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愛し子と樹海の王

ウジュカの使者

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 謁見の場に進み出たウジュカの使者は、国の代表としては質素・・・みすぼらしい姿をしていた。

 まるで着の身着のまま、逃げて来た避難民の様だ。

 疲れ切った土気色の顔、やせ細った手足。
 年齢は60過ぎに見えるが、もしかしたら、もっと若いのかもしれん。

 元は高級品だったのだろうが、袖や襟が擦り切れた、色の褪せた上着。

 どう見ても国の中枢で働く者のが、身に纏うべき衣装では無かった。

 これ程までに、ウジュカは困窮しているのか?

 貧しい国だ、とは聞いていたがこれなら、皇都のスラムの住人の方が、良い物を着ているかもしれんぞ?

「クロムウェル大公閣下に、拝謁申し上げます。私めはウジュカ大公殿下の、補佐官を任されております。ヨーナムと申します。また、愛し子様におかれましては、ご体調が優れないとの事、お見舞いを申し上げます」

 これが大公の補佐官?
 大公の傍に侍る者がこの有様では、ウジュカは国として、既に終わっているのではないか?

「このようなお見苦しい姿で、お目を汚し致しますことをお許しください」

 ヨーナムと名乗った補佐官は、俺の視線の意味を理解したのか、自嘲の笑みを浮かべていた。

「こちらこそ不躾だった、申し訳ない。愛し子への見舞いも感謝する」

 俺の謝罪に、ヨーナムは自嘲とは違う、柔らかな笑みを深めた。

「不躾ついでに、身の回りで足りないものがあれば、用意させるが」

「大公閣下のご配慮に感謝いたします。しかし国民が困窮し、魔物に怯えている時に、私だけが贅沢をする訳にもまいりません。お気持ちだけ頂きたく存じます」

 ふむ。
 虚勢を張っている訳ではない様だ。

 今日の謁見で、唯一まともな神経の持ち主に会う事が出来て、俺の気分は少しだけ軽くなった。

「そうか・・・では本題に入るとしよう。ウジュカ大公の手紙は拝読した、しかし貴国に関しては、皇太子殿下の御裁可が無ければ、俺は動きようがない」

「その事につきましては、大公も承知いたしております。ですがそれとは別に、王子の件で大公から閣下へお礼を伝えたいとの事でして。本来ならば大公が閣下と帝国の皇太子殿下へ、拝謁を申し出るべきなのですが、何分魔物による被害が大きく・・・・」

 使者の声は消え入る様に、小さくなっていった。

「幼子が虐げられるは、俺の好むところではない。王子の件での礼は不要だ。しかし、疑問に思う事はある。貴国の経済と軍備はどうなって居るのだ? 確かに貴国の領土は小さく、人口も多くは無いだろう。だがギデオン帝を、退けられる程の力は有していただろう?実を語るには、憚りも多いだろう。だが、内情が分からねば、援軍の手配にも支障が出る。騎士を送ったがいいが、食うものがない、では話にならんからな」

「それは・・・・そのギデオン帝の侵攻時の戦いについて、発言する資格が私めにはございません。これは大公家の秘儀に関する事で御座いますれば」

 秘儀?
 何か呪法を用いたという事か?

「・・・ですが。閣下と愛し子様には、殿下から語られるやもしれません。いえ。大公は閣下と愛し子様に、聞いて頂きたい、とお考えであると私めは考えます」

「なるほど・・・」

 ウジュカ大公家の秘儀か・・・・。
 それが、ゴトフリー・・・ヴァラクに付け込まれる原因になったのやも知れんな。

「それと軍備についてですが。我が公国は元から、軍備に力を入れて来なかったのです」

「?? それでギデオンを返り討ちにしたのか?」

 なんだ?ウジュカには一騎当千の猛者が揃っているとでも?
 それなら今の窮状はどういう事だ?

「これ以上は、私めからお話しすることは出来ません。ただ、ギデオン帝と戦った時の力は失われてしまった。それは事実です」

「うむ・・・・貴公も先程国民が困窮している、と言っていたな。貴国の食糧難は、それほど深刻な状態なのか?愛し子は皇宮でアルマ殿下とも、顔を合わせていたが、そのような話は一切聞いて居らんが」

「アルマ殿下は、大公殿下から国の内情を一切漏らすな、と言明されておりました。その・・・・お助けいただいた殿下の件がございましたので」

「う~ん。だが堪え切れず、弟の件を我らに漏らしてしまったと」

「アルマ殿下もお父君から、お叱りを受ける覚悟だった様なのですが、蓋を開ければ、ゴトフリーに一矢報いるどころか、怨敵を閣下が討ち果たして下された。これは大公家だけでなく、公国の国民すべてを救って下されたと同義。ウジュカ公国は大公閣下に、何物にも代えがたい恩が有るのです」

「それは流石に大袈裟だろう。それに現状を助けられるかの、確約は出来んのだぞ?」

「そうですな。しかしそれは、これから受けるであろう恩であって、既に私達が受けた恩とは別物になりますから」

「まるで、帝国が援軍を出す、と確信しているような言い草だな?」

「そんなまさか。帝国の太陽であられる、皇太子殿下の深淵なるお考えなど、私めの様な卑賎な身に、分かろう筈もございません」

 微笑むヨーナムからは卑屈さは感じられず、穏やかな人の好さが滲み出ている様だった。

 レンの世界の聖職者とは、このような人物なのかもしれん。
 だが、大公の補佐官が、ただ人が良いだけとも思えん。
 この見た目で、相当強かだと考えた方が良さそうだ。

「そう持ち上げられても、大した土産を持たせてやることは出来ん。しかし、俺は常々正直者は、報われるべきだと考えている。ウジュカの現状を正直に話せば、帰りの荷馬車が、何台か増えるかもしれんぞ?」

「それはまた、魅力的なお話ですな。私めの様な俗物は誘惑に弱くてかないません」

 全くそうは見えんがな?

「さて、閣下の様な血気盛んな方には、退屈かも知れませんが、少しの間年寄の話しに、お付き合いいただけますかな?」

「胡散臭い連中の妄言に付き合わされて、胃もたれ気味でな。消化が良いと助かる」

「ははは・・・為政者と胃の腑の病は切っても切れぬ仲ですからな。では、閣下。閣下は我がウジュカについて、どれほどご存じですかな?」

 そう問われ、はて と考える。

 座学で習ったウジュカ公国は、帝国と同じくらいの歴史を持つ古い国で、肥沃とまでは行かないが、豊かな国だった。だがギデオン帝の侵略により、国力が低下し、現在は拙しい弱小国だと教えられた。

 その後は、目立った動きも無く、気に掛けたことが無かった。

 今回の一連の騒動で、ロロシュに調べさせた限りでも、王子がゴトフリーの人質にされて居るという報告以外は。軍備が脆弱だ。貧しい国だ。などの通り一遍の報告しか受けた覚えがない。

 ・・・これはおかしい。
 おかしい事に、今まで気づかなかった事が、一番おかしい。

 暗部の配下は、情報が命、と、頼まれても居ない、どんな些細な情報も集めて来る。

 ロロシュに一つ質問すれば。3にも5にもなって返事が返ってくるのが常だ。
 それが、その時々で必要な情報しか渡してこなかった。 

 あの、おしゃべりな雄がだ。
 俺はそんなロロシュに、疑問も持たず、違和感すら感じなかった。

 情報統制・・・・にしては異質すぎる。


「それこそが、私めに明かせるウジュカの秘密で御座います」

 驚きを隠せない俺に、ヨーナムがニンマリと笑って見せた。

喰えないジジイだ。
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