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愛し子と樹海の王

思い出話しとザビエル5

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 レンと二人、書類仕事に没頭・・・と言っても、俺はレンが計算や要点を纏めてくれた書類に一通り目を通して、ひたすらサインをするだけなのだが。

 恐ろしいほどの勢いで、積み上げられた紙の山が、処理済みの箱に放り込まれて行く事に、俺はある種の恐れを感じていた。

 レンの事務処理能力の高さは、理解している。

 だが、この域に達するまで、レンは異界でどれだけの仕事を、熟して来たのだろうか。

 レンは此方とは違う意味で、生存競争が激しかったと言っていた。

 それを思うと、どれだけ過酷な条件の下で働いて来たのかと胸が痛くなり、俺の様な雄は、異界で暮らすのは無理だな、とひしひしと感じる。

 まさに ”異界恐るべし” だ。

 レンの全面的なサポートを受け、書類を捌いていると、書斎の扉がノックされ、ローガンがバルドの到着を知らせに来たが、バルド以外は、まだ姿を見せていないと言う。
 ならば、バルドにだけは、先に話しを通して置こうと、書斎に案内するよう言いつけた。

「他の方々は、如何いたしますか?」

「全員揃うまで、玄関ホールで待たせろ。茶を出す必要も無い」

「承りました・・・皇太子殿下へのご報告は如何いたしましょうか」

「あの小僧共の処分は、俺に一任されている。親への処分は、今日の態度次第。報告は後でいい」

 静かに出て行ったローガンの背中を見送ったレンは、勢いよく俺に振り向いた。

「一任されてるってどういう事?あの人達の問題行動を知っていたの?」

「知っていたと言う程ではないな。あいつらの事を聞いたのは、皇都に戻ってからだ。ミュラーから報告を受けている最中に、アーノルドが顔を出してな?その時に奴らの事で、相談を受けたのだ」

「相談? なんでアーノルドさんが?」

「あ~~。それがな・・・」

 ビーンと第1のエルギの関係と、第2うちがビーン達を押し付けられた経緯。
 ミュラーとアーノルドから聞かされた、ビーンたちの性格と問題点。
 そして、ビーンがリアンに執着し付きまとって居る事などを、掻い摘んで話すと、レンはプリプリと怒り出した。

 怒る姿も、本当に可愛い。

「家の可愛い弟嫁ちゃんを、怖がらせるなんて。許せない!これはザビエル禿、確定です!」

 出た!
 ザビエル禿の呪い!!
 あいつは自分の容姿に自信がある様だった。
 もし本当に、そんな呪いが有るのなら。
 呪いを掛けられたあいつは、どうするのだろう。
 物凄く気になる!

「レンは前にもロロシュ達に、その呪いの話をしていたが、そんなもの本当にあるのか?」

「ふふん! まあ見てて下さい」

 なんだこの自信は!?
 これは・・・本当に呪いが有るのか?

「そっそうか? 楽しみにして良いのか?」

 いや、これに関しては、楽しみにしては、いけない気がする。
 
 そんな事よりも、レンがアーノルドを弟と呼び、リアンを嫁と呼んでくれた事を、素直に喜んでおこうと思う。

 うん、精神衛生上、これ以上の深堀は危険だ。

 背中に嫌な汗が流れた時、ローガンがバルドを連れて戻って来た。

 玄関先にぶら下げられた、ビーン達を見たせいだろうか。
 バルドの顔色は悪く、途方に暮れているように見える。

「急に呼び出して、すまなかったな」

「いえ。お気になさらず。それよりも表のあれは、何とした事ですか?吊り下げられた騎士に、レン様のドラゴンが毛虫を投げて遊んでおりましたが」

「けっ毛虫?!」

「石でなくて良かったな?」

「そういう問題?」

 そんな事をしてはいけないと、二人に言って聞かせるというレンに、俺は放って置けと言った。あの連中は石を投げられて、当然の事をしたのだと。

 するとレンは、苦いものを飲み込んだような顔で、黙ってしまった。
 黙り込む番の姿が気にはなったが、今はバルドに事の経緯を話す方が先だ。

 事の顛末を聞いたバルドは、額に手を当てうめき声をあげている。

「あいつ等は入団試験に落ちている。唯の見習いだ。あいつ等の罪は騎士としてではなく、臣下として問う事になる」

「完全な、不敬罪ですな。連座もやむなし、でしょうか?」

「その通りだ。お前を呼んだのは、そんな連中を第2に押し付けて来た、エルギの処分をお前に任せたいからだ」

「エルギの処分ですか?」

「いいか?あいつの息の掛かった者は、全て処分の対象だ。理由は分かるな?」

「権謀術数は私には、向いていないのですが」

「そう思うなら、次の団長を早く育てろ。皇帝を守ると云う事は、外敵から玉体を守る事だけではない。内向きな事からも、守り通さなければならないのだ。それはお前もよく分かって居る事だろう?」

「はい」

「俺一人で、内と外の両方は守り切れん。お前になら任せられる、と信じているから言っているのだぞ?」

「・・・・・」

 バルドめ。
 まだ団長の座に就くことを、躊躇っているのか?
 何時までもうじうじと、諦めの悪い。

「ねぇ。バルドさん。私アルサク城でリリーシュ様と、沢山お話をしたのよ?」

「リリーシュ様とですか?」

「ええ。リリーシュ様はとても博識で、色んな事を私に教えて下さって。それ以外にも沢山お話ししたのだけれど、バルドさんの事をとても褒めていたのよ?自分が上皇陛下と遊んでいられるのは、全てバルドのお陰だって。バルドさん以上に、団長に相応しい騎士は居ない。って仰ってたの」

「リリーシュ様が・・・ですか?」

「そうよ。本来なら自分は団長の座を退くべきだけれど、ハリー様がそれを許さなかったのですって。それに一つだけやり残したことが有るから、それが片付くまでは、バルドさんに、我慢して貰わないといけない。本当に申し訳ないって仰ってたの」

 そのやり残したことが、何だったのか。
 俺達はそれを知っている。
 だがそれを、俺もレンも、バルドに話すことは無いだろう。

「リリーシュ様が、そんな事を」

「バルドさんは、リリーシュ様のお墨付きが有っても、まだ不安かしら?それに、バルドさんが団長になってくれたら、リリーシュ様も安心すると思うのよ?」

 バルドの両の手を取り、優しく諭すレンの姿は、やはり慈愛の人なのだと思う。

「レン様・・・・ありがとうございます」

「私は思い出話しをしただけで、お礼を言われるような事は、何もしていないのよ?」

 暖かく微笑む番と、涙ぐむ騎士。
 中々感動的な場面だが、そろそろ手を放しても良いのじゃないか?


 ◇◇

 呼び出した全員が揃った、とローガンから報告を受け、俺達は玄関ホールに向かった。

 自分達の息子が何をしたのか、全く分かっていない親達が、気色ばんで俺に食って掛かって来た。大人しく俺からの言葉を待っているのは、ビーン伯爵のみ。

 この落ち着いた穏やかそうに見える伯爵から、レンの言う ”どきゅん” が産まれたとは信じられない。

 そこで改めて家門の主達に、自分達の息子がこれまで何をして来たのか。
 レンに対し何をしたのかを、話して聞かせた。
 話しの途中から、親達は顔色を無くし、玄関ホールの片隅で縛り上げられている息子達を、絶望の眼差しで凝視している。

 リアンに対する付き纏い行為の話しになると、ビーン伯爵は息を呑み、顔色は蠟のように真っ白く、今にも倒れてしまいそうだった。

「以上の事から、この5名は不敬罪を問われることになる。正式な処罰が決まるまで、この5人は収監される。お前達も連座の覚悟をしておくように」

 何を仕出かしても、父親たちに助けてもらえると思っていたのか。
 ガタガタを震える父親たちに、当の息子達は戸惑っているようだ。
 精神は子供のまま、図体ばかりがでかくなった奴らの、バーブ並みの知能では、自分達の置かれた立場が理解できないらしい。

「それから愛し子様は、リアン・オーベルシュタインの事を、大変可愛がっておられる。ご自分に対する不敬よりも、リアンに対する付き纏い行為に、大変ご立腹だ。皇家からの処罰の前に、愛し子様から直接の処罰を、今から受ける様に」

 ホールの中央に立ったレンの前に、騎士達の手で5人が跪かされた。
 レンが何をする積りかは、分からないが。
 俺も念の為にすぐ後ろで控える事にした。

 レンは静かに5人の前に立ち、その頭にそっと触れただけで、直ぐに5人から離れてしまった。

 これが罰なのか?

「ふふん。ザビエルファイブの皆さん、色男が台無しね」

 レンがほくそ笑むと同時に、5人の髪がはらはらと抜け落ち。
 頭頂部の剥き出しになった地肌が、ぺカリと光った。

 こ・・・これがザビエル禿の呪い・・・。
 なんと恐ろしい。
 
 これは・・・本気でロロシュ達に忠告しなければ。
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