠償・その他諸々。
莫大な金銭が、王家から公爵家とキャニスに支払われる事となれば、キャニスの個人財産は、国家予算を軽く上回る。

この騒ぎで、ナリウスとキャニスの破婚は確定したも同然だ。
その噂は瞬く間に広がることは確実。

明日の朝には、キャニスの美貌と財産に惹かれた愚か者どもの求婚状が、侯爵邸に山と届くに違いない。
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