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幸福の定義は人それぞれ

ドラゴンと猫

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 番の気鬱の原因が分からぬまま、主寝室へ戻ると、風を通すためか、開け放した扉の向こうから、レンの歌声が聞こえて来た。

 異界の言葉で紡がれる旋律が、物悲しく聞こえるのは、俺の感傷が強すぎるせいだろうか。

 歌の途中で邪魔する気にはなれず、開け放たれたドアに寄り掛かり腕を組んで、レンの歌声に聞き入っていた。

 やがて歌声が途切れたが、切ない気分にさせる歌の余韻に浸っていると、バルコニーから幼いドラゴン達の声が聞こえて来た。

 どうやら、ドラゴン達は、カウチへ腰掛けたレンの両脇に陣取り、床に直接座り込んで、レンの膝に頭を預けて甘えているようだ。

「れんさま おうたおわり?」

「また今度ね」

「れんさま。かなしいの?」

「悲しくないよ?」

「あれくに、いじわるされた?」

「意地悪なんてされてないよ? アレクはいつも優しいでしょ? どうしてそう思ったの?」

「なんとなく・・・・」

「あれくは、のわーるとくおんには、やさしくないよ。 いっつも ”おい、ノワール” っておっかないかおでよぶし、めいれいばっかりする」

「ふふふ。そうねえ、ノワールにはちょっと怖いかもしれないわね。でもね、アレクは偉い騎士様なのよ?だから色んな人に指示をしなくちゃいけないの、その所為で、ちょっと話し方が怖いのかもね」

「しじってなあに」

「やらなきゃいけない事を、教えてあげる事よ」

「ふーん。でものわーるは、めいれいされるのは、きらい」

「そうね。誰だって、やりたくない事を命令されるのは嫌よね?」

「うん。いや!」

「ねぇ、ノワール。アレクがノワールがやりたくない事を命令したの?」

「・・・・・ううん、したことない。あれくはいっつも ”れんをまもれ” としか言わないよ。ねっ?」

 ノワールはクオンに同意を求めたようだ。

「ぼくたちが、レン様をまもるのは、あたりまえ。命令なんかしなくていいのにさ」

「そう。二人とも優しい良い子ね」

 クスクスと、くすぐったそうな笑い声が聞こえるのは、レンに頭を撫でて貰ったからだろう。

「アレクにいじわるされてないのに、どうして、かなしそうなの?」

「・・・悲しくはないのよ?ただ・・・・多分疲れちゃったのかな?」

「れんさま、つかれた?! ねる?!」

「れんさま、いつもいそがしい。だからつかれるの」

「体は元気だから大丈夫よ?」

「じゃあ、どこがつかれたの?」

「ん~~~。私もよく分からないの」

「じぶんの、ことなのに、わからないの?」

「へんなの」

「そうね、変よね」

 そう言って三人はまた、クスクスと笑い合っている。

 まるで親子の様な会話だ。
 レンは、俺には見せない顔を、幼いドラゴンには見せるのだな。
 そう思うと、何故か嫉妬よりも悲しさを感じてしまう。

 盗み聞きなんてするんじゃなかった。

 三人にばれない内に、この場を合離れようと、踵を返したが、聞こえて来たクオンの言葉に思わず足が止まってしまった。

「れんさま元気出して。りょこう楽しい。楽しいと元気になるでしょ?」

「・・・・ねぇクオン、ノワール。これは旅行ではないの。お仕事なのよ? だから、あなた達も怪我をしないように気を付けてね?」

「えっ? なんで? りょこうじゃないの?」

「おしごと?」

「お仕事なの。いつ悪い人が来るか分からないから。二人とも気を付けるのよ?」

「はい!」

「わるいやつ、やっつける!」

「ん~と、そうじゃななくて。怪我しちゃだめよ?」

「けがしないように、やっつける!!」

「あはは・・・」

 レンを守る、と張り切るドラゴンの声が聞こえてくる。
 その純粋さに、居た堪れなくなった俺は、その場を離れた。

 レンに気付かれた。

 レンが気付かない様、処理するつもりで居たのに。
 その為に、護衛の騎士以外は暗部の者を配置してある。

 襲撃があると、何故分かった?

 あんなに楽しみにして居たのに。

 旅行じゃないと言わせてしまった。

 仕事だと言わせてしまった。

 レンは自分の願いを、利用されたと思ったに違いない。

 だからこそ、俺に伝わる程、落胆し、諦めた。

 尻尾を巻いて逃げ出したはいいが、ここは他人の家の離れで、それ以外で立ち入れる処は多くない。

 啖呵を切って出てきた手前、ロロシュ達を残してきた応接室には戻りにくい。

 だがどこかで考えを纏めなくては。

 番の願いも利用する俺に、レンは失望したはずだ。この後レンの顔をどうやって見ればいい?

 階段の途中で立ち止まり、煩悶を繰り返しているとローガンに声を掛けられた。

「閣下?どうなさったのですか?」

「あ・・・いや。伯爵が晩餐に招待してくれてな。レンの髪に飾る花をどうしようかと」

 慌てて言い繕う俺に向けられる、探るような、それでいて全てを見透かしたような、ローガンの視線が痛い。

「なるほど・・・お色はどうされますか?」

「真珠に合いそうな淡い色の花がいいな。香りも強くない方が良い」

「手配いたします・・・・」

「なんだ?まだ何かあるのか?」

「実は、サントスと言う者が、閣下にお目通りを願い出ているのですが、どうにも・・」

「怪しいと?」

 首肯するローガンに、サントスと名乗る者の風体を聞くと、お覚えのある人物が一人いる。

「知り合いの様だ、通してくれ」

 ロロシュ達が居たら追い出せばいい、と開き直り、応接室の扉を開けたが、二人は自分たちの部屋に戻ったのか、そこには誰も居なかった。

 あの後二人がどうしたのか、気にはなったが、他人の恋路にこれ以上首を突っ込むと、碌な事にならないと理解はしている。

 余計な事を言い過ぎた自覚もあるだけに、二人の事は暫く放って置くことにしよう。

「失礼いたします。サントス様をお連れ致しました」

 ローガンの訪いに客を招き入れると、相手は予想通り、宵闇の頭目だった。

「やはりあんたか、街ごとに違う名前を持っているのか?」

「いえいえ。流石にそれでは自分の名前を忘れてしまいます」

 人好きのするいかにも商人の様な笑顔から、皇帝の影、その頭目だと見破る物は居ないだろうな。

「それで?わざわざどうした?」

「ウジュカと連絡が取れました」

「首尾は?」

「ご満足頂ける内容かと」

 差し出された封筒から、取り出した紙には、よくもここまで小さな字で書き連ねられるものだ、と呆れるほど、びっしりと事の顛末が記されていた。
 
 正直なところ、ここまで事がうまく運ぶとは思っていなかった。

「・・・・・ご苦労だった。全て宵闇の手柄か?」

「いえ。私たちは手を貸しただけです。お褒めの言葉は、ロロシュにお願いいたします」

 ロロシュの暗部における統率力は、目を見張るものがある。
 あれも一種の天才なのだろうが、何分性格がああだと、有難味も半減するというものだ。

「追加の情報はあるか?」

「大きな空箱を積んだ商隊が、街に入りました」

「空箱ね。何を買い付ける気だろうな?」

「それはもう。帝国一の至宝を手に入れるつもりでしょうな」

「・・・・」

「お得意様の予定が変更になり、急に国に帰ることになった様です。仕入れの算段も付かないまま、マリカム入りした様です」

「ほ~う? ・・・かなり焦っている様だな?」

「お得意様の出発も、寝耳に水だった様ですから、なんとか帳尻を合わせようと、笑える程、必死になっておりますな」

 作り物の笑顔を張り付かせた顔で、底光する瞳だけが笑っていない。

 その感情の読めない瞳は、獲物をいたぶる猫の様で、頭目が猫の獣人だと聞かされても、きっと納得して居ただろう。
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