上 下
267 / 535
エンドロールの後も人生は続きます

ドラゴンの教え

しおりを挟む
「おい。もう5日だぞ。いつになったら幻獣と対面できるんだ?」

『おかしいのう。あ奴の好物を用意したのだがのう』

 チラッと沖に浮かべたブイに目を向け、わざとらしいまでに嘯いたクレイオスは、すぐに手元に目を戻し、器用に釣り針に餌をつけ直すと、飄々と水面に向けて釣り糸を放り込んだ。

『長閑すぎて、欠伸がでそうだわい』

 それは俺も同感だ。
 幼い頃に剣を手にしてから、これ程何もすることが無いのは、初めての経験だ。

 惜しむらくは、この長閑な時間を過ごす相手が、番のレンではなく、クレイオスだと云うことだ。

 これがレンとの新婚旅行であったなら、どれだけ楽しかっただろうか。

 其れも此れも、自身の未熟さが招いた事。
 試練と思い、耐えるしかない。
 己の行いが潰してしまった、新婚旅行を想うと溜息が出る。

 透き通った南部の海の、色鮮やかな魚の群れを目にする度、この美しい景色を番に見せてあげたいと、二人でこの地に訪れたいと願ってしまう。

『そう焦るな。釣りというものは、焦るほど釣果が出ないものなのだ』

 そういう割に、クレイオスが海中に沈めた魚籠の中には、よく肥えた魚でいっぱいの様だ。

「そう言い続けて、釣れるのは雑魚ばかり。本命の入り江の主は、いつになったら釣り上げられるのだ?」

『少しは落ち着いてきたと思ったが、まだまだだのう。焦っても良い事はないぞ?』

 クレイオスの言は尤もだが。
 俺はクレイオスと違い、悠久を生きるわけではない。

 今は色々障りがあるが、出来る事なら1ミンでも長く番の傍に居たいのだ。

「こうも暇ではな。それに魚にも飽きてきた」

『其方が恋しいのは肉ではなく、番であろう?』

 のんびりと釣り糸を垂らしているが、これ程釣り竿が似合わない雄もいないだろう。

「分かっているなら、なんとかしろよ」

『しかしな、これが最善策なのだ。第一慌てて帰ったところで、其方レンには近づけんのだからな。焦るだけ無駄だ』

「まだ駄目か?」

『まだまだ。・・・時に其方、今日の修練は終わったのか?』

「あぁ、しかし、ただ考え事をするだけで強くなれるのか?」

『愚か者。考えるのではなく、感じろと何度言えば分かるのだ』

 いや、分らんよ。
 
 レンの神聖力への依存から脱却する方法として、俺はクレイオスから、修練を義務付けられた。

 それは、俺が今まで行って来た、肉体を酷使するものではなく、ひたすら自分の内面と向き合い、心身のあり方に対する概念を再構築し、万物と繋がることで能力の底上げをし強化する。

 と、云うものらしいが、どうも俺にはピンとこない。

 では、どうやって魔法を覚えたのかと聞かれれば、物心がついた頃には、なんとなく使えていた。

 その後、母が雇った教師に、核で魔力を練る方法と、魔法理論と陣の基本を習い、詠唱を覚え。
 辺境を転戦している時に、そんなお綺麗な魔法は、なんの役にも立たないと思い知らされた。

 生き残るため、仲間を助けるため、もっと早く、もっと強く、もっと広く。
 そう念じ続けて戦って来た結果の今だ。

 クレイオスからは ”感覚派過ぎて説明の仕方が分からん” と言われてしまった。

 では、ドラゴンはどうやって魔法を使うのかと、問えば ”魂に刻まれた力故、考えずとも使えるものだ” という始末。

 究極の感覚派が、俺の事をとやかく言うのは、どうなのだろうか。

『其方が、レンの神聖力に溺れた理由が分かるか?』

 快楽に溺れたからではないのか?

『性的な快楽は、副産物と言っていい。人が持つ神力やレンのような神聖力の強さは、魂の強さに比例する。言わば命その物の力だ。力の強い治癒師の治癒は、心地良かろう?』

「レンの治癒は、第二うちの治癒師よりも、暖かくて心地良いな」

『それは強い魂に触れ、力を分け与えられるからだ。人にとって力とは、恐れの対象であり、同時に魅惑的なものだ。金、権力、強靭な肉体、怜悧な頭脳。なんでも良いが魂の強さは、存在全ての強さに繋がる故、その強さに惹かれるのは当然だ』

「何故レンの魂は、それほど強くなれたのだ?」

『レンのいた世界は、ヴィースとは比べ物にならんほど歴史の長い世界だ。その古き世界で輪廻の理に従い、生と死を繰り返し、多くを経験してきた魂だからだ。レンと其方の魂を比べたら、其方は尻に殻を着けたままの、ひよこにすぎん』

「・・・・・なんとなく、納得できるのが悔しいな」

『雄の矜持か?そんなもの番の前では捨ててしまえ。魂云々の前に、どうせ番には敵わんのだ、恰好つけるより甘えてしまった方が楽だぞ?』

「甘えるのか?」

 俺が?この図体で?

『何も子供のように、べったり甘えろ、とは言ってはおらんぞ。立場だのなんだのは、脇に置き、素のままの其方で接しろということだな』

「そういうものか?」

『そういうものだ。番と接するに、人の世界のしがらみになんの意味がある?そんなものに気を取られているから、他人の力を自分の物のように勘違いし、溺れるのだ。レンとの交わりは至福であったろう?』

「・・・・そうだな」

 こいつは、ドラゴンだからか、恥じらいというものが分かっていない。
 答える俺もどうかと思うが、こうもずけずけと聞いてくるか?

『其方が感じたのは、快楽とレンの力に触れた全能感だ』

「全能感・・・か。・・・・・確かにそうかもしれない」

『何もかもを手に入れ、すべてが思いのままに成る様に感じたであろう?それ故、其方は無意識にレンの力を手放せず、もっともっと、と貪ったのだ。其方のような朴念仁には、過ぎた力だと自覚することだ』

「よく分かった。しかしこの事と、修練になんの関係があるのだ?」

 この時水面に浮いていた浮きが、水中に没し、クレイオスが竿を引くと、あっさりと魚を釣り上げた。

「何度見ても思うが、釣りがうまいな。漁師にでもなれそうだ」

『釣りは、たまにやるから楽しいのだ』

 などと嘯きながら、慣れた手つきで魚を回収し、新たな餌をつけている。

『・・・其方は、レンという極上の甘露を知ってしまった。今のままではレンの力を前にすれば、同じようにその力を求めるだろう。だが、其方がレンと同等の力を手に入れればどうだ?他人の力を、求める必要はなくなるであろう?』

「まぁ、云いたいことは分かるが、簡単に出来るとも思えんが」

『難しい事ではあるな。しかしこの修練を納めなければ、二度とレンに触れることはかなわないと思え』

 「なんだと?」

 クレイオスの声の冷たさが、事実だと告げている。

『当然であろう?レンがどれだけ嫌がろうと、泣いて頼もうとも、これは譲れんぞ。子が死ぬような目に合うのが分かっていて、放置する親など居らんからな。どれだけ恨まれようと、レンンが生きている事の方が大事だ』

 このドラゴンは、本気でレンを自分の子だと認識していたのか。

『其方は神聖力を持つことは叶わん。ならば別の方法で、其方を強化せねばなるまい?その修練は其方の肉体に眠る、内なる力を目覚めさせるための修練だ。それは魔力も魔素もない、レンの世界で用いられていた方法でな?今後、番との幸せな生活を望むなら、我と無駄話をしている暇はないと思うがの?』
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました

ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪

奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」 「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」 AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。 そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。 でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ! 全員美味しくいただいちゃいまーす。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

獅子の最愛〜獣人団長の執着〜

水無月瑠璃
恋愛
獅子の獣人ライアンは領地の森で魔物に襲われそうになっている女を助ける。助けた女は気を失ってしまい、邸へと連れて帰ることに。 目を覚ました彼女…リリは人化した獣人の男を前にすると様子がおかしくなるも顔が獅子のライアンは平気なようで抱きついて来る。 女嫌いなライアンだが何故かリリには抱きつかれても平気。 素性を明かさないリリを保護することにしたライアン。 謎の多いリリと初めての感情に戸惑うライアン、2人の行く末は… ヒーローはずっとライオンの姿で人化はしません。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。

恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。 パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

処理中です...