351 / 491
愛し子と樹海の王
晩餐と追撃
しおりを挟む同日夕刻近くに、シルベスター侯爵も砦に到着した。
挨拶と今後の打ち合わせも兼ねて、オーベルシュタイン侯爵も顔を出し、その夜は、簡単な、晩餐の場を設ける事となった。
晩餐に参加したのは、北と東を守る両侯爵と、第3の騎士団長モーガン。
クレイオスと、ゴトフリーの獣人代表としてエーグル大将。
そしてエーグルは居心地が悪だろうから、話し相手にマークも招待した。
本来なら、侯爵家の後継で、暗部のトップであるロロシュも同席するべきなのだが
“オレがいるとマークが気にすんだろ”
と参加を固辞して来た。
ロロシュの言い分は、尤もと言えばそうだし、お前が態度を改めれば済む話しだ、とも思う。
ただ、その時のロロシュの話し方に、引っ掛かりを覚えたのは確かだ。
俺とレンは、番と共に在る喜びを、2人に知って貰いたいだけなのだが・・・。
なかなか上手くいかんものだ。
晩餐の料理は、レンが腕を振るってくれた。
厨房を預かる料理人は、得てして部外者の厨房への立ち入りを嫌うものだ。
しかしレンは、この数日で料理長へ新しいレシピや、携帯食、保存食の作り方を伝授して居た為、この日の晩餐も、興味津々で手伝ってくれたそうだ。
晩餐のメニューは、パテと塩漬けした魚卵を乗せたパイ、ふわふわで酸味のあるムースを乗せた温野菜のサラダ、芋をベースにした冷たく冷やしたスープ。グリルした根菜を付け合わせに、ベリーのソースが掛かった鳥のロースト等々。
目にも鮮やかで、味も最高の素晴らしい出来栄えだった。
美味い料理で場が和み、晩餐の席は、始終和やかな雰囲気で進んでいった。
だが、会話の最中、レンがオーベルシュタイン侯爵を “リアンパパ”と呼ぶと、予想通り、伯父のシルベスター侯爵が臍を曲げてしまった。
「俺の事はパパと呼んでくれんのか・・・」
「伯父上は、父親じゃないでしょう」
『そうだぞ。レンのパパは我だからの』
「く・・・クレイオス殿・・俺もパパと呼ばれてみたい」
全く大人気ない。
呼び方なんて、なんでも良いだろう?
同席していたマークと、居心地悪そうにして居たエーグルも、この時ばかりは、苦笑いを浮かべていた。
「伯父様を、パパと呼んだら、彼方では、ちょっと危ない意味になってしまいますから、パパとは呼べませんよ?」
“危ない” の意味を理解して居るからか、クレイオスはナプキンで口元を隠しながら、クツクツと笑っている。
一方伯父上は「おじさま・・・・おじさまかぁ、うん。それもまた良し」と急にホクホク顔になった。
レンに甘いのは構わないが、どうして誰も彼も、レンの父親になりたがるのかが理解できん。
番である俺の前で色目を使われるよりも、ずっとマシだが、自称父親がいくら増えたところで、レンは俺の伴侶で、一生俺だけのかわいい番なのだ。
鳥のグリルを食べ終わり、少し物足りないな、と思って居たら、大きな塩の塊が運ばれてきた。
熱を持った塩の塊を前に、これは何ぞやと首を傾げる俺に、レンは木槌を渡し、塩を割れと言う。
言われた通り、木槌で塩の塊を割ると、香草の香りが漂い、中から蒸し焼きになった、大きな川魚と、ぎっしりと詰まったキノコが出てきた。
これに侯爵2人は大喜びで、自分達も何かの集まりの時に出したいから、作り方を教えてくれ、と大はしゃぎっだ。
この料理は、塩釜焼きと言うのだそうだ。
レンの説明によると、見た目のインパクトに比べ、味付けも手間も簡単だが、味は絶品なのだそうだ。
地位の割に質素な暮らしを好むモーガンは、只々目を見開くばかりだったが、一口魚を頬張ると、顔を綻ばせ、あっという間に完食してしまった。
最後にハミーと言う、瓜を使ったシャーベットを食べ終えると、全員が満足げな溜息を吐いて居た。
「いやぁ。遠征の時の食事でも思いましたが、レン様の料理は本当に美味いですね」
モーガンの言う通り。
レンの料理は、本当に美味い。
出来る事なら、番も番の料理も独り占めにしたいが、料理はもてなしの基本だと言うレンを、独り占めなど無理な話だ。
「いえいえ。手伝ってくれた厨房の皆さんのお陰なのですよ? でも、満足して頂けて良かったです」
「ご謙遜なさるな。うちのリアンにも、料理を仕込んで頂きたい」
等々、どこの晩餐会でもありがちな会話がされる中、エーグル1人が難しい顔で考え込んでいる。
その横顔を、心配そうに見つめるマークの瞳が、やけに印象に残る夜だった。
◇◇◇
伯父達と合流を果たした俺達は、ゴトフリー王国へと足を踏み入れた。
既に先日の王国軍敗退の知らせが、流布されて居るのか、俺たちの姿を見た、ゴトフリーの民達は、怯えた様子で物陰に隠れた。
黒衣の軍が、王都へ続く街道を爆走する様は、ゴトフリー王国の民を震え上がらせるに、充分な威容だったらしい。
先行したセルゲイは、騎士道に則り、街道沿いの町や村に迷惑をかける行為を、一切していなかったが、獣人を主とする騎士団の存在は、獣人から搾取する事に慣れきった、この国の民にとっては、衝撃以外の何物でもなかったようだ。
王都に着くまで、不要な戦闘は避けるつもりでは居たが、今の所、その土地々の領主からの邪魔が入るような事も無く、あっけないほど簡単に、セルゲイが攻め落とした伯爵の城に入る事が出来た。
移動中その土地の領主からの邪魔が無かった理由は、領境に置かれた関を、セルゲイが破壊しつくし、常駐していた警備兵を完膚無きまでに、叩きのめしていたからだ。
これに、昔マイオールから皇都までの関を潰した経験のある、叔父は満足そうに笑っていた。
関を潰された領主たちは、理解の及ばない強者に対し、首を竦め布団を被って、王都からの救援が来るまで、嵐が過ぎ去るのを待つ事にした様だった。
「城を落とせとは、言わなかったが?」
「そうだけど、この国はどうなってるんだ?兵士が弱すぎて話にならねえんだよ」
セルゲイは伯爵三家の連合軍を、砦を出発して2日ほどの草原で見つけた。
自国内と言う事もあり、油断して居たのだろうが、伯爵達は索敵を出すこともなく、その草原で堂々と陣を張って居たそうだ。
敵襲など全く予想していない連合軍は、夜になると、ほぼ宴会のような騒ぎになったのだそうだ。
どんちゃん騒ぎをする兵達の天幕の外れに、一箇所だけ静かな天幕の一群があった。
そこが獣人達の天幕だろう、と当たりをつけたセルゲイは、夜陰に紛れ部下を数名、獣人達の元へ忍び込ませた。
酒を回し、馬鹿騒ぎをする集団の目を盗み、敵の陣に潜り込むのは、嘘のように簡単だった。
そこで獣人達と繋ぎをとることに成功したセルゲイは、翌日の行軍で連合軍が通る、山の谷間で攻撃を開始。
奇襲を受けた連合軍は恐慌状態に陥り、隊列は瓦解、我先にと逃げ出した伯爵達は、予想通り、逃走の時間稼ぎの為に獣人を盾にした。
そこで獣人達は、打ち合わせ通り、抵抗する振りをし、セルゲイ達は、それを制圧、捕虜にした振りで、獣人達の保護に成功した。
獣人の心配が無くなったセルゲイは、追撃を開始。
余りにも無様な逃走に、罠の可能性も考えたが、将である伯爵さえ打ち取れば良いと割り切り、セルゲイは追撃に専念した。
しかし、まともに戦おうともしない連合軍は、逃げ足だけは早かった。
後を追うセルゲイ達に、地の利が無かった事も災いしたのだ。
セルゲイに追われる連合軍は、途中で三方向にバラバラに逃げ始めた。
敵の首を取ってくると、約束した手前、手ぶらで帰るのはバツが悪いと、この城に逃げ込んだ伯爵を打ち取り、結果、セルゲイは城を制圧したのだそうだ。
91
お気に入りに追加
1,297
あなたにおすすめの小説
迷い込んだ先で獣人公爵の愛玩動物になりました(R18)
るーろ
恋愛
気がついたら知らない場所にた早川なつほ。異世界人として捕えられ愛玩動物として売られるところを公爵家のエレナ・メルストに買われた。
エレナは兄であるノアへのプレゼンとして_
発情/甘々?/若干無理矢理/
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【R18】転生したら異酒屋でイキ放題されるなんて聞いてません!
梅乃なごみ
恋愛
限界社畜・ヒマリは焼き鳥を喉に詰まらせ窒息し、異世界へ転生した。
13代目の聖女? 運命の王太子?
そんなことより生ビールが飲めず死んでしまったことのほうが重要だ。
王宮へ召喚?
いいえ、飲み屋街へ直行し早速居酒屋で生ビールを……え?
即求婚&クンニってどういうことですか?
えっちメイン。ふんわり設定。さくっと読めます。
🍺全5話 完結投稿予約済🍺
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
淫らなお姫様とイケメン騎士達のエロスな夜伽物語
瀬能なつ
恋愛
17才になった皇女サーシャは、国のしきたりに従い、6人の騎士たちを従えて、遥か彼方の霊峰へと旅立ちます。
長い道中、姫を警護する騎士たちの体力を回復する方法は、ズバリ、キスとH!
途中、魔物に襲われたり、姫の寵愛を競い合う騎士たちの様々な恋の駆け引きもあったりと、お姫様の旅はなかなか困難なのです?!
クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった
山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』
色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。
◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる