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幸福の定義は人それぞれ
ペアルックはセンスが大事
しおりを挟む「フェンリル相手に、かわいいとか言いきれんのは、ちびっ子のすげぇとこだよな?」
「そう?アンの子供達もすっごくかわいいのよ!今度見せてあげますね?」
「子供までいんのかよ?んじゃそのうち拝みに行かせてもらうよ。・・・ところでマークは何処にいんだ?」
「えっ?」
レンはロロシュの言った言葉の意味が分からない、と言いた気に俺の顔を見た。
こいつ、まさかと思うが・・・・。
「ロロシュ。今夜は皇家主催の夜会だな?」
「あ? それはさっき聞いた」
「皇家主催と云う事は、主要な貴族に、招待状が送られているのは理解しているか?」
「まあ。そうだろうな。うちも侯爵が参加するらしいし」
当事者意識の無い、頓珍漢な答えに俺とレンは顔を見交わせた。
「・・・あのね、ロロシュさん、貴族だけじゃなくて、役付きの文官と武官にも招待状が贈られてるはずよ?」
「へぇ・・・えっ?!」
「マークさん、年明けの宴も参席できなかったから、今日の夜会をすごく楽しみにしてて、準備もあるからって・・・今日はお昼で帰ったのだけど・・・ロロシュさんがエスコートするのよね?」
「ええぇぇぇ?! しまったぁ!! わすれてたぁぁ!!」
叫んだロロシュは、エンラに飛び乗り演習場を飛び出していった。
その後姿を見送りつつ、レンは盛大に溜息をこぼした。
「大丈夫でしょうか?」
「さあな。いくら寝ぼけていても、番のエスコートを忘れるなど、最低だ。俺たちが心配する事じゃない」
「でも・・・間に合わなかったら、マークさんが可哀そう」
それもそうだ。
マークは何も悪くない。
「帰ったらマークに、ダンプティーでスクロールでも送っておくか?」
「その方がいいかも」
いくら社交に慣れていなくても、これは酷すぎる。
ロロシュが氷漬けになる日は近いかもしれない。
◇◇◇
ノワールが起こした地震と、大厄災の三つ首の魔獣の攻撃を、奇跡的に無傷で乗り越えた蒼玉ホールにて、本日の夜会は執り行われる。
この時期に開かれる皇家の夜会の趣旨は、長く暗い冬を乗り越え、春を迎える感謝を神に捧げる為の宴となっているが、実際は社交シーズンの到来と、今年のデビュタントの披露目の場でもある。
「クロムウェル大公閣下、シトウ公爵様ご入場までお時間がございますので、こちらの控室をご利用ください。ご入場の際はお声がけさせていただきます」
俺とレンが侍従に案内されたのは、蒼玉ホールの皇家専用の控室だ。
「ありがとう。ご苦労様」
ニッコリと微笑むレンに侍従は、頬を染め ”御用の際はテーブルのベルをお鳴らし下さい” と、もごもごと頭を下げて出て行った。
レンと並んでソファーに座り、無意識に襟をくつろげようとした指を、レンの手が包み込んだ。
「慣れないと窮屈かもしれないけど、着崩れしちゃうから我慢してね?」
「あっ、すまない」
「帯がきついとか、気持ち悪いところはありませんか?」
「きつくはない。ただこんなに幅の広いズボンを穿いたことが無いから、スースーして変な感じだ」
「ふふ。ズボンじゃなくて袴ですよ?」
「そうだった」
「それから、座るときは羽織の裾が皺になっちゃうから、こう・・跳ねてお尻で敷かないように、気を付けてね?」
「う、うむ」
初めての異界の衣装に戸惑う俺を、レンはクスクスと笑いながら、熱っぽい視線を寄越してくる。
そしてうっとりと、瞳を細めると頬に手を当て、 ホゥー。っと息を吐いた。
「やっぱりアレクは、何を着てもかっこいいです。絶対似合うだろう、とは思っていましたが、ここまでとは・・・出掛けに映像を残してきて正解でした」
「そうか?」
俺も自分の姿を鏡で見たが、騎士服以外の衣服だと、どうもしっくりこないというか、服に着させて貰っている感じがして、落ち着かない。
「凄く素敵ですよ?」
可愛い事を言ってくれる番の腰を引きよせ、唇を重ねた。
「・・・・君も綺麗だ。このまま閉じ込めて、誰にも見せたくないよ」
「あっあ~~。ゴホンッ!! 兄上、お気持ちはわかりますが、夜会の前なのでご自重くださいね~」
「ん? なんだアーノルドか」
「なんだ、じゃありませんよ。まったくもう」
「まあまあ、アーノルド。二人はまだ新婚なのだから、大目に見ておあげなさい」
艶やかな声に俺とレンは立ち上がり、アーノルドと皇太后に臣下の礼を取った。
「家族が集まっただけでしょ?堅苦しい挨拶は結構、それにレン様は私に頭を下げてはいけません」
皇太后の許しを得て頭を上げた俺達は、約1名の姿が見えない事に首を傾げた。
「あの上皇陛下は、お加減でも悪いのですか?」
恐る恐る口を開いたレンに、ロイド様は、ニヤリと口の端を引き上げた。
「気にする必要はありません、最後の悪足掻きですから」
「はあ、悪足掻き、ですか?」
「そんな事より、まあまあ!異界のお揃いの衣装ね?ちょっと二人とも立ってよく見せて頂戴!!」
興奮した皇太后に、俺たちが逆らえる筈も無く。
言われるがまま、回って見せたり、歩いて見せたり。
皇太后が満足するまでレンは衣装の説明をさせられていた。
今日の俺たちの衣装は、レンの故郷のはかま姿だ。
レンは俺の髪色のたっぷりと袖の長い、ふりそでと黒地に赤いラインの差し色が入ったはかま。
黒の編み上げブーツに銀糸の靴紐。
ふりそでの長い袖には無数の花が刺繍されている。
高く結い上げた髪には、生花と、プラチナにガーネットが埋め込まれた、シャラシャラと鳴る簪がさしてある、異国情緒たっぷりの美しい衣装だ。
俺の衣装は、黒地のひとえと言う衣は襟に差し色の赤。
はかまは俺の髪色で、レンとは色が上下逆になっている。
はかまの裾からひとえの胸元には、銀糸の刺繍が水の流れを描き、ひとえの上に羽織った蒼灰色のはおりの裏地には、刺繍で白虎が描かれている。
レンはこのはおりを、やんきー仕様と言っていた。
やんきーが何かは分からないが、いつも通り、気にしたら負けだ。
それと、レンからのリクエストで、腕を組む時は、必ず反対側の袖の中に、手を入れるよう言われたのだが、これになんの意味があるのだろうか?
試しにやってみたら、レンは喜んでいたし、確かに袖が邪魔にならなくて腕も組みやすかった。
こんな簡単な事で喜んでくれるなら、いくらでもレンの言うとおりにしようと思う。
「上皇陛下遅いですね?」
「本当に、往生際の悪い」
「なにかあったの?」
イライラと、扇を広げる皇太后の様子を見て、レンが心配そうにアーノルドに聞いているが、アーノルドもにやにやと笑うばかり。
どうせ下らない事で拗ねているのだろう。
親父殿が姿を現さないことで、ソワソワするレンに、根負けしたロイド様がこそこそと事情を説明していた。
”じつわ、レン様がお揃いの衣装を作らせたでしょ?ちょっと羨ましくなっちゃって、私もお揃いで作らせてみたのだけど、陛下が臍を曲げちゃってね?”
”えぇ~~? お揃いって普通なのですよね?”
”普通の事なのだけど、この歳になって今更?って。失礼しちゃうでしょ?”
”ただ照れてるだけだと思いますよ?”
二人でコソコソ、ひそひそ話しているが、俺には丸聞こえ。
まったく親父殿も、大人げない。
さんざん放ったらかしにして来たのだから、なんでもロイド様の云う事を聞いて差し上げればいいのだ。
人族と云うものは、こと恋愛に対しては、本当に面倒くさい種族だ。
そうこうする内、侍従が入場の時間だと知らせて来た。
アーノルドはロイド様の、俺はレンの手を取りそろって控室を出た。
侍従と近衛騎士の先導で、皇家の入場扉前に移動すると、そこには気まずそうな顔で、一人佇む親父殿が居た。
レンと俺、アーノルドは交互に顔を見交わした。
アーノルドはニヤニヤしながら、ロイド様の手を親父殿に渡すと、そそくさと二人から離れてしまった。
「アレク、すごいね。完全なペアルックですよ?」
レンが作らせた俺たちの衣装は、形や色は同じだが、それぞれアクセントを変えてある。しかしロイド様が作らせた衣装は、体型が違う事などお構いなしの、全く同じ物。
親父殿が恥ずかしがる気持ちも、今なら理解できた。
「そうだな」
「なんか。かわいい」
かわいいのか?
ロイド様は40手前で、まだお若いが、親父殿は50も過ぎてるのだがな。
微笑ましいとは思うが・・・。
なんだかんだ言って、ロイド様は親父殿を揶揄って遊んでいる気がする。
長年溜め込んだ恨みつらみの復讐が、この程度なら、可愛いと言って差し支えないのかもしれないな。
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