上 下
399 / 524
愛し子と樹海の王

煩悶とおねだり

しおりを挟む
 side・アレク


 ロイド様の課題を何とか熟した俺は、まだ昼前だというのに、精神的には何か月も遠征に出た後の様に、草臥れ切っていた。

 自分が蒔いた種とはいえ、連日の叱責に加え。1日2日で思いつく筈も無い、占領国を発展させる方法を、苦手な相手から質問攻めにされるのは、俺にとっては中々の苦行だった。

 だが、俺の倍近くの時間を、皇太后と皇太子と過ごしたレンは、それほど疲れて居る様には見えなかった。

 やっとの事でロイド様から解放された俺達は、息を付く暇も無く、蒼玉ホールに向かう馬車に押し込まれた。この後蒼玉ホールで、婚姻式のリハーサルを、行う予定だからだ。

 これまで戴冠式が行われて来た大神殿は、ノワールとヴァラクが空けた大穴に崩落してしまった。

 それによりアーノルドの戴冠式と、俺達の2回目の婚姻式は、春に夜会が開かれたのと同じ、蒼玉ホールで執り行われる。

 式の後、アーノルドを先頭に俺とレンも、皇都のメインストリートで行われるパレードに参加し、夕刻からは現在修繕中の、藍玉ホールで祝賀の舞踏会が開かれる。


「ロイド様の質問は、容赦が無かったろう?大丈夫か?」

「とても厳しかったですけど、容赦がないと言う程ではありませんでしたよ?なんか就活の面接を、思い出しました」

「しゅうかつ? とはなんだ?」

「んとね。大学を卒業後のお仕事探しで、あちこち面接を受けまくっていたんです。私が就活をしていた時は、景気が良くなくて。中々内定が貰えなかったから、毎日胃の痛い思いをしてたんですよ?」

 当時を思い出したのか、胃の辺りをさすりながら、溜息を吐く番。
 俺の可愛い番を、胃を病むほどに追い詰めるとは。異界は人を見る目が、無い奴らばかりなのだろうか?

「異界の暮らしも、良い事ばかりではないのだな」

「そうですねぇ。此方とは違った意味で、生存競争は激しかったですね。便利だからって幸福とは限らないし。自然が豊かだからって、人間性も豊かになる訳じゃないと思うの」

「ふむ。そんなものか?」

「そんなものです。でもね」

 ”アレクが居るから、今はとっても幸せよ”

 と俺の耳に唇を寄せた番は、甘い声で囁いた。

「グゥッ」

 クッソーーーッ!!
 なぜ今ここでっ?!

 この後、婚姻式のリハーサルに、向かわねばならない時に。

 そんなに甘く囁くのだ?!

 分かっていて、わざとやって居るのか?
 俺の理性と忍耐を、試しているのか?!

 どうする?
 馬車をもう一周走らせるか?
 その間に・・・・いや駄目だ。
 そんな短い間で治るとは思えん。

 それに、御者にバレバレでは、恥ずかしがりのレンが、拒むに決まっている。

 何故この人は、こうも無自覚に俺を煽るのだ?

 絶えろ!俺のオレ。
 俺はバーブではない。
 知性と理性を持った、大人の獣人だ。
 宮に帰るまでの我慢だ。
 宮に戻りさえすれば、後は・・・・。

 腹が減るほど、飯は美味くなる。
 俺は今、番を美味しくいただく為の、準備をしているのだ。

 いや違う!!
 これでは盛の付いた、唯の変態だ!

 俺は紳士だ。
 幼い頃から、紳士たるべき教育を叩きこまれて来たのだ。
 俺を信頼し身を任せてくれている番に、恥を掻かせてはならんのだ。

 ・・・・・でもちょっとだけ
 ・・・味見程度なら・・・。

 不埒な欲に負け、番の顎に触れようとした手は、小さな手に捕まえられてしまった。
 そして俺の掌に頬を摺り寄せた番は、ニッコリと微笑んだ。

「もう着いたみたい。翡翠宮からだと近いのね」

「・・・・あぁ。・・・思ったより近かったな」

 ああっ!!
 モタモタしている間にっ!!

「あれ? 降りないの?」

「いや・・・行こうか」

 腕の中で不思議そうに俺を見上げる澄んだ瞳に、ひたすら居心地が悪かった。

 待機していた騎士の案内でホールに入り、当日の式の流れの説明を受けた。

 リハーサルと言っても、俺達にとって挙式は二度目だ。

 大まかな流れは、一度目と大差がない。

 違う処と言えば、式を執り行う司祭が、クレイオスからアーノルドに代わるくらいだ。

 仕事柄、俺はどうしても当日の動線や、騎士の配置が気になってしまう。
 警備の話しばかりする俺に、案内の騎士はレンの様子を伺いつつ、苦笑いだ。

「閣下はお忘れの様ですが、式当日は、閣下も警護対象なのですよ?」

 伴侶をそっちのけで、何をやってるのか。
 騎士の呆れ顔からは、そんな言葉が聞こえて来る様だった。

 しかし騎士に心配された、レンはと言うと、俺以上に騎士の話を聞いていなかった。

 レンの興味はもっぱら戴冠式に向け、交換されるシャンデリアや、臨時に設営される祭壇とその奥に運び込まれた、アウラの像に向けられていた。

「アウラの像が、気になるのか?」

「えっ? なぁに? 全然聞いてませんでした」

 悪戯を見つかった子供の顔で、俺を見上げる番の頭を撫で、もう一度質問を繰り返した。

「アウラ様。早く元気にならないかな、って思って」

「クレイオスが解呪をしたから、直ぐに元気になる。心配するな」

「うん。でもね・・・クレイオス様とも話していたのだけど、ゴトフリーの王都って、なんとなく変な感じがするの」

「変な感じ?」

 頷く番に、俺は唇の前に指を立て、黙る様に促した。

 案内の騎士は、俺達が話し出すと気を使い、少し離れたところに移動していた。
 しかし、興味津々で俺達の話しに、聞き耳を立てているのは確かだ。

「説明は終わったな?」

 騎士に返事の間を与えず、俺はレンを抱き上げホールを後にし、乗り込んだ馬車に遮音魔法を掛けた。

「もう話していいぞ。君とクレイオスは何を感じ取ったのだ?」

「言葉にはし難いのだけど、何かに邪魔されてるような、違和感と言うか・・・・とにかく変な感じなの。普段忙しくしていると、忘れてしまうくらい微かだけど、ふとした時にあれ?ってなるの」

「クレイオスは、何と言っているんだ?」

「クレイオス様も同じ感じかな。カルに聞いてみたけど、カルはずっとあそこに居たからか、よく分からないみたい」

「ふむ・・・・その違和感に、何か嫌なものを感じるのだな?」

「そう・・・なんだけど。その原因が何なのか、何処なのかも分からなくて。怪しいと思うのは、王城と神殿だけど、もっと違う場所かも知れないし」

「その二箇所だと、調べていないのは、王城の秘密通路と、地下墓所くらいだな」

「地下墓所って教皇と、神官のお墓の事?」

「いかにもな場所だろ?」

 すると番は、腕を組んで考え込んだ。

「う~ん・・・いかにもな場所だけれど、いかにも過ぎて、違う気がしない?」

「レンが云う事は一理ある。だが違和感の正体も、場所も分からなければ、怪しい場所から調べて行くしかないだろう?」

「アレクの言う通りだと思います。でも・・」

「どうした?」

 物憂げに溜息を吐く、細腰を引き寄せると、愛しい番は胸に寄り掛かり、俺の髪を指に絡めた。

「あれ? ちょっと伸びました?」

「ん? あぁそろそろ切らないとな」

「ヤダッ! 切っちゃだめ!」

 俺はこれ迄、レンから身なりに文句を付けられた事が、一度も無い。
 だが、この時だけは、絶対に髪を切らないでくれ、と懇願された。

「どうしても、髪の長いアレクが見たいの! それに絶対似合うから。ね?お願い」

 縋りついて懇願しなくとも、君の願いならなんだって聞いてあげるのに。
 
 だが・・・。

「しかし、暑いし、戦闘の邪魔になる」

 え? 嘘だろ?
 そんなにショックだったのか?
 ガーーン!って音が聞こえそうな顔だぞ?

 ちょっと、揶揄いたかっただけなのに。
 可哀そうな事をしてしまった。

「コホンッ。あ~~。それじゃあ、俺の頼みを一つ聞いてくれるか?」

「一つで良いの? きくきく! なんでもしてあげる!」

 凄い食いつきだな?
 そんなに、髪を伸ばしてほしかったのか?
 
「キスしてくれるか?」

「キ・・・キス・・・いま?・・・ここで?」

「今、ここで」

「うぅ・・・・・・」

 あぁ、こんなに真っ赤になってしまって。
 意地悪が過ぎたか?

 無理ならいい。と言いかけた唇を、番の唇で塞がれた。

 初めて頬に貰ったキスよりも、かなり上達した甘い口付けだ。

 それを教えたのが自分だと思うと、仄暗い喜びに心が満たされるのだ。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

抱かれたい騎士No.1と抱かれたく無い騎士No.1に溺愛されてます。どうすればいいでしょうか!?

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ヴァンクリーフ騎士団には見目麗しい抱かれたい男No.1と、絶対零度の鋭い視線を持つ抱かれたく無い男No.1いる。 そんな騎士団の寮の厨房で働くジュリアは何故かその2人のお世話係に任命されてしまう。どうして!? 貧乏男爵令嬢ですが、家の借金返済の為に、頑張って働きますっ!

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

この誓いを違えぬと

豆狸
恋愛
「先ほどの誓いを取り消します。女神様に嘘はつけませんもの。私は愛せません。女神様に誓って、この命ある限りジェイク様を愛することはありません」 ──私は、絶対にこの誓いを違えることはありません。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。 ※7/18大公の過去を追加しました。長くて暗くて救いがありませんが、よろしければお読みください。 なろう様でも公開中です。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。

恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。 パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

処理中です...