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愛し子と樹海の王

腹黒会議

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 side・アレク

 帝国内の情報は、ダンプティーによって次々と齎されるが、肝心のゴトフリーの情報伝達が遅すぎる。

 ゴトフリー内にポータルは無く、書簡も早馬を利用しているようではどうにもならん。

 ヴァラクは、国の発展を阻害するために、故意に利便性を排除したのでは?と疑いたくなる。

「帝国との国境付近の街だと、領主からの伝達より、ガルスタのオーベルシュタインから情報の方が早い。今は良いが、すたんぴーどとか言う奴が発生したら、抑えきれんかもしれん」

「侯爵のご意見は尤もですが、ダンプティーを領主に貸し出すのは、考え物ですな」

 伯父上のいう事も。モーガンの言う事もどちらも正しい。

 旧王国の反乱分子が根絶やしに出来た、と言いきれなければ、ダンプティーの貸し出しなど、敵に塩を贈ってやるようなものだ。

 だが、情報伝達が遅れ、街や村が壊滅してしまえば、ゼロ以下からの再建となってしまう。
 今後の事を考えると、出来るだけそれは避けたいのだが・・・。

 別の視点で見れば、壊滅も已なしとも思えるのだ。

「地方の被害は、その土地の領主が対応するのが基本だろう?どうにもならない時だけ、手を貸してやれば良いんじゃないか?」

「ゲオルグ。ここは帝国じゃないんだぞ。獣人を犠牲にしなければ、何もできないような奴らばかりの土地で、私達の常識など通じんぞ」

「でもさあ」

 モーガンの正論に、セルゲイは不満そうな顔を見せた。

「・・・ここだけの話にして欲しいんだが、正直俺はさ、この国の奴らがどうなろうと、どうでもいいんだよ」

「それはまた、穏やかではないな」

「だってよ、ここの奴ら獣人を食い物にして来たんだぜ?今だって俺達の事を怖がっちゃいるが、腹ん中じゃ見下して馬鹿にしてんのが、丸分かりだ。今までだって獣人を嫌う奴らなんて、腐るほどいたけどよ。嫌うなら嫌うで堂々と嫌えって話でよ? 獣人の報復を恐れてビクビクしてるくせに、自分勝手な主張だけは、一丁前にしやがる。今まで散々苦労してきた、獣人の連中は助けてやりたいけど、ぶっちゃけ、ここの人族。特に貴族連中なんて、魔獣の餌になっても、俺の心は痛まねえよ」

「ゲオルグさんよ。ぶっちゃけ過ぎだ。それはみんなが思ってる事で。思ってても口にしちゃいけない事だから、みんな我慢してんだぜ?」

 相変わらずロロシュは、他人に対しては、尤もな正論を吐く。

「そんな事は知ってるよ。だからここだけの話しって言ってんだろ?」

「素直さが美徳なのは、子供だけだ」

 無自覚に追い込むなよ。
 本当に性格の悪い奴だな。

「ロロシュ、そこ迄にして置け」

 ロロシュはニヤリと笑うと、頭の後ろで腕を組み、鼻歌交じりで明後日の方を向いた。

 真っ直ぐな人間を揶揄いたがる、ロロシュの習性はどうにかならんのか?
 
「セルゲイお前の気持ちは良く分かった。皆、多かれ少なかれお前と同じ気持ちだ。という事は覚えて置け」

「分かったけどさあ」

「口の利き方に気を付けろ。いつまでも子供気分でいられると思うなよ」

「・・・・分かりました」

「ゲオルグ団長が聞き分けてくれた処で、ここからは大人の会話だ。セルゲイにも分かる様に、嚙み砕いて話してやるから、よく聞く様に」

「結局子ども扱いじゃん」

 そう云う処だぞ?

「いいか?モーガンの言う通り、ここは俺達とは相容れない思想を持った敵国だった。だが今はここも帝国の一部だ。帝国の領土となった以上。帝国の流儀に従ってもらう」

「しかし、彼らが大人しく従うでしょうか? 粛清も遣り過ぎると、恨みしか残りません」

「モーガンの言は正しい。ただし平時であれば、の話しだ」

「確かに現在は、非常事態とも言えますが」

「そう非常事態だ。魔物の被害は急増し、神の恩寵である愛し子は、この国の神官の暴挙の所為で、眠りについたまま。いつ目覚めるとも分からない状態だ」

 ここまではいいか? とセルゲイに目を向けると、意外に素直な戦闘狂は、大人しく頷いて見せた。

「愛し子のレンは、無辜の民が傷つくことを殊の外嫌うお方だ。しかしその慈悲深いお方を、傷つけたのは神官だ。そして、いつまた襲われるとも限らない。帝国に反意を持った者から、我々は眠りについた愛し子を、護らなければならない。となれば、討伐の為に全兵力を、王都から出すわけにはいかんな?」

「いや。閣下が居れば大丈夫だろ? レン様のドラゴンも居るし」

「ゲオルグよ。方便と言うものを知らんのか?」

 呆れ顔の伯父上に、数人の将校が笑いを噛み堪えて居る。

「とにかく、俺はレンの傍を離れる積りは一切ない。そもそも、魔物の討伐や、災害への対応は領主の務めだ。獣人を使うにしても、これまでの様に、ただ働き等もっての外、雇用した獣人と支払った賃金も、申告させる必要があるな」

「あ~。皇都から来た文官たちは発狂しそうだが、いい考えだと思うぜ」

「それと、キャプロス侯爵の家門以外の領主の私兵は、我々から見れば、棒切れを振り回し、騎士ごっこをしている子供と変わりない訳だが。俺達も人数に限りがあるし、全ての現場に、遠征できるような余力はない。遠征に出るとしても、帝国基準で、騎士団が扱うべき案件のみに対応する。という布告を出す。その理由はさっき説明した通り、神官の暴挙が原因だとな」

「適当な理由を付けて、知らん顔するってのか?」

「適当ではない、事実だ」

「ほんと、閣下は腹黒いよな」

「経験の差だ。お前も良い加減腹芸を覚えろ」

「・・・性に合わねぇ」

「お前は、この国の奴らはどうなろうと関係ないのだろ? いいか?お前の言うように、どうにもならない時だけ、手を貸してやる。これは相手より優位に立つための常套手段だ。だがな、お前のやり方だと、助けた相手は恩よりも、恨みが強くなる。事前にひと手間加えれば、最悪の事態を招いた責任を、俺達が被る事はない。この危機的状況を作り出したのは、旧王国の支配者階級の者達だ。と情報を流すだけで、俺達は手を汚す事無く、粛清を果たすことが出来るという事だ」

「一般人が犠牲になんだろ?」

「そう。獣人を虐げる事に、罪悪感を感じなかった一般人がな。そして訓練を受けていなくとも、この国では獣人に対し徴兵制を取っていた。徴兵経験のある獣人の身体能力なら、魔物から逃げる事は可能だ。その時人族を助けるかどうかは、彼等が決めればいい。その資格が彼等にはある、と俺は考える」

 咳一つなく、静まり返った室内で、俺は溜息を吐いた。

「こういうやり方を、レンは嫌うが。俺はこの国の人族にチャンスを与えてやる積りでこの話をしている」

「チャンス? 逃げるチャンスか?」

「それもある。獣人を虐げ命令するのではなく、手を取り合い助け合えば、助かる事が出来るはずだ。だが、これまでと同じ態度で接した時、獣人達が身を挺して人族を助けると思うか?獣人は支配するべき家畜ではない。人族と同じ思考と感情を持った人間だ。それを知り、獣人は対等な存在だと知る。それが出来なければ、今後この地で生きていくのは辛かろう?俺が与えるのは、この国で生き残る為の、試練とチャンスの二つだ」

 成る程。とこの会議に参加している者達は頷いているが、こんなものは、詭弁に過ぎない。

 レンが呪いを受ける原因を作った神官。
 この国の獣人達を虐げて来た、全ての人族。

 その両者に対する復讐心を満足させるために、言葉をこねくり回しただけなのだ。

 全員が納得はしたが、流石に全く討伐に出ない訳にもいかんだろうと、陳情の合った中で、何処の被害地域を優先させるかを話し合った。

「では、各々手筈通り職務に当たってくれ」

 討伐の手筈を整え、ロロシュには情報操作を命じ、一同解散となった。

 短い休憩時間に、逸る気持ちを抑え、番の様子を見に部屋に戻ったが、レンが目覚める様子はなく、鎮痛な面持ちで首を振るセルジュに、遣る瀬無い思いをしただけだった。

 番の手を握り、髪を撫でながら軽食を摘まみ、執務の時間を知らせるマークの声に、落胆の溜息を吐きながら、番の甘い唇に口づけを落とした。

 そしてマークと二人、後ろ髪を引かれる思いで、重い脚を引きずる様に、レンの眠る部屋を後にしたのだった。
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