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愛し子と樹海の王

晩餐と追撃

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 同日夕刻近くに、シルベスター侯爵も砦に到着した。

 挨拶と今後の打ち合わせも兼ねて、オーベルシュタイン侯爵も顔を出し、その夜は、簡単な、晩餐の場を設ける事となった。

 晩餐に参加したのは、北と東を守る両侯爵と、第3の騎士団長モーガン。
 クレイオスと、ゴトフリーの獣人代表としてエーグル大将。
 そしてエーグルは居心地が悪だろうから、話し相手にマークも招待した。

 本来なら、侯爵家の後継で、暗部のトップであるロロシュも同席するべきなのだが

 “オレがいるとマークが気にすんだろ”   

 と参加を固辞して来た。

 ロロシュの言い分は、尤もと言えばそうだし、お前が態度を改めれば済む話しだ、とも思う。

 ただ、その時のロロシュの話し方に、引っ掛かりを覚えたのは確かだ。

 俺とレンは、番と共に在る喜びを、2人に知って貰いたいだけなのだが・・・。

 なかなか上手くいかんものだ。

 晩餐の料理は、レンが腕を振るってくれた。

 厨房を預かる料理人は、得てして部外者の厨房への立ち入りを嫌うものだ。

 しかしレンは、この数日で料理長へ新しいレシピや、携帯食、保存食の作り方を伝授して居た為、この日の晩餐も、興味津々で手伝ってくれたそうだ。

 晩餐のメニューは、パテと塩漬けした魚卵を乗せたパイ、ふわふわで酸味のあるムースを乗せた温野菜のサラダ、芋をベースにした冷たく冷やしたスープ。グリルした根菜を付け合わせに、ベリーのソースが掛かった鳥のロースト等々。

 目にも鮮やかで、味も最高の素晴らしい出来栄えだった。
 美味い料理で場が和み、晩餐の席は、始終和やかな雰囲気で進んでいった。

 だが、会話の最中、レンがオーベルシュタイン侯爵を “リアンパパ”と呼ぶと、予想通り、伯父のシルベスター侯爵が臍を曲げてしまった。

「俺の事はパパと呼んでくれんのか・・・」

「伯父上は、父親じゃないでしょう」

『そうだぞ。レンのパパは我だからの』

「く・・・クレイオス殿・・俺もパパと呼ばれてみたい」

 全く大人気ない。
 呼び方なんて、なんでも良いだろう?

 同席していたマークと、居心地悪そうにして居たエーグルも、この時ばかりは、苦笑いを浮かべていた。

「伯父様を、パパと呼んだら、彼方では、ちょっと危ない意味になってしまいますから、パパとは呼べませんよ?」

 “危ない” の意味を理解して居るからか、クレイオスはナプキンで口元を隠しながら、クツクツと笑っている。

 一方伯父上は「おじさま・・・・おじさまかぁ、うん。それもまた良し」と急にホクホク顔になった。

 レンに甘いのは構わないが、どうして誰も彼も、レンの父親になりたがるのかが理解できん。

 番である俺の前で色目を使われるよりも、ずっとマシだが、自称父親がいくら増えたところで、レンは俺の伴侶で、一生俺だけのかわいい番なのだ。

 鳥のグリルを食べ終わり、少し物足りないな、と思って居たら、大きな塩の塊が運ばれてきた。

 熱を持った塩の塊を前に、これは何ぞやと首を傾げる俺に、レンは木槌を渡し、塩を割れと言う。

 言われた通り、木槌で塩の塊を割ると、香草の香りが漂い、中から蒸し焼きになった、大きな川魚と、ぎっしりと詰まったキノコが出てきた。

 これに侯爵2人は大喜びで、自分達も何かの集まりの時に出したいから、作り方を教えてくれ、と大はしゃぎっだ。

 この料理は、塩釜焼きと言うのだそうだ。

 レンの説明によると、見た目のインパクトに比べ、味付けも手間も簡単だが、味は絶品なのだそうだ。

 地位の割に質素な暮らしを好むモーガンは、只々目を見開くばかりだったが、一口魚を頬張ると、顔を綻ばせ、あっという間に完食してしまった。

 最後にハミーと言う、瓜を使ったシャーベットを食べ終えると、全員が満足げな溜息を吐いて居た。

「いやぁ。遠征の時の食事でも思いましたが、レン様の料理は本当に美味いですね」

 モーガンの言う通り。
 レンの料理は、本当に美味い。
 出来る事なら、番も番の料理も独り占めにしたいが、料理はもてなしの基本だと言うレンを、独り占めなど無理な話だ。

「いえいえ。手伝ってくれた厨房の皆さんのお陰なのですよ? でも、満足して頂けて良かったです」

「ご謙遜なさるな。うちのリアンにも、料理を仕込んで頂きたい」

 等々、どこの晩餐会でもありがちな会話がされる中、エーグル1人が難しい顔で考え込んでいる。

 その横顔を、心配そうに見つめるマークの瞳が、やけに印象に残る夜だった。


 ◇◇◇


 伯父達と合流を果たした俺達は、ゴトフリー王国へと足を踏み入れた。

 既に先日の王国軍敗退の知らせが、流布されて居るのか、俺たちの姿を見た、ゴトフリーの民達は、怯えた様子で物陰に隠れた。

 黒衣の軍が、王都へ続く街道を爆走する様は、ゴトフリー王国の民を震え上がらせるに、充分な威容だったらしい。

 先行したセルゲイは、騎士道に則り、街道沿いの町や村に迷惑をかける行為を、一切していなかったが、獣人を主とする騎士団の存在は、獣人から搾取する事に慣れきった、この国の民にとっては、衝撃以外の何物でもなかったようだ。

 王都に着くまで、不要な戦闘は避けるつもりでは居たが、今の所、その土地々の領主からの邪魔が入るような事も無く、あっけないほど簡単に、セルゲイが攻め落とした伯爵の城に入る事が出来た。

 移動中その土地の領主からの邪魔が無かった理由は、領境に置かれた関を、セルゲイが破壊しつくし、常駐していた警備兵を完膚無きまでに、叩きのめしていたからだ。

 これに、昔マイオールから皇都までの関を潰した経験のある、叔父は満足そうに笑っていた。

 関を潰された領主たちは、理解の及ばない強者に対し、首を竦め布団を被って、王都からの救援が来るまで、嵐が過ぎ去るのを待つ事にした様だった。

「城を落とせとは、言わなかったが?」

「そうだけど、この国はどうなってるんだ?兵士が弱すぎて話にならねえんだよ」

 セルゲイは伯爵三家の連合軍を、砦を出発して2日ほどの草原で見つけた。

 自国内と言う事もあり、油断して居たのだろうが、伯爵達は索敵を出すこともなく、その草原で堂々と陣を張って居たそうだ。

 敵襲など全く予想していない連合軍は、夜になると、ほぼ宴会のような騒ぎになったのだそうだ。

 どんちゃん騒ぎをする兵達の天幕の外れに、一箇所だけ静かな天幕の一群があった。

 そこが獣人達の天幕だろう、と当たりをつけたセルゲイは、夜陰に紛れ部下を数名、獣人達の元へ忍び込ませた。

 酒を回し、馬鹿騒ぎをする集団の目を盗み、敵の陣に潜り込むのは、嘘のように簡単だった。

 そこで獣人達と繋ぎをとることに成功したセルゲイは、翌日の行軍で連合軍が通る、山の谷間で攻撃を開始。

 奇襲を受けた連合軍は恐慌状態に陥り、隊列は瓦解、我先にと逃げ出した伯爵達は、予想通り、逃走の時間稼ぎの為に獣人を盾にした。

 そこで獣人達は、打ち合わせ通り、抵抗する振りをし、セルゲイ達は、それを制圧、捕虜にした振りで、獣人達の保護に成功した。

 獣人の心配が無くなったセルゲイは、追撃を開始。

 余りにも無様な逃走に、罠の可能性も考えたが、将である伯爵さえ打ち取れば良いと割り切り、セルゲイは追撃に専念した。

 しかし、まともに戦おうともしない連合軍は、逃げ足だけは早かった。
 後を追うセルゲイ達に、地の利が無かった事も災いしたのだ。

 セルゲイに追われる連合軍は、途中で三方向にバラバラに逃げ始めた。

 敵の首を取ってくると、約束した手前、手ぶらで帰るのはバツが悪いと、この城に逃げ込んだ伯爵を打ち取り、結果、セルゲイは城を制圧したのだそうだ。
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