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ヴァラクという悪魔

アミーへ

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 side・アレク


『アミーには、我の神殿がある。其方らが急いでいるのは理解しているが、近くに来た事だし、神殿の呪具を破壊したいのだ』

「何を悠長な!クレイオス様はレン様が心配ではないのですか?!」

 俺より先にマークがキレた。
 マークも大概レンには甘い。

「マーク、少し黙っていろ」

 不満げに息を呑む気配を背中越しに感じた。

 この中の誰よりも、この俺が一番レンの元に向かいたいと思っているのだ
 しかし、この状況でクレイオスが自分のためだけに、我儘を言うとも思えない。

「神殿に向かえば、レンを助ける役に立つのか?」

『残っている呪具はあと二つ。そのうちの一つを破壊すれば、その分我の力も戻ってくる。次は先ほどのように遅れをとるわけにはいかんからな。それと魔力を吸われた時に、陣に少々細工をして置いた』

「細工? どうやって?」

『本当は破壊したかったのだが、どれだけ深く刻んだものか、今の我の力では無理であった故。吸い取られる魔力に別の術式を混ぜて、陣の一部を書き換えたのだ。呪具を壊せば、今よりも被害を抑えられよう』

 鼻息も荒く答える様子から、それなりに自信が有るのだろう。

「・・・・嘘はないな?」

『当然だ』

「都合が悪からと、黙っている事もないな?」

『今のところは』

 無いと癒えば良いものを・・・。
 このお方は、アウラ神よりも、素直な質なのかもしれないな。

「なら良い、好きにしろ」

「閣下?! レン様がどこに連れて行かれたのかも分からないのですよ?!」

 肩を掴んできたマークを振り返り、腕を差し出して見せた。

「忘れたのか? レンは今皇都に居る」

 俺の手首で、母上から貰った魔道具のバングルが空の茜色を反射して鈍く光った。

「リリーシュ様のバングル・・・ですか」

 アルサクでの襲撃を思い出したのだろう、マークの声が唸るように低くなった。

「これだけ離れていると、今は皇都の何処に居るかはわからんが、レンに近づけば、居場所は詳細に分かる」

「ですが、何をされているか!」

「マークやめとけ」

 言い募るマークを、ロロシュが止めた。
 
 マークの焦りと怒りは、そのまま俺のものと合致する。
 
 今の俺は、目に映るもの全てを、紅蓮の炎で焼き尽くしたい衝動を抑えるのに必死だ。

 これ以上マークに煽られたら、何をしでかすか自分でも分からない。
 ロロシュが止めてくれて助かった。

『アミーの神殿に向かって良いか?』

「ああ、好きにしてくれ。だが時間は掛けるなよ」

『分かっておる』

 クレイオスは翼をひと振りすると、山脈に隠された神殿へと、空を引き裂き飛んでいった。

 あまりのスピードで翼の先から雲がたなびいている。防護結界と身体強化必須と言ったのも納得だ。
 
「アミーとニックスの神殿は、いくら探させても見つからなかったのだが?」
 
『そうであろうな。この二箇所は、案内の者が居なければ、辿り着けぬ様にしたからな』

「何故そんな事を」

『危険な場所ゆえ、神官が資格有りと認めた者のみ入れる様にしたのだ』

 それでは訪れる者が減るだろうに、神という存在は、崇められてこそ成り立つのでは無いのか?

 俺の疑問に、クレイオスは『我は神ではないからな』と笑い、このドラゴンの神殿は、信仰のために造られたのではないと言った。

「では、なんの為に造ったのだ?」

『魔素の流れを整える為だ。言ったであろう?この世界は我等が初めて造った世界なのだと。慣れぬ作業ゆえ、なかなか魔素の流れを安定させられず、土地を肥やし、命を育む筈の魔素が漏れ、そこから魔族が生まれたのだ』

 世界に満ち溢れた、創世神の力から産まれたとは、そう言う事だったのか。

『要所要所に神殿を配し、我と直結させる事で流れを安定させることが目的だったからな、崇められずとも問題はない』

「だった、と言う事は、今は安定しているのか?」

『彼奴が悪さをしなければ、とっくに終わっていた。意図した事ではないとは言え、魔族は世界を巡るべき魔素を横取りし、神に準ずるものとして、暴虐の限りを尽くした。故に地底に住まわせ、奪った力を世界に返還させている。太古の魔族と比べれば、今の魔族は其方ら獣人と差して変わらぬ力しか持たん』

「力を返し終わったら、魔族はどうなる?」

『魔族と言う種は絶えるだろう。だが、その魂は輪廻の理に組み込まれておる故。いつか人か獣人として生まれ変わる』

「種として絶えることを、ヴァラクは容認できなかったと言う事か」

『彼奴はアウラを欲した。それに見合う力が必要だと考えたのだ。力を奪われる事を容認する訳にはいかなかったのだろうな。だが、これは悪手だ。彼奴はアウラの性格を知ろうともせなんだ。ヴァラクが寛大で慈しみ深い王であったなら、アウラもその手を取ったやもしれんのにな』

 この発言は驚きだ、クレイオスは伴侶を他者と共有しても良いと言うのか?

『我は、アウラの眷属となる以前は、ただの獣よ。悠久を生き、愛した伴侶を亡くしたこともある。神となったアウラにも、好きに生きる権利は有ろう』

「そう言うものか?」

『どうであろうな、可能性の話しだ。我等は無限の刻を生きるのだ、何があってもおかしくはあるまい? ならば、許せずとも認めてやることは必要であろう』

 神に比べたら、俺達に与えられた刻はあまりにも短い。
 同じ価値観を持つなど、無理な話しだ。

『話が逸れたな。魔族は我等が世界に与えた力の一部から生まれた種族だ、我等にとって子と言っても良い種族ではあるし、一度生まれた命を無下には出来なかった。しかし、せめて寛大な心根を持った種族であれば良かったが、ああも好き勝手に地上を蹂躙されてはな、親としては躾けは必要であろう?』

「なるほどな」
 
 計画にそぐわない種族が、やり過ぎて切り捨てられたのか。

『着いたぞ』

 確かにアミーに近い場所に居たが、これは速い。
 地図で確認したが、俺達なら一週間は掛かる距離を、世間話の間に辿り着いてしまった。

 しかし、神殿はどこだ?

「ちょっと!クレイオスの旦那、止まれって!!」
「そちらは崖です?!」
「うわぁーーーぶつかるぅーーー!!!」

 後ろで大人しく話を聞いていた3人が、慌てふためいて、大騒ぎだ。

 正直、俺も内心ではかなり焦っている。

『よく見ておれ!』

 上機嫌のクレイオスは山脈の、一際高い峰の中腹にある断崖絶壁に向けて突っ込んで行った。

 普通この勢いで突っ込んでいったら、確実に身体が爆散してしまう。
 
 相手がクレイオスではなく、神殿があることを聞いていなかったら、後ろの3人はパニックを起こして、飛び降りていたかもしれない。

 俺とて大丈夫なのだと分かっていても、岩だらけの山肌に激突する寸前、目を閉じて両腕で頭を庇ってしまった。

 その直後、クレイオスの体がフワリと浮かび、続いて着地した気配に目を開けると、もとは美しい庭園が配されて居たであろう、荒廃した神殿が、目の前にあった。

 クレイオスの背から飛び降り、辺りを探ると、其処彼処から魔物の気配がする。

 その後ろで、クレイオスから降りた3人は、精神的なダメージから立ち直れて居ないらしい。

『なかなかスリリングであったろう?』とクレイオスはご満悦だ。

 しかし、シッチンは地面にへたり込み、マークも青い顔をして中腰で膝に手を当て息を整えている。
 一番元気なロロシュは、畏敬の念を捨て去り、「もうちっと、穏やかな入り方があんだろうが!!」とゲシゲシとクレイオスの後ろ脚を蹴っている。

 ふむ。
 大神殿の地下に飛び降りた時の、レンの反応と似ているな。
 レンもこんな気分だったのか。
 これは,確かにきつい。
 レンを取り戻したら、もう一度謝った方が良いかもしれんな。

 そんな事を思いながら、無意識に手首のバングルを撫でると、番の温かな体とは違う、硬質で冷たい感触に、心臓が縮む思いがした。
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