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幸福の定義は人それぞれ

アメリア家の主

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「あれ?街から出ちゃう。宿に行かないの?」

 鼻歌を歌いながらご機嫌だったレンが、訝し気に聞いて来た。

「アメリア伯爵に会いに行く。宿の手配を頼んだからな。挨拶はしないとだろ?」

「ディータのお父さんが? それならご挨拶しなきゃですね」

「それでな。街の宿は警備上問題があって、伯爵家の離れを貸して貰う事になった」

「離れですか?」

「街中の別宅でも良いと言われたのだが。大通りに近い分、かなり賑やかな場所らしくてな?静かなところの方が好きだろ?」

「うん!」

 クウッ!
 かわいい!
 レンは人族なのに、頭の上に揺れるうさ耳が見える気がする。

 黒いうさ耳が付いたレン・・・・。
 ついでに黒くて丸い、ふわふわな尻尾もあれば・・・・。
 いい!すごく良い!!
 これがレンの言う、もふもふは正義という奴か?

 いつか、髪色と同じつやつやな、黒いうさ耳と尻尾の付いた衣装を強請ったら、変態扱いされてしまうだろうか?

 最近は忙しいレンに合わせて、夜の営みも控え気味だ。

 レンに体力お化け、と言われたときにはショックだったが。
 こればかりは、レンが可愛くて仕方ないのだから、どうする事も出来ない。

 一晩一回に抑えているだけに、欲求不満気味な俺は、無邪気にはしゃぐ番を見ながら、伯爵邸に着くまでの間、うさ耳のレンの体を暴き貪る光景を夢想していた。

 そう言えば昔、馬車の中で致すのが好きな騎士が居たことを思い出した。

 俺よりも10以上年上のベテランの先輩騎士だったが、彼の種族はウッディージャイアントラビット、世界最大と言われるウサギだった。

 あの先輩もウサギのご多分に漏れず、精力旺盛な雄で、番が見つかっていない事もあり、とにかく手当り次第に手を出しまくっていた。

 ウサギの本能と言ったら、他のウサギ獣人から ”一緒にするな” と叱られるほど、性に奔放な人だった。

 後になって、見つけた番は人族で、その頃には手癖の悪さが知れ渡っていた。

 やっと出逢えた番に、下のだらしない雄は大嫌いだと敬遠され、気持ち悪いから近付くな!と水をぶっ掛けられた事もあったそうだ。

 番と出会ってから5年、人が変わったように、きっぱり色事から足を洗った先輩は、真摯に番を口説き続けた。そして根負けした番が、やっと求婚を受け入れてくれた矢先、魔物との戦闘で儚くなってしまった。

 魔物との戦い方以外にも、色々な意味で教訓を得た相手だった。

 剣や魔法、魔物との対峙の仕方学ばせてもらったことも多かった、これで下が緩くなければ、完璧な騎士だったと思う。

 ウサギ=淫らというイメージを植え付けたのも、この先輩だ。

 お陰で、いつまでも無垢なところのある番の、うさ耳姿を思い浮かべただけで、破廉恥な妄想が止まらなくなってしまった。

 そう、この妄想は淫らな暮らしをしていた先輩と、欲求不満と、可愛すぎるレンの所為だ。

 決して俺が変態なわけでない!
 ・・・・・・多分。

 表面上和やかな会話を続けながら、頭の中は不埒な妄想でいっぱいだったが、レンに気付かれることはなく、無事にアメリア伯爵家に到着した。

 伯爵家では、愛し子の来訪に、下にも置かない熱烈な歓迎ぶりだった。

 別の馬車で一緒に連れてきていた、警護の騎士とローガンとセルジュ、クオンとノワールは、先に離れへと向かわせ、荷解きと周辺の安全確認を任せた。

 ディータの母親イアンは、大人しく清楚な見た目の人だった。

 すっかり有頂天になった夫に苦笑を浮かべながら、息子の皇宮での様子を尋ね、レンと懇意にしてもらって居る事へ感謝していた。

「私の方こそ、ディータさんには良くしてもらって、感謝しています。私はこちらの事をよく知らないので、彼の見識の広さに助けられているのですよ」

 レンの言葉に感激した伯爵は、離れへの案内もすっ飛ばし、晩餐を本邸で一緒に取ってくれと、頼んで来た。

「いや、気持ちは有り難いが、レンも疲れて・・・」

「愛し子様はお疲れですか? ならばうちの料理を召し上がってください。うちの料理長は、柘榴宮の料理人にお劣らぬ腕を持っております。うちの料理を食べたら、疲れなど吹っ飛んでしまいますぞ!!」

 流石に商人としてのし上がって来ただけの事はある、全くこちらの話を聞かない押しの強さだ。

「ああ、それは楽しみだ・・・それで少し、レンを」

「そうだ! 1週間ほど前に、今年一番の大きさの真珠が見つかりまして、今持ってこさせますか・・・ウゴッ」

「・・・旦那様・・・いい加減になさいませ」

 地を這うような声で伯爵を黙らせたのは、清楚な見た目の伯爵の伴侶と、その手に握られた焼き菓子だった。

 伯爵の伴侶は大口を開けてしゃべり続ける伯爵の口の中に、拳大の焼き菓子を突っ込んで、おしゃべりな夫を黙らせたのだ。

「私は何度も申し上げましたよね?場の空気も読まずに、べらべらとしゃべり続けるのはお止めなさいと。愛し子様と大公閣下は新婚ですよ?貴方の様な、年寄りの相手をする暇などありません。良いですね?分かりましたか?」

 グホグホと咽ながら、涙目で頷く伯爵に、その伴侶は冷たい一瞥を投げると、くるりと此方に向き直りニッコリと微笑んだ。

「おほほほほ・・・失礼致しました。離れにご案内しますね」

「あははは」

「たっ頼む」

 イアンに促され、使用人に介抱される伯爵を置いて、俺達は部屋を出た。

「ご利用いただく離れは、来客用に最近建て替えたばかりで、愛し子様と閣下が初めてのお客様なのです。真珠を好まれる方は、派手さを敬遠される方が多いので、お若いお二人には少し地味に感じるかもしれませんが、どうか自分の家だと思って、お寛ぎください」

「俺達の方こそ、急な頼みを引き受けて貰い助かった」

「いいえ~。お二人に離れをご利用いただけるなんて、私たちの方こそ、これ以上ない誉で御座います。お二人とも、アメリア家がなんと言われているかご存じでしょ?」

「ええ、まあ」

「それも此れも、みんな家の旦那様の所為なのですよ」

「そう・・・なのですか?」

「はい。旦那様は仕事の時はビシッとしているのですけれど、普段はあの通り空気の読めないおしゃべりなのです。お陰で社交界では、品がない成金と言われてしまって」

「夜会では、そうは見えなかったがな」

「ほほほ。あの時は私が目を光らせておりましたから。内緒ですが旦那様がしゃべり出しそうになったら、お尻をこうキュッと抓っておりました」

「抓ったんですか?」

「はい。効果は絶大で御座いました」

「折角有難いご縁を頂いたのに、旦那様の所為で、台無しにしたくはありませんでしょ?ディータから聞いたと思いますが、あの子が王配になる事はありません。ですが、人とのご縁は大事です。現にこうやって、愛し子様と閣下が、我が家を訪れて下さっているのですから。あの子は果報者です」

「そんな、私の方こそディータさんとお友達に成れて世界が広がりました」

「まあまあ、本当に有難い事です。・・・・さあこちらが離れになります。中のお部屋もご案内いたしますか?」

「いや、うちの侍従が先に入っているから、ここまでで結構だ」

「それでは私はこれで」

「折角ご招待いただいたので、晩餐には伺いますと伯爵にお伝えくださいね」

「ありがとうございます。ごゆっくりお寛ぎくださいませ」

 一礼してイアンは本邸に戻って行った。

「・・・・何と言うか。この家の本当の主は、伯爵ではなくイアン殿の様だな」

「見た目より、強烈な方ですよね。でも没落寸前から家を建て直すのって、生半可な事じゃないものね。あのくらいじゃ無いと、商人の妻は務まらないのかも」

「そうだな。ほら中に入って一休みしよう」

「は~い」

 レンを抱き上げて中に入ると、重すぎず軽すぎず、いい塩梅に落ち着いた雰囲気の建物だった。

 ローガンに案内された主寝室は、正面の大きな窓が、海に面したバルコニーに繋がっており、開け放した窓から、初夏の風が潮の香りを運んで来る。

「うわぁ! 素敵なお部屋!ヨーロッパのtheリゾート!って感じ」

「気に入ったか?」

「はい!とっても!」

 そうかそうか。
 気に入ったか、良かったな。
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