380 / 524
愛し子と樹海の王
孤軍奮闘
しおりを挟む「マーク。総員を退避させ・・・・あっ?ロロシュ!! 逃げろ!!」
炎に塗れ、砂の中で起き上がった、ギガンテスの失われた頭部から、新たな触手が無数に伸びあがり、砂を作り続けている、ロロシュ達へ襲い掛かった。
防護結界が破られ、ロロシュが咄嗟に展開した土壁が、触手の攻撃を阻んだが、部下の一人が触手に絡め取られてしまった。
触手の粘液で団服が溶け、薄らと煙が上がっているのが見える。
仲間を取り返そうと、エーグルが剣を振るい、次々に襲い掛かる触手を断ち切っている。
中々の使い手だとは思っていたが、実にいい動きをする。
しかも驚いた事に、エーグルは、ただ剣で触手を斬り伏せるのではなく、自分の剣に炎を纏わせ、焼き斬っているのだ。
「これはこれは」
セルゲイが ”本気を出せ!” と怒る筈だ。
訓練場でも、ロロシュとやり合った時も、エーグルは、全く本気を出していなかったのだ。
一般の騎士が剣に魔法を纏わせるためには、装着された魔石や魔晶石の補助が必要だ。所謂魔剣だ。
団長、副団長クラスともなれば、魔晶石の力を借りずとも、剣に魔法を纏わせることは出来るが、一応俺達の剣にも魔晶石が装着されている。
それは、無駄に魔力を消費できない時や、出力を上げたい時の為の補助と、階級を示す為でもある。
騎士団では、階級の高さに準じた、魔剣が用意されるのだ。
しかし、エーグルの剣は、王国軍から支給された安物だ。よく手入れはされて居るが、魔石どころか刃も所々欠けて居る。
ガルスタではオーベルシュタイン侯爵が、ゴトフリーに入ってからは、セルゲイに攻め落とした城の戦利品の中から、好きな剣を持って行けと言われていたが、手に馴染んだ今の剣でいいと断っていた。
よほど思い入れのある剣なのだろうと、皆で話していたのだが。
成る程、エーグルの魔法との相性が良くて、手放せなかったのか。
ならば二振り佩けばよいのに・・・・・。
二振り・・・・・そうか!!
俺は馬鹿か?!
二振り目の刀だ!!
「マーク!! ロロシュ達の援護に回れ!!退避だっ!!」
「閣下!! 1人でギガンテスを、相手にされるのですか?!」
「あれはギガンテスではない!! 似て非なるものだ!!」
「ですが!!」
食い下がるマークに、説明する暇はなかった。
魔物の体から、伸ばされる触手の数が増え、エーグルが押され始め、俺たちが立っていた所にも、絡まり合った触手が、槍のように飛んできたのだ。
俺は腰に佩た、もう一本の刀を抜き放ち、襲いかかってくる触手に斬りつけた。
すると、切り落とされた触手は、シューッと音を立て、光の粒となって消えていった。
思った通り。
あれはギガンテスではない。
ギガンテスの形はとって居るが、集めた瘴気と呪いによって生み出された、全く別の何かだ。
何故もっと早くに気がつかなかったのか。
己の不甲斐なさに恥じ入るばかりだ。
今となっては、ヴァラクが何を想い、あの呪いを掛けたのか、誰を呪ったのかはどうでもいい。
呪いによって生み出された、不浄のものなら、破邪の刀で滅することができる。
今、俺の横にレンは居ない。
だが、レンと揃いのこの刀なら、部下を守り、あの化け物を倒し切ることが出来る。
「閣下っ!! 加勢を!!」
「下がれっ!! 俺に構うな!!」
双剣の基本動作は円だ。
右手に愛剣、左手に破邪の刀を構え、円を描くように刀を振り、体を移動させていく。
回転が速くなるほど、切れ味は鋭く、破壊力も増していく。
右手の愛剣で襲いかかる触手を弾き、左手の破邪の刀で切り伏せていく。
あの化け物が、いつまで触手を出し続けられるかは知らないが、本体に届きさえすれば、俺の勝ちだ。
◇◇
「・・・・すげぇな」
「何をやって居るのです。速く離れて!」
「いや・・だってよ。マーク見ろよ。つーか見えねぇんだけどよ」
「えっ? あぁ、あれは双剣の動きですね。閣下ならもっと速くなりますよ」
「まだ速くなんのかよ?!」
「大公閣下は、あれで本気ではないと? 目で追い切れないのですが」
「私は、閣下が全力を出した所を、見たことがありません。それでも災害級の強さですからね。あれで、身体強化をまだ掛けていないようです。強化したらどうなるか・・・・」
「怖え~な」
「想像できません」
「強者の剣技は、見るだけでも勉強になります。ですが今は、閣下の邪魔にならない所まで、下がるのが先です」
「本当に加勢しなくて、良いのですか?」
「必要な時は声が掛かります。閣下は、お1人で戦う時が、一番強いのですよ。 さあ、閣下を心配されるなら、もっと下がって」
◇◇
もっと速く。
もっと鋭く。
もっと強く。
俺はもっと強くなれるはずだ。
後少し。
後少しで本体に手が届く。
どれくらいの間、触手の攻撃を掻い潜り、薙ぎ払い、切り払ったのだろうか。
どれだけの瘴気を取り込めば、こうも次から次へと、触手を繰り出すことが出来るのだ?
ヴァラクと言う雄の執念と憎悪。
それと執着にはウンザリだ。
創世神話の頃からだと、何万年にも遡れるはずだが、よくもまあ、それだけの永い刻を憎しみだけで、渡ってこれたものだ。
ゴトフリーが建国されて850年。
その間溜めに溜め込んだ、獣人の怨嗟の念がこの魔物だとすれば、哀れな事だ。
だが俺は、レンのように優しくはないし、生きて居る人間を救うので精一杯だ。
あぁ!! 本当に邪魔だ!!
一度燃やして、数を減らすか!
地面から噴き上がる獄焔が、周囲を囲んだ触手を一瞬で燃やし尽くし、黒い灰がバラバラと地面を覆い隠した。
遠くから、部下達の歓声が聞こえたが、何を言って居るのかまでは聞き取れない。
獄焔で創り出した、触手の隙間を一気に駆け抜け本体へと迫った。
もらったっ!!
魔物の真上に跳躍し、その頭上で刀を振り翳した俺は、勝利を確信した。
しかし、それは単なる驕りだった。
辛うじて人型を取っていた魔物は、ゾロリと体の内外を裏返すように、その本性を現した。
本体もへったくれもない。
この魔物は触手の塊だった。
頭頂部に当たる場所には、ノコギリのような歯が、円形に幾重にも重なり、うぞうぞと蠢く触手が身体中を覆い隠している。
ギガンテスの形を模して居る以上、体のどこかに核が有るはずだと考えていたが、この魔物は全くの別物だ。
空中に浮かぶ俺目掛け、一斉に伸ばされる触手に、反射で劫火を放ち、その爆風に乗り、地面スレスレで、体を捻って着地した。
襲い来る触手から、逃げることは出来たが、また距離が空いてしまった。
これは・・・なんと言ったか・・・。
レンと行った入り江で、磯の岩場にいた生き物・・・に似ている。
その生き物の生態をレンが教えてくれたのだが、触手には毒が有り、伸ばした触手で自分の体より大きな魚も捉えて、食してしまう。と言っていた記憶がある。
これが海洋生物の成れの果てなら、炎と雷撃が弱点になるのだろうが、今の所、破邪の刀の方が、ダメージを与えて居るように思う。
仕方ない。
もう一度仕切り直しだ。
ため息混じりに、剣を構え直したとき、これまでと比べものにならない数の触手が、襲いかかってきた。
大量の触手が、夜空を覆い隠し、降り積もっていた月光が遮られた。
防護結界を張り、身体強化と剣に炎を纏わせ、全方位から槍のように伸びてくる、触手を薙ぎ払った。
[・・・ア・・・ク・・・アレク!]
この声は・・・レンなのか?
[・・・・レン!?]
心の中で、愛しい番を呼んだ。
その瞬間。
部下達が退避した方向とは真逆の、大聖堂の屋根が吹き飛び、それと同時に、頭上を覆い隠していた触手の群れを、渦を巻く炎が燃やし尽くしていた。
「アレク!! ただいまっ!!」
その声を追って空を見上げると、見たこともない生き物に跨った愛しい番が、青い月光を浴び、キラキラと微笑んでいた。
120
お気に入りに追加
1,316
あなたにおすすめの小説
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?
青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。
そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。
そんなユヅキの逆ハーレムのお話。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
抱かれたい騎士No.1と抱かれたく無い騎士No.1に溺愛されてます。どうすればいいでしょうか!?
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ヴァンクリーフ騎士団には見目麗しい抱かれたい男No.1と、絶対零度の鋭い視線を持つ抱かれたく無い男No.1いる。
そんな騎士団の寮の厨房で働くジュリアは何故かその2人のお世話係に任命されてしまう。どうして!?
貧乏男爵令嬢ですが、家の借金返済の為に、頑張って働きますっ!
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。
王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました
鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と
王女殿下の騎士 の話
短いので、サクッと読んでもらえると思います。
読みやすいように、3話に分けました。
毎日1回、予約投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる