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愛し子と樹海の王

がしゃ髑髏

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「うぅ・・・」

「レン? レン、どうした?」

「アレ・・・アレク~~」

 番の腕が弱々しく伸ばされ、龍の鬣に埋もれる番を抱き上げると、番の身体は強張り、カタカタと震えていた。

 さっき迄元気一杯だったのに、何が有ったのだ?

「ゔうぅ・・・。こっこわ・・・こわかったよ~」

 ?! 泣いてる?!
 そこ迄怖い思いをしたのかッ?!

「おいッ!! お前レンに何をした?!」

『何って、ただ降りて来ただけだよ? レンもキャーキャー言って喜んでいたけど?』

「そんな訳あるかッ!! ゆっくり飛んで来て、レンがこんなに怖がるはずが無いッ!!」

『ゆっくり? あれ? 飛び降りるのが苦手なだけでしょ?』

「はあ? お前・・・まさか」

『急いだ方がいいと思って、超特急で降りて来たんだけど』

「アレク・・・ビュー!!って ゴーって!! がッ骸骨が飛んで来て・・」

「あぁ。よしよし。もう大丈夫だぞ」

「おいカル! なんの為に、お前にレンを任せたと思っている?!」

『だって、そんなに怖がるなんて思わなかったし』

「だって? 子供じゃあるまいし。なんだその言い訳はッ!」

『じゃあ、どう言えばいいんだ? ワザと怖がらせた訳じゃないし』

「お前バカだろ?! 少し考えれば、いや、考えなくても普通分るだろうがッ!!」

『なんだい、その言い方。ちょっと勘違いしただけじゃないか』

 人型を取ったカルが腕を組み、ふんとそっぽを向いている。

「お前なあ」

「カ・・・カルの・・・」

「ん? どうした大丈夫か?」

 腕の中の番が、俺の団服にしがみ付き、わなわなと肩を震わせていた。

「カ・・・カルのバカーーーッ!! 止まってって言ったのにッ!! めっめちゃくちゃ怖かったんだからッ!! イケッイケメンだからって、なんでも許されると思わないでよねッ!! 私は、ドラゴンじゃなくて人間なのッ!!」

『人間なのは知ってるよ? だから怪我をしないように』

「うるさいッ!! 怖がってるのに、大喜びしてたじゃない!! カルのバカッ!! ドSの変態ッ!! 意地悪ッ!!」

 怒りを爆発させたレンに、何故か子ドラゴン達は大喜び。
 カルの周りをふよふよと飛びながら、囃し立て始めた。

「カルのバ~カ」

「カルへんた~い」

「カルどえすぅ~~」

「「カル いじわる~~」」

『お前達まで?! 私はもう知らない! 勝手にしろッ!!』

 おいおい。
 何万年も生きた龍のくせに、拗ねたのか?
 自分が悪いんだぞ?

「呆れた奴だ」

「アレク~」

「ん? あぁよしよし。もう怖くないぞ。大丈夫だからな?」


「プッ!・・・クッククク・・・閣下がよしよしって、似合わねぇ~」

「よしなさい・・シッチン・・・ふ・・不敬ですよ」

「へっへへへ。だってあの甘やかしぷりっすよ? 副団長だって、声震えてるじゃないっすか」

「クク・・・ゴホッ・・・だから・・・やめなさい」

「いいのか? 閣下に聞こえてるぞ?」

「フフフッ。大丈夫ですよ。閣下ですから」

「そうっすよ。閣下とレン様なら、問題ないっす」

「なんだか、よく分からない理屈だが、問題ないならいい」

 横目で見たエーグルは、落ち着かないのかしきりに首をさすっていた。

「アレク?」

「落ち着いたか?」

「うん。でも」

「でも?」

「凄く、臭っちゃい」

「あ・・・」

 鼻に皺を寄せたレンは、そのまま手を引っ込めた袖で、目だけを残して顔を隠してしまった。
 取り乱したレンに驚きすぎて忘れていたが、ここは瘴気の悪臭が充満している場所だった。

 どおりで、マーク達がマントで顔を隠したままだった訳だ。

 動揺していたとはいえ、忘れる俺もどうかと思う。
 レンの事となると、冷静さを失いがちになるのは、注意すべき点ではあるな。

「さて、どっちだ?」

「あっち。もっと下流の方」

 レンは、光玉の灯りの外を指差した。
 そして、懐からレンが手ぬぐいと呼んでいる、ハンカチよりも大ぶりな布を取り出すと、折りたたんだ中に、浄化を付与した小さな魔晶石を忍ばせて、俺に着けろと言う。

「着けろってどうやって?」

「見ててね?こうやって、これを後ろで結んで鼻と口を隠してみて、魔晶石を入れたでしょ?これで臭わなくなるから。見た目はちょっとあれだけど、ずっとマントで隠しているより良いでしょ?」

 ニコリと笑ったレンの口元から、浄化の光の小さな粒が吐き出され、顔の周りがキラキラと光っている。
 俺はレンに着けてもらいたかったのだが、自分でやらないと加減がうまく行かず、ズレてしまうかもしれないからと言われ、渋々レンを下におろし、受け取った布を顔に巻いて、結び付けた。

「む? おぉ、臭いが消えたな」

「よかった!嫌な臭いって、ずっと嗅いでると頭痛くなって来ちゃうでしょ?」

 マーク達の分の手ぬぐいは無かったが、代わりに持っていたハンカチを同じように結びつけると、匂いがしなくなった事に皆が喜んでいた。

「臭い対策もばっちり。それじゃサクッと行きましょうか!」

 さっきとは打って変わって元気だな?
 切り替えが早いのは良い事だ。
 だが・・・・。

「一人で歩いたら危ないだろ?」

 番の腰を引き寄せ、抱き上げた番の顔は不服そうだった。

「自分で歩けますよ?」

「足元が暗くて危ないから駄目だ」

「それならアレクも一緒でしょ?」

「レン忘れたのか?俺は猫科最大種の白虎だぞ?他の奴より夜目が利く」

「・・・・そうでした」

 諦めたのか、大人しくなった番を左腕に座らせて、地下水流に沿って下って行った。

 川の流れは激しく、ここに落とされた遺体はあっという間に、流されて行くのだろう。 しかし、その流された遺体が、流れ着く先が何処なのか、海まで運ばれるのか、何処かに打ち上げられるのか・・・あまり深くは考えたくない問題だ。

「アレク止まって」

「この先だな・・・今灯りを」

 周囲を隈なく照らせるよう、6つの光玉を前方に飛ばしたのだが、闇が押しのけられた空間に浮かび上がった物を見て、光玉の数を半分にして置けば良かったと後悔した。

「こんなに?」

「850年前からだから。これはごく一部なんだろうが・・・こんな形で歴史は感じたくなかったな」

 エーグルが沈んだ声を出した原因。
 850年の長きに渡り、虐げられてきた獣人達の行きついた場所。
 俺達が辿って来た地下水流の両岸に、流されきれなかった人骨が、バークレが創ったダムの如く、堆く積みあがっていた。

「あっあれ! 鬼火だッ!」

 シッチンの指さす方を見ると、鬼火と呼ばれる、青白い炎がフラフラと漂っていた。

「わぁ人魂だ。初めて見た」

「自分の地元だと、鬼火が出る場所には、アンデッド系の魔物が出るって言われてるっす」

「・・・・大変!急いで浄化を始めますね!」

 腕の中からするりと抜け出したレンは、腰に佩いた破邪の刀を抜き放ち、人骨が創り出した山へと歩き出した。

 カタ
 カタカタ

「ん? なんの音だ?」

 どうどうと流れる川の水音に混じり、何かが動く音が聞こえて来た。

 カタカタカタ・・・・カタカタカタカタカタ・・・

「レン、止まれッ!!」

「えッ?なに?」

 ガラガラガラガラ・・・!!

 振り向いたレンの後ろで、人骨の山が崩れ天井に向かって伸びあがった。

「キャア!!」

「レン!こっちへ!!」

 伸ばされた腕を掴み、引き寄せた直後。
 レンが立っていた場所に、腐臭を放つ骸骨の腕がべしゃりと振り下ろされた。

 ガラガラと音を立て、寄り集まり、伸びあがった人骨は、見る間に形を変え、上半身だけの巨大なスケルトンになって居た。

「うわッ!がしゃ髑髏だ!!」

「ス? スケルトン?」

「うっはあーーー! でっけえー!!」

「嘘だろ? 毎回こんななのか?」

「閣下どうしますか、通常通り燃やしますか?」

「そうしたいが、酸素が足りるか?」

「難しい処ですね」

 両手を使い、じりじりと這いよって来るスケルトンを、一撃で燃やし尽くすには、この狭い空間では、酸素が足りなくなりそうだ。

「アレク。アンデッドなら浄化を優先した方が良くないですか?」

「だが浄化だと、一撃必殺とはいかんだろう?」

「では、レン様には後方で、浄化を掛け続けて頂いて、その間我々で、相手を削って行くのはどうですか?」

「それが良さそう・・・・・だ?」

 轟と風が鳴り、後ろから来た何かが俺の耳を掠め、通り過ぎて行った。

 キエイイィィィーーーー!!

 攻撃を受けたスケルトンは、金属的な叫びをあげ、次の瞬間、体がばらばらに砕け散った。

『ぐずぐずするな。浄化でもなんでさっさと終わらせて、帰るよ』

 攻撃の主はカルだった。

 子ドラゴンに囃し立てられ、臍を曲げてしまい、ずっと最後尾を黙々と付いて来ていたのだが、ここに来て色々と我慢できなくなったようだ。
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