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千年王国

アーロン

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「マーク、マーク。気持ちは分かるが後にしような。な?」

 怒髪天を衝くマークを、エーグルがオロオロと宥めてくれている。

 すまん、エーグル。
 今度美味い酒を奢ってやるからな。

「閣下!貴方馬鹿なんですか?!子供じゃないんだから、何かするなら、もっと考えてから行動に移すべきでしょう?!」

「マーク、落ち着いて。な?レジスの再生が始まってるから、後にしような?」

「イス!そんなのは後に!・・・・再生?再生ですって?!」

 エーグルの言う通り、レジスの顔はブクブクと泡が浮き出す様に波うち、むき出しだった骸骨がじわじわと隠れ始め、頭の蛇も、うぞうぞと蠢き這い出して来ていた。

「こんな思いをして。最初からやり直し?」

 うんざりした声を上げたマークだが、これには俺もエーグルも同意見だ。

 ん?

[レン?]

「ぅっきゃぁぁああーーーーーー!!」

 頭上から響く悲鳴に、全員が空を仰ぎ見た。

 頭上にぽっかりと空いた穴から見える、真昼の青空の中を、碧玉の龍が一直線にこちらへ降りて来る。

 その角にしがみ付き、悲鳴を上げているのは、俺の番だ!!

「レンッ!!」

 その内降りて来るだろうとは思ったが、これではレンへの精神的ダメージが!

「レン様!!」

 何とかしてやりたいが、俺もマークも高速で降りて来る龍を相手にどうしていいのか分からない。

 助けを求めてカルを見ると、カルはカルでポカンと口を開けて、近付いて来る龍を見上げているだけだ。

 悲鳴を上げる番に、どうしてやる事も出来ず、俺とマークは両腕を広げ、万が一レンが龍から落ちてしまった時に備える事しかできなかった。

 そして。

 ドンッ!! グシャッ!!

 鈍い音を立て、着地した龍は、頭を俺の鼻先に、そして後ろ足でレジスを踏み潰していた。

 ブフォ!

 龍の鼻息が顔に掛かり、髪が後ろに靡いた。

『其方の番だろう?返しに来た。早く受け取れ。煩くてかなわん』

 コイツ。レンに向かってなんてことを。

「ア・・・・アレク・・・アレク~~~」

「あぁ!レン大丈夫か?怖かったな。もう大丈夫だぞ」
 
 転がり落ちる様に俺の腕に戻って来た番は、涙と鼻水と涎で、かわいい顔がべちゃべちゃだ。

 洗浄魔法で、顔とついでに全身の埃も、綺麗さっぱり落としてやる。

「よしよし。もう大丈夫だぞ。俺が居るからな」

 カタカタと震え、胸に縋りつく頭を撫でてやったが、番はグスグスと鼻を鳴らしている。

 いつものパターンだと、この後レンがキレるのだよな。

「ヴうぅぅ・・・・・このおじさん嫌い」

 あれ?
 これで終わりか?
 
 俺の時みたいに締め落としたり。
 カルの時みたいに、ベキベキに心を折ったりしないのか?

『おっ・・・おじさん・・・だと』

 的確に心を折った・・・。
 さすが俺の番だ。

「俺の番を、怖がらせたあんたが悪い」

『其方・・・・。樹海の王だな?その言い方、ヘルムントにそっくりだ』

 遠すぎて親戚とは思えん相手の事など、知るか!

「それより、あんたが踏み潰しているのはレジスか?」

『その愛子にも聞かれたが、それが重要か?』

「いや。気にはなるが、正体は重要ではないな。倒せればなんだって構わない」

『つまらん雄だ』

「なんだ?聞いて欲しいのか?」

『そういう訳ではないが・・・・』

「そんな事より、そのでかい生首をどうする?」

『あぁ、これか?これは・・・・ただの抜け殻、残滓に過ぎんな。そこの愛子が綺麗さっぱり思念を消してしまったようだ・・・・何も残っておらん』

 なんで悲しそうなんだよ?
 呪いを抱えるのが趣味だったのか?

「で?どうするのだ?」

『うむ・・・・近付きさえしなければ、ほぼ無害だが・・・人の世にこれは刺激が強過ぎるだろう』

 アーロンが踏み潰したレジスの額に鼻面を押し付け、何かを呟いた。

 するとレジスの醜悪な生首は淡い光りに包まれ、その光が集まりパアッと強く輝いた。それがアッポの実程の大きさに変わると、アーロンはその光の玉をバクッと飲み込んでしまった。

 後に残ったのは、茶色く変色した頭蓋骨が一つ。
 
 それを、アーロンはポイッと俺に投げてよこした。

「おい!粗末に扱うな!」

『その首はヨナスの宝だったが、我にはどうでもいい物だ』

 どうでもいい・・・・。
 何万年も守って来たのにか?
 いや、呪いを抑えていただけで、守っては居なかったのか。

『もう用はないな?では我は帰る』

 はあ?
 帰る?何処へだよ?

「ちょっと待て!!」

『まだ何かあるのか?』

 あるに決まってるだろ?!
 外郭の魔物も。
 雨もどうにかしろよ!

「用ならある!山ほどある!」

『・・・・・少しなら付き合おう』

「こっちの用が済むまでだ。勝手にどこかに行くな」

『偉そうなところが、ヘルムントとそっくりだ』

  知るか!

 碧玉の龍を連れ、神殿を出ると、レンの帰りを待ち構えていたドラゴン達がレンに縋り付き、甘えっぱなしで離れようとせず。レンの方も怪我をした子供達が心配だったのだろう、両腕に二人を抱えて放そうとはしなかった。

 俺としては、レンとの時間を邪魔される事が不本意ではあったが、無理に引き剥がすような大人気ない行動も出来ず。

 ドラゴンには体を小さくするように言いつけ、俺はレンとドラゴン二匹を抱えて、大公城へ向かう事になった。

 大公城への帰りでは、神殿から発せられた光りに、野次馬が集まって来ていた。

 その野次馬たちは、俺達の直ぐ脇をゆるゆると飛ぶ、伝説の碧玉の龍を眼にする事になった。最初は呆然としていた彼等も、次々に膝を折り額づいて祈り始めた。

『其方達、随分と崇められておるな』

「何を言っている、彼らが祈って居るのはあんたにだ。この国はアウラとクレイオスの他に、あんたを龍神として崇める信仰が有る」

『ふむ・・・・神殿に籠っている間に、色々誤解されている様だな』

「誤解?・・・まあ、その辺の話しも後で詳しく聞かせて貰おう」

『そんな古い話を聞いてどうする?変わった奴だな』

 変わってるのは、あんただろう?
 人慣れしていない龍と言うものは、偏屈な生き物なのか?
 子ドラゴンは別として、カルやクレイオスが人慣れしすぎているのか?

「このおじさん、いじわるだね~」
 
「ねぇ~」

『小竜よ。我はおじさんではないぞ』

「じゃあ、おじいちゃん!」

「おじいちゃんだ!」

 ケラケラと笑う子供達に、レンはクスクスと笑いながら二人の頭を撫で、アーロンは盛大に鼻息を噴き出し、濛々と土埃を舞い上げたのだ。

 大公城では、先駆けから帰城の知らせを受けていた居たロロシュ達暗部と、大公家の面々が城門前で俺達を待っていた。

 大公家の面々は、アーロンの姿を認めると一斉に平伏し顔を上げようともしない。

 その横でロロシュ達は頭や顔を掻いて、困惑した面持ちだ。

『いい加減にして欲しいのだが』

「そう思うなら、人の姿を取れば良いだろう。その姿でいる限り、ここではずっとこの状態だぞ?それとも人型の取り方を忘れたのか?」

『忘れては居らんが。あれは窮屈でな。久しぶりに外に出たのだ羽を伸ばしたい』

「だが、それでは城に入れんぞ」

『む?・・・・仕方ない』

 また鼻息で土埃を舞い上げた龍は、黄金の髪を持った中年の雄の姿に変じて見せた。

 髪色は違うが、その顔はカルにそっくりだ。

「大公家の方々だな。ご無事なようで安堵した。しかし心苦しくはあるが、大公殿下が身罷られたことをお伝えせねばならん」

「神の愛し子レン・シトウ様。クレイオス帝国、皇兄アレクサンドル・クロムウェル大公閣下に、ウジュカ公国、大公子サタナス・エレ・ウジュカがご挨拶申し上げます。そして公国の守護神、碧玉の龍アーロン様には無事の御帰還をお喜び申し上げます。父ザキエルの事は、予想いたしておりました。皆さまどうかお気遣いなく」

 大公子の淡々とした口上に、俺達は視線を交わし合い。

 ロロシュのどうだと言わんばかりの顔に、げんなりしたのだ。
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