上 下
402 / 491
愛し子と樹海の王

裸ネズミ

しおりを挟む
「な・・・なんだよこれ?」

「かみ? 僕の髪が!」

「どうなってる!?」

 ドラゴン達に後ろ手に縛られ、跪いて居る5人は、胸元や床に落ちた髪を、見る事しかできない。

「いやだ! こんなに!! はげちゃう!!」

 もう禿げてるのだが・・・・。

 ”プッ!! クッククク・・・”

 ”あの歳で、若はげっ!”

 ”いい気味!”

 ”レン様に、無礼な事をするから”

 ヒソヒソ。クスクスと忍び笑いを漏らしているのは、宮の使用人達だ。
 
 どうやら、レンに無礼を働いた者達の顔を見てやろうと、柱の影から覗いていたようだ。、

 ホールを囲んだ騎士達は、皆一様に5人から目を逸らし、肩を揺らして笑うのを必死に堪えて居る。

「ううっ・・・・うわぁぁ! 貴様あぁーーっ!!」

 ブチッ!と 戒めを引き千切ったジャクソンが、抜け落ちた髪をまき散らしながら、レンに掴みかかろうと突進してきた。

「レンッ!!」

 引き寄せようと伸ばした手は空を切り、膝を屈め沈み込んだレンは、ジャクソンの手首と肘を軽く掴んだ。

 そのまま、レンがジャクソンの腕を引き寄せると、どういう仕組みかは分からないが、大柄なジャクソンが宙を舞い、受け身を取る事も出来ず床に放り投げられた。

 ビッタンッ!! 派手な音を立て、背中から床に落ちたジャクソンの胸を、レンは踏みつけ、掴んだままの腕を捩じり上げた。

「グアッ!!」

「ねぇ、受け身も取れないくせに、騎士団に入れるなんて、本気で思ってたの?棒を振り回すだけなら、オークでも出来るのよ?」

「だっ黙れ!! 淫売!! 獣の男娼風情が!!」

 ガッ!! メキッ!!

「いい度胸だ。この場で首を刎ねてやろうか」

 番に対する侮辱を、この俺が黙って見過ごすと思ったか?

 前歯をへし折り、鞘ごと突き立てた剣を、口の中でぐりぐりと捩じり、血泡に塗れた顔を覗き込んだ。

「アレク。処罰はアーノルドさんに決めて貰わないと。ね?」

 肩に触れる小さな手の持ち主は、悲し気な瞳で俺を見つめていた。

「・・・・拘束しろ」

 騎士達に小突き回されながら、拘束されるジャクソンの横に、父親のビーン伯爵がつかつかと歩み寄り、その横っ面を平手で張り飛ばした。

「いい加減にせんか!!愚か者っ!! お前が騎士になりたいと言った時、私が言った事を忘れたのか!!」

「ぢ・・・父上」
 
「大公閣下は、救国の英雄だ。この方のお陰で、どれだけの命が救われたと思っている!? 私はお前に言ったな? 閣下の様な騎士を目指せと。閣下の役に立つ騎士に成れと!! それなのに、このザマはなんだっ!?」

「あ゛・・・うぅ」

 真面な返答も出来ず、うめき声を上げるだけの、息子の顔を睨みつけていたビーン伯爵は、悲し気な溜息を吐くと、自身のクラバットを引き抜き、涎と血泡で汚れた息子の顔を、乱暴にゴシゴシと拭い取ってやって居た。

 そして伯爵は、俺とレンに向き直り、深々と頭を下げた。

「この度は、愛し子様、大公閣下へ多大なるご迷惑をおかけいたしました事、深くお詫び申し上げます。全ては愚息を御しきれなかった私の不徳と致すところ。如何様な処罰も受け入れる所存でございます」

「・・・皇家からの正式な沙汰を待て。だが伯爵には少し確認したいことが有る、呼び出しが有るまで、謹慎しているように。他の者達も同様だ」

 ビーン伯爵を始めとした当主達が、皆恐れ入った様子で項垂れている。

 その中でただ一人、エルギだけが苦虫を噛み潰したような顔で、立ち尽くしていた。

「お前、エルギと言ったか?」

「は? あっはい閣下。エルギと申します。以後お見知り置きを」

 何という厚顔無恥さか。
 自分がこの騒ぎを引き起こした、一端を担っている自覚はないのか?
 
「見知る必要はない。お前も謹慎だ」

「は? 何故でございますか?」

「入団試験に落ちた者達を、特別待遇で第2に捩じ込んだのは誰だ?」

 急に焦り出したエルギは、目を泳がせ冷や汗をかいている。

 肝の小さい事だ。
 こんな者に団長が務まる訳が無い。

「第1騎士団は、皇帝皇族の盾とならねばならない。人を見る目も無く。騎士団を私物化しようとする者を、弟の傍に置く訳にはいかん」

「誤解で御座います!」

 なんなんだ?
 こいつの話し方は、騎士と言うより、まるで商人の様だ。

「話しは終いだ。お前の処分は、バルドに任せてある。沙汰が有るまで大人しくしていろ」

「そんな! 閣下!!」

 縋ろうとするエルギの前に、騎士達が立ち塞がり、騒ぎ続けるエルギを、宮の外へと追い出した。

 当主達は皆一様に項垂れ、地下牢へと引きずられて行く5人の後に付いて、足取りも重く宮から出て行った。

 しかし、皆が出て行ってからいくらも経たないうちに、玄関の外から叫び声が聞こえて来た。

 何があったのかと、外へ出ようとすると、番が俺の袖を引いて首を振っている。

「レン?」

「あ~~。えっと・・・多分。私が遣り過ぎちゃったのだと思います」

 レンは、ばつが悪そうに明後日の方を向き、頬を指で掻いている。

「レンこっちを見ろ。何をしたんだ?」

 するとレンは、もじもじと両手の指を合わせながら、上目遣いで俺を見て唇を尖らせた。

「だって。アレクの事を獣なんて言うから。頭に来ちゃって」

 この人は・・・・。
 自分が男娼だ。淫売だと蔑まれたことより、俺が獣と呼ばれた事に怒ったのか?

「・・・それで。何をしたのだ?」

「その・・・・全身脱毛を・・・・」

 だつもう? 脱毛とは毛を抜く事か?
 レンは、ジャクソンの毛を抜いたのか?
 しかも全身?

「それは・・・・・凄いな」

「多分。今頃は全身ツルッツルじゃないかと・・・・」

「ツルッツル・・・・クッ!クハッ!! そうか! ツルツルかっ!!」

 あの、クソ生意気なジャクソンが。裸ねずみ宜しく、全身ツルツルのツルッパゲ!!

 何故この人は、真面目な場面で。
 こんな巫山戯た事をするのだろう。
 
 だが本人は、巫山戯ている積りは全く無く、大真面目なのだ。
 大真面目な罰が、禿げの呪いに、全身脱毛。
 実際やられた者は、堪ったもんじゃないが。

 平和だ!
 平和過ぎて、面白過ぎる!!

 これでは、怒る気にもなれん。

 レンを抱き上げて爆笑する俺に、使用人達が ”コイツ大丈夫か?” と言いた気な視線を寄越している。

 だが、いくつかの面倒事が纏めて片付いて、今の俺はご機嫌だ。

 それに愛しくも可愛い番が、俺の為に怒ってくれたのだ。

 幸せを感じて何が悪い?

 ◇◇

 今回の騒動の一部始終の報告を受け。ジャクソン・ビーンがリアンを煩わせる事は、二度と起こらない、と知ったアーノルドは、盛大に胸を撫で下ろしていた。

 それに、ウィリアムの頃からの、古参の側近を入れ替える、良い口実にもなった。

 しかし不埒者を成敗して、全てが終わる訳では無い。

 ジャクソン・ビーンの、俺とレンに向けた侮蔑の言葉は、神殿やヴァラク教の影を感じさせるには充分だった。

 俺としては気になる部分ではあったが、俺達は近日中に、ゴトフリーへ戻らなければならない。

 ビーン伯爵と、長男次男。二人の息子への聞き取りは、バルドと宰相のグリーンヒル。そしてアーノルドに任せる事となった。

 そしてレンが、一番気にしているのは、セルゲイとシエルの恋の橋渡しだ。

 これが普通の相手なら、俺もセルゲイを放って置いただろうが、何と言ってもシエルは南の国境を守る、アーべライン侯爵家の人間だ。

 暢気に構えていたら、一年に一度か二度しか会うことが叶わない相手なのだ。

 悠長に構えモタモタしていたら、どこかの貴族へ、輿入れが決まってしまうかもしれない。

 シエルを口説き落とすのは、セルゲイの努力次第だが、そこに至るまでの道筋は、俺とレンが手伝ってやるべきだと考える。

 セルゲイは戦闘狂バトルジャンキーではあるが、有能で得難い存在だ。

 番に振り向いてもらえず、焦がれ死にでもされたら、国家としても大きな損失になる。

 シエルをゴトフリーへ連れていく手筈も済ませ、侯爵への根回しの手紙も送った。

 レンもセルゲイからシエルへの、ラブレターを手渡し済み。
 
 後は本人の努力次第。

 しかし、散々俺に文句を言っていたあいつが、番を前にしてどれ程デレるのか。

 なんだかんだで俺とレンは、今から楽しみで仕方がないのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

迷い込んだ先で獣人公爵の愛玩動物になりました(R18)

るーろ
恋愛
気がついたら知らない場所にた早川なつほ。異世界人として捕えられ愛玩動物として売られるところを公爵家のエレナ・メルストに買われた。 エレナは兄であるノアへのプレゼンとして_ 発情/甘々?/若干無理矢理/

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【R18】転生したら異酒屋でイキ放題されるなんて聞いてません!

梅乃なごみ
恋愛
限界社畜・ヒマリは焼き鳥を喉に詰まらせ窒息し、異世界へ転生した。 13代目の聖女? 運命の王太子? そんなことより生ビールが飲めず死んでしまったことのほうが重要だ。 王宮へ召喚? いいえ、飲み屋街へ直行し早速居酒屋で生ビールを……え? 即求婚&クンニってどういうことですか? えっちメイン。ふんわり設定。さくっと読めます。 🍺全5話 完結投稿予約済🍺

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

淫らなお姫様とイケメン騎士達のエロスな夜伽物語

瀬能なつ
恋愛
17才になった皇女サーシャは、国のしきたりに従い、6人の騎士たちを従えて、遥か彼方の霊峰へと旅立ちます。 長い道中、姫を警護する騎士たちの体力を回復する方法は、ズバリ、キスとH! 途中、魔物に襲われたり、姫の寵愛を競い合う騎士たちの様々な恋の駆け引きもあったりと、お姫様の旅はなかなか困難なのです?!

クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった

山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』 色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。 ◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。

処理中です...