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紫藤 蓮(シトウ レン)

イマミアの呪具

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「あっ、ヤバッ」
 
 祭壇の側に主が居るって言ってたの、すっかり忘れてました。
 まさか滝壺の中に隠れてたなんて・・・。

 どうしましょう。カニの目は複眼で全方位見えるんだっけ?
 これ、下手に動いたら気付かれる?
 でも、ちょっかい掛けなければ大人しいって言ってたから、静かに動けば大丈夫かな?

 どっちにしても、何時迄もここに張り付いているわけには行きません。
 手にした呪具が、バチバチと火花を散らし、浄化をかけ続けている体から、どんどん魔力が抜き取られていく様です。

 巨大ガニ越しに見えるアレクさん達も、私とブルークラブの距離が近過ぎて、剣の柄に手を掛けたまま動けなくなっているのが見えます。

 呪具を掴んでいるせいで片手は使えません、岩肌に沿って、ゆっくり降りるのは無理そうです。

 視線はブルークラブに固定したまま、水に濡れて滑り易い足場の、踏ん張りが効きそうな場所を足裏で探ぐって、膝を曲げ体重を掛けて、一気に厨子を飛び越え壁際までジャンプしました。

 着地に失敗して、左膝をぶつけてしまいましたが、そんな事を気にしている余裕はなく、ブルークラブを振り返ると、私を気に留めた様子はなくて、少しだけ安心しました。

 私のところに来ようとするアレクさんとマークさんを手で制して、口の前に指を立て静かにするように合図をお送ります。

 二人が心配してくれているのは分かりますが、浄化の済んでいない呪具の側に、二人を立たせることはできません。

 タマスで初めて呪具にされた、クレイオス様の鱗を浄化した時、アレクさんが近くに立っていてくれましたが、あの時呪具にから湧き出す瘴気が、何度もアレクさんの方に伸びて、彼を拘ようとしていました。

 それからは、大切な人達が瘴気に拘られないように、浄化が終わるまで瘴気だまりと、呪具には誰も近づけないようにして来ました。

 メチャクチャおっかない巨大ガニが近くに居ようと、それを変えるつもりは有りません。
 それは命の価値が低いこの世界で、多くの危険から護られている私が、唯一みんなを守れる方法だから。

 それにこの呪具。
 よくもこんな酷いことを。
 これをやったのがアガスなら、私はあの人を許す事が出来ない。

 この気持ちが、新たな瘴気を産んでしまうとしても。
 この怒りを消すことが出来ません。

 どうしてこんな酷いことかできるの?

 私の手の中にある呪具は、今までのクレイオウス様の鱗だけでは有りません。

 瘴気に塗れたクレイオス様の鱗が、木製のアウラ様の神像の右肩からお腹に掛けてを切り裂いて、埋め込まれているのです。

 そしてこの二つが離れないように、棘の生えた蔓で雁字搦めにされています。

 神の眷属であるドラゴンに、共に在るべき神を害させる。これが呪いで無くてなんだというのでしょう。

 鱗と神像に巻き付いた蔓の棘が、浄化を弾こうと火花を散らしています。

 どうやら、この蔓には何かの魔法が付与されている様です。

 鱗と神像が離れない様にしているのと、私の浄化を弾いているのだから、拘束と防護結界の魔法でしょうか?
 
 だとしたら、魔力を補充するための陣は、あの厨子の中に入っていたものが送る側、受け取る側の陣が、呪具の何処かに刻まれているはず。

 私の魔力も、その陣が吸い取っているのだから、魔力の流れを見れば分かる。

「あった!」
 
 魔法陣はアウラ様の足の裏に、小さく描かれていました。

 お札の魔法陣の魔力は、浄化で消すことが出来た。
 それならこの陣ごと、浄化してしまえばいい。

 魔力が欲しいなら、いくらでも持っていけばいい。私の中には魔力と神聖力の二つの力がある、浄化に使うのは神聖力だから、魔力を吸い取られたって問題ない。

 魔法陣に直接指を当てて、私の中の神聖力を直接魔法陣に流し込むと、赤黒い火花が散って陣が焼き切れ、二人を縛り付けている棘だらけのつるが緩みました。

 手指に棘が刺さって血が滲んでも構わずに、二人から蔓を剥ぎ取って、今度は浄化を掛けて行きました。

 目の端で、ブルークラブが動き出したのが見えたけど、今は構っていられません。

 鱗も神像もどす黒く変色してしまっています。

 アウラ様の衣は真っ白で、髪も瞳の色もキラキラした銀色なんだから!
 クレイオス様の鱗だって、こんな色じゃ無い、アウラ様の色に近い白銀なんだからね!!
 もう二人を苦しめないで!

 そんな子供の癇癪みたいな事を呟きながら、浄化を掛けていくと、アウラ様の体に埋め込まれた鱗がするりと外れ、鱗の色も白銀の輝きを取り戻しました。

 浄化が終わってホッとすると、身体中の力が抜けて、岩の上にペタリと座り込んでしまいました。

 それと同時に、誰かが駆け寄って来る足音が聞こえて・・・。

「レン様!ご無事ですか?!」
「マークさん?ちょっと魔力を吸われちゃって・・・回復薬持ってますか?」
「少しお待ちください」

 そう言って、マークさんは腰に着けたバックから回復薬を取り出して、手渡してくれました。
 受け取ったそれを一気に煽ると、お腹の中がカッと熱くなり、冷えた体がじんわり暖かくなって、指の震えも治まりました。

「アレクさんは?」
「閣下はブルークラブを洞窟の外に誘き出して居ます」

 ああ、私の邪魔にならないようにしてくれたんだ。

「誘き出すって、どうやって?魔法は使ってなかったですよね?」
「威嚇を小出しにして、ブルークラブの気を引いたのですよ」
「いかく?・・・って何?」
「えっ?」
 
 あれ?なんか変な事言った?

「レン様は、閣下の威嚇をご存知ないと?」
「聞いたこと無いですけど・・・知らないとダメな事ですか?」

 何故かマークさんは、生ぬるい目で私を見て「ご存知なくても問題ないですよ」といかくが何なのか教えてくれませんでした。

「さあ、立てますか?」
「はい。もう大丈夫です。いつも思うのですけど、この回復薬って効き目が早くてびっくりします」
「あははは。騎士団用の回復薬は特に効き目が早いのです。戦闘中に魔力切れになったら困りますからね」
「それはそうですね」

 のんびり話しながら、入り口に向かっていると、突然 ドンッ!!! と大きな音が響いた一拍後に、洞窟の天井から石が落ちて来ました。

「キャッ!」
「危ない!!」

 腕を掴まれて引き寄せられ、マークさんのマントの中に匿われると、マントに小石が当たる音が、バラバラと聞こえました。

「びっくりした、地震かな?」
「いえ、これは閣下の魔法でしょう」
「魔法?ブルークラブと戦ってるの?」
「おそらく、私が様子を見て来ますので、レン様は入口の近くでお待ちください」
「えっでも・・・」と逡巡した時、 ダンッ!ダンッ!ダンッ!! また大きな音が響いて

「マーク!!拙いぞ!!誰かが召喚しやがったッ!!」
 ロロシュさんの怒鳴り声に、私達は一瞬顔を見交わし、入り口に向かって駆け出しました。

「今度は何を召喚したんだ!」
「ロッククラブとサハギンの群れだ!!」

 サハギン?三又の鉾を持って口から水鉄砲打つやつ?

「洒落になんねぇ数だぞ!!」

 洞窟から飛び出した私達は浜の惨状を目にして、その場でたたらを踏んで立ち止まりました。

 そこにはアレクさんが倒したであろう、ひっくり返ったブルークラブと、入江からウジャウジャと湧き出してくる、魔物が見えたのでした。
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