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ヴァラクという悪魔

地下牢獄

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 side・レン


 毛布を体に巻き付け、冷たい床に横になった私は、浅い眠りの中でパレードの夢を見ました。

 夢の中で襲って来た男は、笑いながら死神の大鎌を振り回していました。

 真っ黒な鎌が胸に突き刺さる寸前、目が覚めたのですが、耳の中で鼓動が聞こえる程、心臓がバクバク言っています。

「やな夢」

 せっかく毛布を貰ったのに、冷や汗で体がベタベタするし、余計に冷えて指先が震えてきます。

 少し眠ったおかげで、幾分か頭痛は治った気はしますが、万全とは言い難いし、気分は最悪。

 頭までスッポリ毛布の中に潜り込んで、せめてもの慰めにと、アレクさんの無事を確認しようと、バングルの地図を開きました。

「動いてる」

 アレクさんの黒い印が、ものすごい勢いで、皇都へ向かって移動しています。

 アレクさんが来る。
 迎えに来てくれる。

 そう思うだけで、心が暖かくなって、指先の震えもどこかに行ってしまいました。

 それに、この尋常ではない速さは、きっとクレイオス様が一緒なのよね?
 
 クレイオス様も無事で良かった。

  ヴァラクの魔法がどんな被害を生んでいるのか、分からないけれど、どうか一人でも多くの人達が、無事でいてくれますように。

 私にはアウラ様とクレイオス様の、アレクさんには、クレイオス様の加護が有る。

 だから魔法が発動しても、こうして無事で居られるのだと思う。

 でも、加護を持たない普通の人達は、どうなってしまったのだろう。

 アウラ様は魔法の発動を止めないと言った。これは天罰だからって・・・。
 
 でも・・・罪のない人達を守ってほしい。
 皆がみんな悪い人じゃない。
 優しい人、賢い人、正直な人、清廉な人。
 狡賢い人、意地悪な人、嘘つき、乱暴者。

 色々な人がいるけれど、それは人の一面にしか過ぎないと思う。

 優しいけど嘘つきな人も、正直だけど乱暴な人も居る。

 人の心は多面的で、たくさんの顔を持っていて、皆んな、生きるのに一生懸命だ。
 毎日を頑張って生きている。

 軽々しく天罰を与えたって良いなんて言っちゃったし、勝手なお願いかもしれないけれど、罪のない人達には、救いの手を差し伸べてあげて欲しい。
 
 アウラ様、私の声が聞こえていますか?

 ◇◇

 蓑虫みたいに頭から毛布を被って、バングルの地図を見つめ続けて、どのくらいの時間が経ったのでしょうか。

 人の近づく気配に、毛布から片目だけ出して伺っていると、檻の前にヨシタカが跪いて来ました。

「これのんで」

 ヨシタカは大ぶりのカップを檻の中に入れて来ました。
 カップの中からは、薬臭い湯気が立ち昇っています。

「これを飲んだら、私はどうなるの?」

「しんぱいない、ちょっとボーっとするだけ」  

 何それ、危険しか感じないけど。

「嫌よ」

「のまないと おりからでられない のんで」

 感情のこもらない平坦な声と、瘴気が詰まった真っ黒な目が、何かを訴えて来ているように感じて、渋々カップをソーサーから持ち上げると、カップとソーサーの間に小さく折り畳まれた紙が見えました。

 こっそり忍ばせているって事は、どこかでヴァラクが見張っているのかもしれない。

 私は気が進まないふりで、一旦カップを戻すと、ヨシタカが薬を飲むように言ってきます。

「・・・これを飲んだら、本当に檻から出してくれるのね?」

「やくそく」

 瘴気の詰まった傀儡が、約束って・・・。
 ヨシタカはどうやって、自我を保っているのかな。
 ただのマネなのかしら。

「・・・・」

 嫌々言うことを聞くのだ、と見えるように苦心しながらカップを持ち上げ、ソーサーを毛布の中に隠しました。
 
 カップの中身は胃薬っぽい味がして、とても飲みにくかったけれど、ヨシタカに最後まで飲めと言われ、何回かに分けてようやく飲み干すことができました。

「うぇ~。すっごく不味い」

「あとでむかえにくる」

 カップを受け取ったヨシタカは、そのまま出て行こうとします。

「ねぇ、待って!」

「なに?」

「ここは何処なの? それに外の人達はどうなったの?」

 ヨシタカは天井を見上げて考え込んでいる、と言うより教えても良いのかの確認をしているようです。

「・・・ここはこうぐうのなか そとは、人がいっぱいしんだ。 でも、しんだのはひとだけ ごしゅじん おこってる」

「皇宮?・・・いっぱい死んだ?ウィリアムさんは?ロイド様とアーノルド殿下はどうなったの?リリーシュ様は?」

「かわいそうな いとしご あとでわかるよ」

 そう言い残して、ヨシタカは部屋を出て行ってしまいました。

 後で分かるって・・・。

 ここが皇宮なら、ウィリアムさんやリリーシュ様が黙ってヴァラクを中に入れるとは思えない。

 二人は無事?
 何があったの?

 皇宮ではアレクさん達獣人への差別が酷かった。裏切り者がいるって事?

 人がいっぱい死んだって・・・人だけ?
 獣人は死んでない?

 アウラ様は、人族の被害が多くなるだろうって仰ってた。

 これがそうなの?
 これが天罰?

 皇家の人達は、アレクさんとリリーシュ様以外は皆んな人族だ。
 じゃあ、皆んな死んだってこと?

 嘘よ。
 だって、皇都はアウラ様の加護が残ってるって、クレイオス様が言ってた。

 その中でも皇宮は、一番加護が強い所に建てられたはずでしょ?

 分からない事が増えてしまったけど、きっと、皆んな無事よ。
 
 大丈夫。絶対大丈夫。と自分に言い聞かせ、毛布を被り直して、ヨシタカが渡してくれた紙を広げて、目を通しました。

 そこには、ヴァラクに魔薬を飲ませるように言われたが、私が飲んだのはただの強壮剤だから心配しなくて良い事。
 儀式の時は麻薬に酔ったふりをする事。

 強壮剤を飲んだギンギン状態で、ぼーっとしたフリって・・・・なかなかハードルが高い気がします。

 そして儀式でヴァラクがしようとしている事、ヴァラクの魔法で奪われた命が、儀式に利用されるのだ、と言う事も書かれていました。

 儀式の時に刀は取り上げられる筈だが、できるだけ近くに置いておくとも・・・。

 ヨシタカの、あの口調だと儀式までは時間が無さそうです。

 地図の中のアレクさんは、皇都まで後少し。

 儀式でヴァラクが遣ろうとしている事は、恐ろしいけれど、上手く行くとは思えない。

 ヨシタカも一度失敗してるって言ってたし・・・・。

 死んだ体で失敗したから、今度は生きた私の体を使おうなんて・・・・。

 一度は私を生贄にしようとしたくせに、どう言う心境の変化なのかしら?

 死んだ人は生き返らない。
 
 たった一人の魂を呼び戻すために、帝国中の人間の命を生贄にしようだなんて、そんなこと、本物の義孝様が許すはずがない。

 もし、義孝様の魂が私の中に入ったとしても、ヴァラクを愛することなんて、ありえないと思う。

 だって、義孝様はシルベスター侯爵を愛していた。そして私はアレクさんを・・・。

 ヴァラクが入り込む隙間なんて、一ミリも無いのに。
 
 可哀想な人。

 愛を知らず。

 盲目的な執着の所為で、自ら進んで不幸を選び取ってしまう。
 もっと違う生き方を選んでいたら、幸せになれたかもしれないのに・・・。
 
 だからと言って、彼のやって来た事を許す事はできないし、同情する気もない。
 第一これから行う儀式は、命を冒涜する行為でしか無いのです。

 儀式開始までにアレクさんが、間に合うかどうかも分からない。

 儀式がどうのとは関係なく、ヴァラクは止めなければならない。
 
 帝国中の全ての人たちの為にも、彼自身の為にも。

 もう終わりにしてあげなければ。

 私を迎えに戻って来た、ヨシタカを見ながら、私は決意を固めたのでした。
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