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幸福の定義は人それぞれ

夢の終わり

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 狩猟本能に目覚めた俺は、気が付くと入り江に張った5ミーロ四方だった結界を、10ミーロ近くまで広げていた。

 レンの、それ見たことか、と言いた気な視線には、正直居た堪れなさを感じもしたが、あの時は、安全確保が優先だったのだから仕方がない、と都合の良いように自分に言い聞かせ、今はここでの暮らしを満喫しようと開き直った。

 朝の涼しいうちに、日課の素振りを行い、レンと手合わせをする。
 手合わせで火照った体は、海で泳いでスッキリだ。

 昼食の後は、日差しが一番強くなる時間は、午睡を取ったり、他愛のない日常の話しをし、レンの故郷の話を聞き、俺もヴィースの話を聞かせたりと、天幕の中でのんびり過ごした。

 なんにでも凝り性なレンは、土魔法と錬金術を合わせて、オーブンを作り、それを使って、パンや採って来た魚介を焼いたりもしていた。

 その他にも、レンは少し深めの腰掛が付いた風呂を作った。

 この風呂は、内側の壁と底に風魔法を付与した魔石が埋め込まれ、魔石に魔力を流すと、勢いよく泡が噴き出す仕組みが搭載されている。

「これは彼方でジャグジーとかジェットバスって呼ばれてるお風呂を試しに作ってみたのだけど。どうかな?」

「気持ちが良いぞ。この泡と湯の流れで筋肉のハリがほぐれるな」

「あっちでは一般家庭には手の出しにくい、お値段のお風呂なのだけど、こっちにはお金持ちの貴族が沢山いるでしょ?売れると思う?」

 なるほど、ディータ達と立ち上げる商会で売るための試作か。

「良いのじゃないか? しかし貴族向けなら、もっと凝ったデザインにした方が良いぞ? 悪趣味だろうが、金箔でも貼って、いかにも贅沢品という感じにすれば、欲しがる奴は多いのじゃないか?」

 俺の高評価で気を良くしたレンは、デザインはテイモンと相談してみると言っていた。

 好奇心から幾らくらいで売るつもりか、と聞いてみたのだが、その値段に思わず渋い顔になってしまった。

「高すぎます?」

「逆だ、安すぎる。そうだな、今言った金額の5倍でも安いくらいだな」

「えぇ~?!」

 物欲の無いレンには、理解しにくいだろうが、貴族とは、希少価値が高く、入手が困難なものほど欲しがる生き物なのだ。

 そしてそんな貴族たちを凌ぐ資産家になった事を、レンが自覚するのは、まだまだ先の様な気がする。

 等々、つらつら思い返してみても、楽しくも充実した毎日だった。

 勿論伴侶としての愛の交わりも、充実していた。

 何故なら、ここには俺たち以外誰も居ない。
 いつどこで交わろうと、咎めだてして来る奴など居ないのだ。

 しなやかなレンの体は、月明かりの下でも、ベットの中でも、何処であろうと美しく官能的だ。

 我慢する理由が無ければ、無駄に我慢などせず、番を求めるのは雄の本懐と言うものではないか?

 流石に、ギラギラした太陽の下では、レンに断られてしまったが ”あとでね” などと可愛らしい断り方では、逆に煽っているのと同じだ。

 そのままレンを抱き上げ、天幕のベットに雪崩込んだ俺は、悪くないと思う。

 兎に角、文句たらたらのロロシュを勢いで押し切り、マリカムを出て来たのだが、サントスの報告だけでも、賊の程度の低さは明らかだ。

 討伐と同じく、俺が前に出る必要も無い。

 そもそも、俺は2週間の休みを取っていたのだから、文句を言われる筋合いはないのだ。

 番の望みを叶える事も出来たし、この世の楽園とも呼べる暮らしも経験できた。

 レンに隠し事がばれて、狼狽えた末の思い付きからの行動だったが、今は実に良い仕事をしたと、自分を褒めてやりたいと思う。

 しかし、予想よりも日数が掛かってはいたが、とうとうこの楽園から出る時がやって来た。

 キャンプを始めて5日目の昼過ぎ、ギャーギャーと煩いダンプティーの鳴き声で、昼食後の午睡から起こされる事となったのだ。

「捕まえたの?」

「ああ、上手く行ったらしい」

 ロロシュからの手紙を吐き出し、褒美を寄越せとくちばして突いてくるダンプティーに、昼食の残りの魚を与えると、ガーガー騒いでいた魔鳥も漸く大人しくなった。

 振り返ったベットに横たわる番は、物憂げな瞳で俺を見つめていた。

「どうした?」

「ん~。お仕事の顔になってるなぁって思って」

 また恐ろし気な顔になって居たのか?

「そんなに怖い顔をしていたか?」

 ベットに腰掛け抱き上げた番は、俺の顔をじっと見つめてから、ニッコリと微笑んだ。

「アレクはいつもかっこいいです。普段の優しい顔も、お仕事の時の凛々しいお顔も、どっちも大好きです。でも・・・」

「でも?」

「・・・・帰りたくないなぁ」

 俺と二人きりの時間が終わるのを、惜しんでくれるのか。
 なんて可愛いくて、愛おしいのだ。

「このまま二人で逃げてしまうか?」

 俺の言葉にレンは一瞬に瞳を煌めかせたが、直ぐに諦めた様子で首を振った。

 そのいじらしい姿にグッと来た。

 本音を言えば、そのままベットに押し倒したいところだが、今は違うだろ、と心の中で声がする。

 レンの手を取り天幕を出て、入り江の中を少し歩いた。

 クレイオスが釣りをしていた岩場によじ登ると、遮るものなど何も無く、外海を遠い水平線までを見渡すことが出来る。

 この海は世界中の青い宝石を敷き詰めたかのような美しさだ。
 陽の光をうけ、キラキラと輝き、刻の経過とともにその表情を変えていく。

 本当にここは楽園の様だ。

 しかし、ダンプティーが来た以上、帰らなければならない。

 楽園での夢は終わった。
 

 夢から現実に引き戻される事が、これ程辛いとはな。

 レンの歩いた後ろには、清廉な花が咲くのだろう。
 だが俺の後ろには・・・・・。

 帰りたくないのは俺も一緒だ。
 レンを連れて逃げたいのは俺の方だ。

 子供の様に我を通すには、背負うものが大きくなり過ぎた。

 休暇が終わり皇都に帰れば、直ぐに出征命令が出るだろう。

 そこで俺は、悪鬼と呼ばれるに相応しい働きをしなければ成らない。

 しかし、今度の相手は魔物ではなく人間だ。
 俺は戦場に赴き、この手で地獄を作らなければならない。

 その地獄に、君を連れて行くのも俺だ。

 君が前戦に立ち、手を汚すことなど無い。

 危険な目にも合わせないように、最大限の努力もする。

 俺だって君をそんなところに連れて行きたくはないし、君には綺麗なものだけを見ていて欲しい。

 だが治癒師が足りない。
 神殿に仕えていた神官達は、信用出来ないのだ。

 戦争の相手はゴトフリーだ。

 ゴトフリーとは停戦状態で、対価は貰うが求められれば援助もして来た。

 しかし、表向き関係が改善されたように見えても、裏に回ればあの国は、帝国を貶める為に暗躍を続けて来た。

 この一年でも君の誘拐を目論んだのも、一度や二度ではない。

 そう、今回が初めてではないのだ。
 君への誘拐計画と襲撃が、戦争を起こす一番の原因ではないが、その一部なのは認めよう。

 しかし、ゴトフリーは停戦協定を終結後も、ちまちまと帝国に喧嘩を売り続けて来たが、今回の様な挑発行為は停戦後初めてだ。

 それだけ、追い詰められていると、言えなくもないな。

 仕掛けて来たのは彼方だが、問題なのはゴトフリーが、ヴァラク教の影響下にあると云う事。

 ヴァラク教が絡んでいる以上、治癒師が足りない事を抜きにしても、君を連れて行かない訳にはいかなくなった。

 彼方が仕掛けて来た戦争で、無血開城できるとは思えない。

 一度戦端が開かれれば、敵味方関係なく多くの血が流れるだろう。
 だが、ゴトフリーが前戦に立たせるのは、獣人達だ。

 前戦に立たされる彼等は、職業軍人ではない者がほとんどだ。
 ヴァラク教の影響下にあるゴトフリーは、獣人への弾圧が罷り通っている。

 自由を奪われた彼らは、身体能力の高さだけを頼りに戦場に放り込まれた、素人ばかりなのだ。

 同じ獣人として、俺は彼等も助けたいと思っている。
 だから俺に力を貸してくれないか?

 勝手な願いだとは、分かっている。
 それでも、愛し子である君の力だ必要なんだ。
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