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ヴァラクという悪魔

魔獣の森3

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 side・アレク


「バリスタ・投石器の準備は?!」

「いつでも行けます!!」

「重騎兵前へ!!」

「弓兵!!持ち場に着け! 急げ!!」

「これは訓練ではないぞ!」

「魔道士は何をやっているっ!!」

「なに?! 気絶しただと?! 叩き起こせ!!」

 森の異変に気付いた侯爵領の騎士達の怒号が飛び交うのを横目に、第2騎士団の騎士達は粛々と出撃の準備に取り掛かっている。

 侯爵領の兵は、隣国からの攻撃に備え籠城戦や迎撃に特化した師団と、魔物の討伐にも当たる、攻撃に特化した師団に別れている。

 今司令所の付近で、防護の準備に走り回っているのは、籠城戦に特化した騎士達だろう。

 この戦いで、籠城する意味はないが、侯爵のいる司令部は死守しなければならない。

 俺達第2騎士団は、魔物との戦闘に特化しているから、攻防どちらも行けるが、今回は攻撃に集中する事になっている。

 それにしても、前もって連絡を取り合って居たとはいえ、この短期間で、これだけの防衛拠点を築き上げるとは、流石叔父上だ。

 走り回る騎士達を避けながら、大股でクレイオスの天幕へレンを迎えに行く。
 途中でこちらに走ってくるレンと、その後ろに付き従うマークの姿が見えた。
 
「アレク!」

 レンは俺の数歩手前で地面を蹴り、広げた両腕の中に飛び込んできた。

 まるで子犬だ。
 こんな時でも、レンの可愛らしさに翳りは無いな。

「アレク。大丈夫?なんとも無い?」

「平気だが? どうした?」

 するとレンは、急に森の魔力と瘴気が膨らみ、量が増えたことで息が出来なくなったのだと言う。
 今度は俺が心配する番だったが、クレイオスに直してもらったから大丈夫だ、と微笑まれた。

 そう言えば、魔道士が気絶したとか騒いでいたが、その所為か。

「クレイオスはどうした?」

「先に騎士団のとこに行ってるって」

「そうか」
 
 クレイオスは森入るのに、またトカゲは嫌だとか文句を言うつもりか?
 馬車で戦闘は出来んぞ?

「ねぇアレク」

「ん?」

「何かちょっとでも変だと感じたら、森から出るように、みんなにも伝えて欲しいのだけど」

「何故だ?」

「さっきも言ったけど、瘴気の濃さが異常なの。こんなに濃いと、何があるか分からないから・・・」

 レンは騎士達のことを心配してくれているのだな。
 だが・・・。

「・・・それは難しいな」

「なんで?」

 不安そうに瞳を揺らす番に、空を見ろと促した。

「今見えているのは、あの魔鳥達とワイバーンだけだが、森の中にはもっと多くの魔物がいるだろう。あいつらも直にこちらへ向かってくる。いや、こちらに向かわせる。街を襲わせる訳にはいかんからな。それに森から溢れる魔物を迎撃するだけでは足りん」

「・・・そう・・・だよね」

「クレイオスも言っていたが、森の中にある核を潰すまで魔物が溢れてくるなら、逃げることは出来ない」

「うん」

 すっかりしょげてしまったな。
 
「レンの優しい気持ちは嬉しい。だが俺達は民を守る為にここに居る。危険だからと背を向けたり出来ないだろう?」

「分かった。余計なことを言ってごめんね?」

「謝る必要などない」と形の良い頭を撫でると、レンは俺の肩に顔を埋め、深く吐いた息が震えている。

「怖いのか?」

「うん。アレクや皆んなに何かあったらと思うと、すごく怖い」

 やはり、自分のことではないんだな。

「心配するな。俺達は強い」

 肩に押し付けられた形の良い頭に唇を押し付けると、番は震える息を細く吐き出した。

「そうだね。アレクは世界最強だもんね」

「その俺を絞め落としたレンは、もっと強いぞ?」

「あはは・・・。あれは、もう忘れて」

 やっと笑ったな?
 
 レンが不安になる気持ちは分かる。
 イマミアの入江も酷かったが、今回はその比ではない。
 それに核の側には、ヴァラクとドラゴンがいるだろう。
 
 何が起こるか分からない。
 誰かが傷つくのが怖いのは、俺も同じだ。

 それがレンだったらと思うと、今直ぐレンをどこかに隠してしまいたい。

 だが、きっと大丈夫だ。

「俺が世界最強なら、レンは人類最強だな?最強の番が揃っていれば、向かう所敵なしだろ?」

「ふふっありがとう。元気出た。アレク?」

「ん?」

「大好き」

 レンの唇が俺の頬でリップ音を立てた。

 前はムニだったが、今回はちゃんとchu!だ。
 謎の感慨深さがあるな。

「愛してるよ」

 そう言って、レンの唇にキスを返すと、俺の番は真っ赤になって俯いてしまった。
 いつまで経ってもこういう初心なところは変わらんな。
 
 俺の番は本当に可愛い。

 そんな戯れ合いを俺達は、歩きながらして居たのだが、俺達を見た侯爵領の騎士達の悲壮感に溢れた顔が、驚愕に変わっていた。

 “だからなんだ”と言う話なのだがな?
 
 俺たちの戯れ合いは、第2の連中にも見られて居たようで、ロロシュは心底嫌そうな目を向けてきたが、マークとミュラーを始め、他の連中は、なんとも言えない生温い視線を送ってきた。

「閣下よ~。今は非常時だぞー。イチャ付いてないで、仕事しろよ~」

「羨ましかったら、お前も番とイチャつけばいいだろう?」

「なっ!! 何言ってんだよ!?」

 何を赤くなってるんだ?
 後ろをチラッと振り返る。
 ・・・マーク、お前もか。
 
 ロロシュは口は悪いし、マークはあの見た目だが、二人とも結構初心だったりするんだよな。
 
「レン?俺は何か間違ったことを言ったか?」
 
「ううん。番同士が仲良しなのは、良い事だと思います」

「なんだよ。初心なちびっ子はどこに行った?」

「だって。気持ちは伝えられる時に伝えないと・・・」

 伝えられなくなるかもしれない。

 レンが飲み込んだ言葉だ。

 ロロシュが神妙な顔になり、レンが言いたかった事は、正しく伝わったようだ。
 
 口の悪いロロシュを揶揄うのはこのくらいにして、仕事の話だ。

「ミュラー、手筈通り半数は所定の位置で迎撃にあたれ。ショーン、お前達は大隊毎に、森の中に進撃だ」

「「ハッ!」」

「言うまでもないが、森の中は小回りが効かない。途中でばらけたとしても、1個小隊は保たせろ」

「了解」

「それと・・・」

 腕の中の番を見下ろすと、キョトンとした顔で見つめ返された。

「今まで以上に瘴気が濃い。注意を怠るな」

「了解しました!」

「侯爵の準備が出来次第出るぞ」

「「「「「 ハッ!! 」」」」」


 ◇◇

 侯爵の準備が整うまでの短い間、騎士を前に檄を飛ばし、その士気を高める。

 バリスタでのワイバーンへの攻撃が、出撃の合図になる。
 
 出撃を前に、興奮し出したブルーベルを宥めていると、エンラに跨ったクレイオスがゆるゆると近づいてきた。

「トカゲは嫌じゃなかったのか?」

『それは変わらんが、まだ本性を表す訳にもいかんだろ?』

「まぁ、そうだな」

 エンラに乗ってくれたのは良いが、クレイオスの重さとかはどうなっているのだろう?
 エンラが動けているから、重量オーバーでは無さそうだが・・・。
 
 レンも同じ様なことを考えていたのか、小声で「ドラゴンって、不思議生物なのね」と呟いていた。

 その時、侯爵の準備が整ったのか、バリスタを引き絞る音がギリギリと響いてきた。

 その音に一気に緊張が走り。

 ギャンッ!!

 槍が打ち出される音が響き、同時に防護柵が引き開けられた。

「出撃!!」

 土を蹴るエンラの足音が、地響きとなって草原を飲み込んでいく。

 先頭を行く俺は、レンを抱え身を低く倒してブルーベルを加速させた。

 森の手前で、バリスタから打ち出された槍が ヒューヒューと空気を裂いて、頭上を飛んでいく。

 それと入れ替わりに、雄叫びを上げたワイバーンの群れが、侯爵が陣取る丘へ向かって飛んでいった。

 上手くワイバーンの気を引くことができた様だ。
 このまま1匹も人里に向かわなければ良いのだが。

 森に飛び込み、幾らもしないうちに、俺が率いる大隊はオークの群れに遭遇した。

 オークを初めて見たレンは「二足歩行のブタ?!」と驚いていたが、コイツらは醜悪な見た目とゴブリン同様悪臭を放つ。
 
 にも関わらず、コイツらは高級食材だ。
 醜悪な面をしていても、喰うと美味いと言うのは、暫くレンには内緒にしておこう。
 
 今でも充分衝撃を受けた様だからな。
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