上 下
339 / 491
愛し子と樹海の王

軍議

しおりを挟む

 ここはオーベルシュタインが、普段謁見に利用していた大広間。

 そこに、いくつか机を運び込ませ、臨時の司令部を設置し、ガルスタ砦の奪取について、将校達を集め話を進めている処だ。

 オーベルシュタイン騎士団からは、盟主の侯爵と6名の将校。

 この将校はぞれぞれ1個大隊を務める大隊長だ。

 第二騎士団からは、俺とマークの他大隊を任せている、ショーンとロドリック、暗部を率いるロロシュだ。


 兵力で言えば、オーベルシュタイン騎士団が、侯爵直属の兵を入れて4300名弱。

 第二騎士団が、俺の直属一個大隊と暗部を入れて2000名強。
 暗部を計算に入れなければ、1800名強となる。

 翻って、砦を占拠しているゴトフリー軍は1万8千人強。

 その内、エーグル大将の大隊を除く獣人部隊は。3個大隊。1800名前後だそうだ。

 単純な兵力だけで見れば、帝国軍6000に対しゴトフリー1万6千。

 圧倒的に帝国の方が不利に見えるだろう。

 ましてや、ガルスタ砦攻略の報を受け、近隣に集められていた、ゴトフリー軍が、進軍の始めるのは時間の問題だ。

 しかしこの圧倒的な数の差を、気にしているのはゴトフリーのエーグル大将だけだ。

「1万8千か、話にならんな」

「これでは、ゲオルグ団長が到着するまで、保ちませんね」

「まったくですな」

 俺達の会話を、勘違いしたエーグルは、唇を噛み俯いてしまった。

「ゴトフリーの軍幹部は、帝国を舐めすぎだろう」

「帝国には弱く在ってもらいたい。弱い筈だ、そうに違いない。という典型的な三段活用の思い込みでしょうか?」

「まあ、そんな処だろうな。ゲオルグは、オズボーンの隠した物資を回収しながら、こちらに向かっている。ガルスタの奪取には間に合わんだろう」

「ですが、ゲオルグ団長の事ですから。獲物を取られた、と大騒ぎするのでは?」

「どの道、今進軍してきているゴトフリー軍は、追撃戦になる。ゲオルグにはそこで好きなだけ狩らせてやるさ」

「ゲオルグ団長を、野放しにして大丈夫ですか?」

「幾らあいつでも、人と魔物の区別くらいは付くだろう?」

「そんな言い方したら、ゲオルグさんが可哀そうよ?」

 俺の顎の下から、番の可愛らしい抗議の声が上がった。

「ん?そうか?」

「そうですよ。ゲオルグさんはイノシシっぽい処は有るけど、最近はマナーの先生の授業も受けているし、少しは冷静に考えられる様になっていると思います」

 一日ぶりの番を膝に乗せ、旋毛の上に顎を乗せた俺は、番の香りを満喫中。

 ゴトフリーの司令官による愚行の所為で、ささくれだった心も、どうにか持ち直して来た所だ。

 俺の番が他の雄を庇うなど、普段なら嫉妬でおかしくなるところだが、今は癒しの真っ最中。

 いつもより広い心で対応する事が出来る。

「レン様。甘い、甘すぎます。相手はあのゲオルグ団長バトルジャンキーですよ?一度火が付いたら、誰にも止められませんって」

 レンが招来される前、ゲオルグに討伐の手筈をめちゃくちゃにされた事のあるショーンは、団長であるゲオルグにも懐疑的だ。

「そうかなぁ。ゴトフリーの兵士さんって、魔物より強くないでしょ?だったら、ゲオルグさん、直ぐに飽きちゃうと思うのだけど」

「あっ・・・確かに」

 庇っているようで、一番酷い事を言っているのは、レンじゃないか?

 まぁ、俺以外の雄を酷く言おうが、俺には関係ないし、可愛いから何でも許す。

「ぐぇ・・・ちょっと・・・苦しいです」

「あっすまん。つい」

 番可愛さに、つい腰に回した腕に力を込めてしまった。

 その様子を、うちの連中は慣れたもので、ニヤニヤしながら眺めているだけだが、オーベルシュタインの騎士達は、見てはいけないものを見たように、目を逸らすか、困惑顔だ。

「オッホン! アーー。 閣下、砦の奪還は基本通りで宜しいでしょうか?」

 ここでエーグル大将が、マークにヒソヒソと ”基本とはどんな作戦ですか?” と聞き、それにマークが ”眼前敵の完全排除。見える範囲の敵を叩き潰せ、と云う事です” と答えている。

 ”そんな力技でいいのですか?”

 ”私達は獣人ですよ?一般人に被害が出ないなら、ゴリ押しが一番効率的です”

 誰に対しても如才なく接する事の出来るマークだが、何故か出会ったばかりのエーグルに、心を開いているように見える。

 ここ数日、番の所為で落ち込んでいたマークの気分が、上向いたのは良かったが。

 ひそひそと、身を寄せて語り合うマークとエーグルを、ロロシュが、苦虫を嚙み潰したような顔で睨んでいる。

 ふむ・・・・これはちと、面倒な事になりそうだ。

 この様子はレンも気が付いて居る様なのだが、俺の番は何故か、ウキウキ、ニマニマしているだけだ。

「ねぇ、アレク。ゴトフリーの戦い方って、エーグル卿みたいな、獣人部隊を矢面に立たせる感じで合ってる?」

 レンの疑問に、俺がエーグルに目を向けると、レンの声が聞こえていたエーグルが、頷き返して来た。

「そのようだぞ?」

「私は、獣人部隊の人に傷付いてほしくないと思うのね。獣人部隊が突撃してくるなら、それを利用して、隷属の首輪も外せないかしら?」

「彼らにやったようにか?」

「うん。ねぇ、エーグル卿。さっきみたいに、他の獣人部隊の首輪を外したら、エーグル卿みたいに戦いを放棄してくれるかしら?」

「それが出来るのでしたら、恐らく・・・私達は愛国心で、戦って来た訳ではありませんので」

「ふ~~ん」

 俺の番は、この小さな頭の中で、何を考えているのだ?

「何を考えている?」

「ん~。先に確認したい事があるので、誰かクレイオス様を呼びに行ってもらえないでしょうか?」

「クレイオスか? 構わんぞ?」

 指で合図を送ると、ロドリックが立ち上がり、扉の外に立つ騎士にクレイオスを呼ぶように伝え、ついでに茶も持ってくるよう伝えてから戻って来た。

 クレイオスと茶を待つ間、将校達は各々砦の攻略ついて語り合い、マークはエーグルの質問に、答えられる範囲の事を教えている。

 俺が見る限り、このイスメラルダ・エーグルという青年は、自分の生い立ちに腐る様子も無く、騎士の様な洗練された物腰ではないが、礼儀正しく素直な性格の様に見える。

 あれだけ落ち込んでいたマークが、淡い笑みを浮かべ、会話するくらいなのだから、エーグルは、中々の好青年なのだろう。

 その様子を、隠しきれない恨みがましい目で見るロロシュとは、対照的だ。

 ロロシュも悪い奴では無いのだがな・・。
 何故ああも拗らせてしまったのか・・・。

 考え込む番を抱え、広間の様子を等分に観察していると、真後ろから急に声を掛けられた。

『呼んだか?』

「クレイオス?」

「びっくりした!どこから入って来たの?」

『転移した。城の中が臭くてたまらんのでな。徒歩移動など耐えられん』

 クレイオスは、城で流された、兵士の血の臭いの事を言っているのだろう。それに気付いた、レンも黙り込んでしまった。

『用があったのであろう?』

「あ?あぁ。レン?」

「あっはい。あの。今みたいな転移って、私でもできますか?」

『ふむ・・・・いつかは出来る日が来るかもしれんの』

「ですよね~。じゃあ、ヴァラクが使ってた転移陣みたいな物で、1200人くらいを、あまり魔力は使わない、省エネ仕様で、一気に転移させることは出来ますか?」

 ん? 
 しょうえねって、なんだ?

『場所は?』

「ガルスタ砦付近から、さっきの広場まで、そこでもう一度、首輪の解除をしたいのですが・・・・どうでしょうか」

『となると、転移は、レン以外の誰かが行うのだの?』

「はい。ですので省エネで」

『省エネのう・・・・ならポータルで良いのではないか?』

「ポー・・・タル?」

『一方通行の片道だけで良いのであろう?ならば、魔晶石と魔法陣が有ればよいからの。起動も僅かな魔力があれば良いのじゃなからな』

「お~!なるほど~!」

 パチパチと手を叩き、キラキラした尊敬の眼差しを向けるレンに、クレイオスは自慢げに胸を張った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

迷い込んだ先で獣人公爵の愛玩動物になりました(R18)

るーろ
恋愛
気がついたら知らない場所にた早川なつほ。異世界人として捕えられ愛玩動物として売られるところを公爵家のエレナ・メルストに買われた。 エレナは兄であるノアへのプレゼンとして_ 発情/甘々?/若干無理矢理/

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【R18】転生したら異酒屋でイキ放題されるなんて聞いてません!

梅乃なごみ
恋愛
限界社畜・ヒマリは焼き鳥を喉に詰まらせ窒息し、異世界へ転生した。 13代目の聖女? 運命の王太子? そんなことより生ビールが飲めず死んでしまったことのほうが重要だ。 王宮へ召喚? いいえ、飲み屋街へ直行し早速居酒屋で生ビールを……え? 即求婚&クンニってどういうことですか? えっちメイン。ふんわり設定。さくっと読めます。 🍺全5話 完結投稿予約済🍺

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

淫らなお姫様とイケメン騎士達のエロスな夜伽物語

瀬能なつ
恋愛
17才になった皇女サーシャは、国のしきたりに従い、6人の騎士たちを従えて、遥か彼方の霊峰へと旅立ちます。 長い道中、姫を警護する騎士たちの体力を回復する方法は、ズバリ、キスとH! 途中、魔物に襲われたり、姫の寵愛を競い合う騎士たちの様々な恋の駆け引きもあったりと、お姫様の旅はなかなか困難なのです?!

クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった

山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』 色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。 ◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。

処理中です...