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愛し子と樹海の王

痴れ者の狂信*

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「マーク。教皇を出せ」

「・・・了解」

 結界から出された教皇は抵抗し暴れたが、ロロシュに腕を捩じり上げられ、国王の横に跪かされた。

 隣の国王は、床にへたり込み、息子の首を抱え込んだままだ。

「お前達2人に問う。愛し子は何処だ? 誰が、何処へ転移させた?」

「朕は・・・何も知らん」

「ふむ・・・教皇は知っているだろう?」

「・・・・・」

 口を閉ざす教皇の腕をロロシュが捻りあげ、ボクッ と肩のはずれる音が響いた。

「ウガッ!! あぁ・・・」

「特別にもう一度聞いてやる。愛し子は何処だ?」

「知らない!本当に分からないのだ!! 愛し子は、王と共にここへ来るはずだった!だが、愛し子だけが現れなかったのだ!!」

「・・・それは転移に失敗し、何処に居るのかも分からない、と言うことか?」

「・・・・・・そうだ」

 巫山戯るな!
 俺の番を攫っておいて、何処に行ったか分からないだと?!

 今直ぐ、こいつら全員の首を刎ねてやろうか?!

 だが、もしコイツが嘘をついて居るのだとしたら?

 念話も通じない、感情さえ届かない。
 そんな所に、たった1人で閉じ込められて居るとしたら?

 クソッ!!
 どうしたらいいんだ?!

「閣下、レン様の為に、今はどうか堪えて下さい」

 囁く声に振り向くと、アミュレットに込められた浄化の光が、マークの体を包み込み、黄金色の粒が踊っていた。

 悪臭の酷さに、深呼吸をする気にはなれず、長く吐いた息と共に、怒りの一部を体の外に追いやった。

「お前たちは愛し子を捕え、王の魂を愛し子の体に、入れ替えるつもりだったと聞いたが?事実か?」

「「・・・・・・」」

「その愛し子の行方が分からんとは、俄には信じがたい話だ。愛し子を何処へやった? 本当の事を言え!」

「「・・・・・」」

「ふむ・・・耳が聞こえなくなったようだ。ロロシュ耳を開いてやれ」

「了解」

 取り出した暗器を、ロロシュが教皇の耳に押し当てた。

「ひっ!! やめろ! 全て神のお導きだ!お前達は、神の御意思に逆らうのか?!」

 薄皮一枚切れただけの耳を押さえ、何を歌うのかと思えば、神の導きだと?

「聞いたか? ロロシュ、どう思う?」

「ハハッ!コイツら薬漬けか? 言うに事欠いて神の導きだとよ。 愛し子相手に、頭が沸いてるとしか思えねぇなぁ」

だよな。
信仰とは、慈愛を得る手段と思っていたが、こうも人を狂わせるか。

「教皇に問おう。お前が崇める神は誰だ?」

「それは・・・アウラ神に決まって」

「ハッ! あの様な呪いを掛けておいて、アウラを信じて居ると?」

 神像の足元に堆く積み上げられた、魔法師の遺体を指差した。

「呪いとは何か?! あれは神のご指示に従っただけの事。あれは神がお求めになったことだ!!」

「ほう? あれをアウラが求めたと言うのだな? 我らが知るアウラとは大違いだ。それで? 殺戮の見返りはなんだ?」

「見返りとは、私欲を満たす為のものであろう!我らはそのような俗物では無い!!御子である王に、本来有るべき力。愛し子を僭称する者に、奪われた力を取り戻し、この地に神が降臨される贄に成れたのだ、ケダモノにはこの上ない栄誉だろう!!」

 はあ?
 コイツ本気で言ってるのか?

 胸を張り、傲岸不遜を絵に描いたような態度は、この戯言を、本気で信じていると言うことか?

「王都と王城を囲んだ結界は破った。王都に住まう民は逃げ出し、大聖堂の柩の解呪も終わった頃だろう。必要な魔力も瘴気も、これ以上集めることは出来ん。それに、お前らが何を呼び戻し、呼び出すつもりだったのかは知らんが、アウラ神ではないことだけは確かだ」

「何を言っている。私たちはアウラ神の導きにより、神の降臨を・・」

「お前、神託を受けた事はあるか?」

「し・・・神託?」

 神託と聞いた教皇は、落ち着きをなくし、目を逸らした。

 巨大な組織の頂点に立ちながら、腹芸一つ出来ないとはな、コイツは実力ではなく、金で地位を手に入れた口だな。

「無いのか。ならその神の御意志とやらは、誰から聞いたのだ?」

「それは・・・」

「ヴァラクか?」

 ヴァラクの名が、俺の口から出て来たのが、よほど以外だったのか、教皇は逸らしていた目を俺に向け、食い入るように見つめて来た。

 狂信者。
 そう呼ぶに相応しい
 誠に穢らわしい瞳だ。
 
 レンの吸い込まれるような、澄んだ瞳とは大違いだ。

「彼の方を知って居るのか? 彼の方は今どこに? いつお戻りになられる?」

 指を震わせ、縋ろうとする手を払い除けた。

「穢らわしい手で触るな」

「けっ穢らわしい?! 獣人の分際で!!ケダモノごときが!!」

 ズシャッ!!

「あ"っ! うあ"ぁ"ぁーーー!!」

 耳を押さえていた教皇の指が、ボロボロと床に落ちて散らばった。
 鉄臭い臭いが悪臭と合わさり、その分障気が濃くなった気がする。

「おいおい。勝手に動くから、手が滑っちまったじゃねぇか」

 肩をすくめて見せるロロシュに、教皇は手首を押さえ、ボアの様な鳴き声を上げた。
 隣で瘴気の中に蹲る国王も、ヒィッ と短い悲鳴をあげ、息子の頭を、更に強く抱きしめて居る。

「転移を実行した者は、前に出ろ」

 ぎゅうぎゅう詰めの結界の中で、1人の神官が前に押し出された。

「マーク、出せ」

 結界の中から転びまろび出た神官は、逃げ道を求め、視線を彷徨わせていた。

 教皇と王にした同じ質問を繰り返したが、答えは同じだった。

 ヴァラクと繋がりがある事の、言質は取れた。

 この場にレンは居ない。
 何処へ行ったのかも分からない以上、コイツらに用はない。

 そうとなれば、こんな反吐の塊の様な場所からは、一刻も早く出るに限る。

「エーグル、あとはお前の好きにしていい」

「えっ?」

「なますに刻んでも、目玉を抉り出すでも、お前達が味わって来た、苦しみには変えられんだろうが、お前の気の済む様にすれば良い、この国で虐げられて来た獣人の代表として、お前を連れて来たのだからな」

「ですが、閣下。彼らは王家の」

「罪人だ。今この国は帝国の物だ。アレらは罪人の集団に過ぎない」

「罪人ですか・・・」

 剣を抜いたエーグルは、王と教皇の前に立ち、囁きに近い声で話しかけた。

” ナーガ・・・・パールパイソン・・・最後のラージャ・・何処に・・殺し・・・“

 エーグルの声で、聞き取れたのはそれだけだったが、話を聞く王の顔は、次第に引き攣っていった。

「知らん!! 軍部の連中が勝手にやったことだ、朕はそんな娼夫の事など!」

 ヒュッザッ! ザッザザーーー!!

 エーグルの手で跳ねられた王の首が、床に落ち、鮮血が噴水の如く噴き上がる。

「陛下っ!!」
「ヒイィ」

 王族達の悲鳴を無視したエーグルは、教皇が肩に掛けていた、錦糸銀糸で彩られたストラを奪い取り、血に濡れた剣を拭い清めた。

 剣を鞘に納め、王と王太子の首をストラで包んだエーグルは、王の体に取り縋り、悲鳴を上げる者達を一顧だにせず、俺達の元へと戻って来た。

「いいのか?」

「はい。仇は打ちました。この首は晒す必要が有りますが、他の者はどうでもいいです」

「そうか」

 その仇は誰の為か。
 聞かないほうがいいのだろうな。

「それよりも、レン様を探さないと」

「そうだな、こんな所に用はない。行くぞ」

 踵を返し、洗礼の間から出ようとする俺達の背中を、教皇の狂ったような笑い声が追って来た。

「ハハハハ・・・!! 愚か者め!!我が願い成就したり!!」

「あ“?」
「へぁ?!」
「はあ?」

 狂信者の戯言と、無視を決め込んだ俺の代わりに振り向いた3人が、そろって間の抜けた声を上げた。
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