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愛し子と樹海の王
怒りと焦燥
しおりを挟む「な・・・なぜそれを」
「知って居るかと? ばれていないと思っているのは、お前とお前の父親だけだ!! 国中の誰もが知っていて、口を噤んだだけだ。なぜ黙っていたか? 私達はいつか陛下が、昔の様な方に、戻ってくれると信じていたからだ! 陛下は昔から賢くも無く、暗愚だったが、今程愚かで、非道な御方では無かった。心根の優しい方だった。それをお前たちが壊したんだ!!」
ゴトフリー王は、愛される馬鹿だったのか。
どこかで聞いた様な話だが、昔は昔、今は今。許してやる謂れはない。
「それで? 話すのか? 話さないのか?」
親のブチギレ具合に、目を丸くして泣き止んだ王子を、部下がぶらぶらと揺らすと、側室は床に額を打ち付け、這い蹲った。
「話す!話します!! 愛し子は神殿です! 神殿に転移されました!!」
「黙れ!! 嘘だ! 神殿に愛し子はいない!!」
「ならどこに居る? 転移させたのは誰だ?」
黙り込む王配に、情けは必要ない。
「側室と王子を別室へ。マーク、詳しい話を聞いて来い」
「はっ」
青ざめた顔で、瘧の様に震える王配の頭の中は、どんな考えが渦巻いているのだろうな。
「神殿にクレイオスとロドリックの部隊がいる。ロドリックに捜索させろ」
「了解!」
何を驚く?
王城を攻めたのが、全軍だとでも思っていたのか?
神官を使い、魔物を呼び出す事以外、なんの抵抗も出来なかった王国軍が、弱すぎるとは思わなかったか?
確かに俺は、神殿の制圧は後でも構わないと考えていたが、もし俺が守る側で、神殿を重要だと考えていたなら、万が一の為、兵を配備させるがな。
王配として、考えが足りなさ過ぎるだろう。
それとも、配備はしたが、帝国騎士団が強過ぎたか?
「ロロシュを呼べ」
「ハッ!」
「今から尋問の専門家が来る。この意味が解るな?」
ほう?
まだ、俺を睨むだけの気概が残っているのか。
だが、気の強さだけで、生き残れると思うなよ?
◇◇
ロロシュが尋問を始め、20ミンも掛からぬ内に、王配は全てを吐き出した。
気の強さと、肝が据わっているか如何かは、別物だ。
他人を痛めつける事には慣れていても、自分が痛めつけられるとは、考えた事も無いのだろう。
体中の穴という穴から、体液を垂れ流し、泣き叫ぶ姿は、醜悪の一言。
レンを座らせた玉座から見下ろす景色は、美しさの欠片も無かった。
こんな所に座らせるんじゃなかった。
レンにはもっと相応しい場所があったのに・・・。
自称神子と、本物の愛し子の違いを、見せつけてやりたかった。
自己満足のために、俺は大事な番を危険に晒したのだ。
全ての責任は俺に有る。
レンはこんな、だらしがない俺を許してくれるだろうか。
痴態を晒した王配の懺悔に、俺は吐き気を覚えた。
その内容を聞いたロロシュの手が、動揺で滑り、誤って王配の耳を削ぎ落としてしまった程だ。
国王は、執拗にレンを欲していた。
愛し子を操り、その恩寵を手に入れたいから、と考えるのが普通だろう。
俺やアーノルド、ウィリアムでさえ、そう考えていたのだ。
だが、この愚王は、レンの肉体を欲していた。
それは、性的なものも含まれてはいたが、本当の目的は、己の魂を、レンの体に入れ替える事。
レンの肉体を手に入れれば、本物の神の加護と恩寵を、自分のものに出来ると考えたのだ。
レンの美しい肢体に、醜いあの雄の魂が入り込むなど、想像するだに穢らわしい。
レンは美しい容姿をしている。
だが、彼人の美しさも、神の加護と恩寵も、その魂があっての事だ。
レンの魂無くして、アウラとクレイオスが恩寵を授ける訳がない。
やっている事は、レンの身体を器に、ヨシタカの魂を蘇らせようとした、ヴァラクと同じだが、国王のやろうとしている事は、より醜悪で罪深い。
ヴァラクの望みを、神殿の奴らが知らぬ訳がない。
魂の入れ替えを唆したのは、大神殿の教皇だと言う。
神官とも在ろう者が、人の命をなんだと思っているのか。
大した忠義ではないか?
では何故、初代国王の柩を移動させ、蘇らせようとしたのか。
そもそも、御神体として、大神殿に安置された初代王の柩は、瘴気を集めるための依代なのだと言う。
神官ではない王配は、詳しいことは知らなかったが、要は瘴気を生み出した呪具と似た様な物なのだろう。
移動とは唯の口実で、集めた瘴気を効率的に使えるようにしただけの事らしい。
おそらく神官達は、ヴァラクの指導の元、初代国王のクレイオス王国への憎悪と亡骸を利用し、呪具を作り上げたのだろう。
ヴァラクの憎悪の対象は、始めはヴィースの地上に生きるもの全てだった筈だ。
その中でも、創世神話の主役となる、クレイオスの名を冠した、クレイオス王国は、絶好の獲物だったのだろう。
だが、クレイオス王国は滅亡しなかった。
其れ処ろか、王国は帝国に発展し栄華を極めたのだ。
それとは反対に、時を経る毎に、ヴァラクの自我は崩壊していった。
そして、ネサルに入り込んだヴァラクは、ネサルの人格の影響を強く受け、ヨシタカと、愛し子に執着した。
ヴァラクが持つあやふやな人格と、愛しい人を獣人に奪われた憎しみ。帝国に対する憎悪。
この三つに、踊らされ続けたのが、ゴトフリーという国なのだろう。
だからと言って、これ迄の行いに対する免罪符とはならない。
況してや愛し子を手にかけるなど、有ってはならない蛮行だ。
アウラとクレイオスにとって、歴代の愛し子の中でも、レンの存在は別格だ。
これ程の、神の愛と恩寵を受けた愛し子は、他に存在しないのだ。
もし、レンが神官や王の手によって危害を加えられたら、ゴトフリーどころか、ヴィースの存在自体が消されてしまう事に、何故、神官達は気付かない。
万が一。
いや兆が一にでも、そんなことが起きれば、 “俺の手で” この国の全てを焦土に変えてやる!
穢らわしい王配と、側室の証言は一致した。
レンは神殿に転移させられた。
神殿に向かう、ブルーベルの手綱を握る手にも汗が滲む。
先に神殿の捜索を命じた部下からも、発見の連絡は来ていない。
以前ヴァラクに拉致されてから、レンの帯には、どんな時でもスクロールを一枚入れてある。
あぁ。どうかスクロールを利用して、柘榴宮に戻っていてくれ。
俺たちの部屋に現れたレンが、ローガンに命じ、ダンプティーを飛ばしてくれたら。
レンの事だ、ダンプティーを飛ばした後で、新しいスクロールを作っているかもしれない。
それを使い、オーベルシュタイン侯爵の城に転移してくるかも・・・・。
大丈夫だ。
俺の番は強い。
あんな、間抜けな王になど、遅れを取ったりしない。
それなのに
どうして念話が通じない?!
何故、愛しい番の声を聞くことも出来ないのだ?!
どうして、レンの感情さえ伝わってこない?!
お願いだ!
誰でもいい!
俺の番は、レンは無事だと言ってくれ!!
怒りと後悔、焦燥感に苛まれ、逸る気持ちを抑える事もなく、辿り着いた大神殿は、魔物の出現により混乱を極めていた。
召喚された魔物を、抑えきれず、何匹かが王都へ逃げ出してしまったのだ。
「ロドリックは何をやって居る!!レンと国王の捜索は?! クレイオスはどこにいる?!」
「閣下! 報告いたします! クレイオス様は、初代国王の柩にかけられた呪いを解呪すると仰られ、1人結界を張られて籠って居られます」
「他は?!」
「はっ! 神殿内では、魔物と交戦中。教皇を初めとする神官達が、魔物を召喚、巨大な魔晶石の魔力により、先程まで召喚が続いておりましたが、転移陣を守っていた結界の破壊に成功。魔晶石と転移陣も破壊済みです」
俺が垂れ流している威嚇に、報告する部下の顔色がどんどん悪くなって行く。
「続けろ」
「はっはい! 神官数名は捕らえましたが、教皇と上位神官達は、奥の院に逃げ込み、結界を張り籠城中。捜索の結果、レン様と王家の人間は発見出来ず。もしレン様がここに転移されたなら、奥の院の中と思われます!」
「手緩いっ!! すぐに奥の院に案内しろ!」
「ですが、中には魔物が」
「だから何だ? 俺が今までどれだけの魔物を屠って来たと思っている」
「はっ!! 失礼いたしました!! 奥の院にご案内いたします!!」
「マーク! ロロシュ! シッチン!ついて来い!!」
「「「ハッツ!!」」」
「・・・エーグル、お前もだ!! この国の末路を見せてやる!」
「はい!!」
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