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アレクサンドル・クロムウェル

タマス平原/ 奪還1

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「アガスじゃない?」
がわはアガスさんだけど、中身は違います」
 レンの浄化の光が強くなっていく。
 アガスは顔を歪めさらに後ろに下がった。
 すぐ後ろは溜池の縁だ。

「仕方がないですね。今回はこの辺で失礼しましょう」
 アガスが溜池に向かって身を踊らせた。
「待てっ!!」
「追ってはダメ!!」

 溜池に飛び込んだはずのアガスの体は、浮き上がった転移陣に吸い込まれ、何処かへ去ってしまった。

「レン!何故止めた?!」
「説明は後です。この泉は瘴気溜まりになってます。ロロシュさんと、え~とシッチンさん?は泉の周りの魔晶石を壊して、転移陣を消してください。アレクとマークさんは私の浄化が終わるまで、泉から魔物が外に出ないようにして下さい」

「おっおう」
 その場の全員がレンの勢いに押され、言われた通り行動に移った。

 俺には溜池にしか見えない泉の縁に跪いたレンは、一心に浄化を続けている。
 だが絶え間なく、濁った水を吐き出す泉に手こずっている様だ。

 浄化を続けるレンを嘲笑うかの様に、泉の中から魔物が湧き出した。
 俺とマークがそれを切り伏せると、魔物は泉の中にズブズブと沈み、その度にレンの薄い肩が震えている。

「ごめんなさい。ごめんね」
 レンの頬に涙が溢れた。
 
「レン?無理はしなくて良い」
 肩に置いた手をキュッと握り返したレンは「これじゃダメだ」と呟くと勢いよく立ち上がり、止める間も無く泉の中に入って行った。

「レン!戻れ!!」
「レン様いけません!!」
「大丈夫!信じて!」

 キッパリと言い切るレンには、何か考えがあるのだろう。

 俺は見守るしか出来ないのか?

 レンに触れた水は浄化されて、淡く光っているが、吐き出される濁りに取り込まれ、輝きを失って行く。

 今直ぐに引き戻したい気持ちを、拳を握り締めることでどうにか堪えた。

「あった!」
 泉の中を進んだレンは、水を吐き出す像の口の中に腕を差し入れ、ドス黒い何かを引っ張り出して、床の上に放り投げた。

「これは後で浄化します。絶対触らないで下さいね」
 ずぶ濡れで笑うレンの目の前で魔物が湧いた。

 ドロドロとした塊が、目を見開いたレンの前で、ゆっくりと立ち上がって行く。

 ここで剣を振れば、レンも一緒に傷つけてしまう。

 一瞬の逡巡の間、レンは魔物の頭にそっと手を置いた。

 魔物を浄化するつもりなのか?
 無茶だ!
 浄化する前に襲われてしまう!!

 レンを助けるべく泉に足を踏み入れた時、レンの唇が歌を紡ぎ始めた。
 聞いたことのない言葉と旋律だった。
 異界の歌だろうか、言葉の意味は分からないが、哀愁のこもった旋律とそれを紡ぐレンの歌声は美しく、心に沁み込んでくるようだ。

 レンの周りで浄化された瘴気が光の粒となり輝いて、レンが触れていた魔物がその手に頬ずりするような仕草をした後 ク~ン と一声鳴き声をあげて光の中に溶けて行った。

 俺達はその神々しいまでの美しさに、息をするのも忘れ、ただレンを見つめ、歌に聞き入っていた。

 歌い終わったレンが唇を閉ざした時、溜池にしか見えなかった泉は、ミーネの神殿の泉のように、清らかな流れを取り戻していた。

 緊張が解けたのか、大きく息を吐いたレンの体がフラリと傾いだ。
 水を蹴散らしてレンに駆け寄った俺は、小さな体を掬い上げ腕の中に閉じ込めた。

「無茶をする」
「ふふ・・アレクさんの匂い、大好き」
 俺の肩に顔を埋めたレンが、ふわふわと笑っている。
 
 俺の方こそ、焦がれ続けたレンの香りにクラクラしそうだ。
 それに俺の匂いなど、ただ汗臭いだけだと思うのだが・・・・。
 それでも、番が己の何かを好いてくれるという事は気分が良い。

 無茶をしたレンに少し休めと言うと、休むのは後だと言い返されてしまった。

「瘴気のもとを浄化しないと、意味が有りませんよ?」

 こういう少し頑固なところも、愛しく思えてしまうとは、番とは恐ろしいものだ。

 レンが放り投げたドス黒い塊は、泉を穢す為の呪具だろうそんな物にレンを触れさせたくはないが、浄化が出来るのはレンだけだ。

俺はレンに言われるがまま、仕方なく呪具のそばにレンを降ろした。

 床に座り込んだレンは、モヤモヤとした瘴気に包まれた呪具を、指で ツン と突ついて様子を見た後、両手を使って掬い上げた。

 バチッ! と大きく爆ぜる音がして、レンは顔を顰めたが呪具から手は離さなかった。

 レンの手の中の呪具は、抵抗するように何度もバチバチと音を立てたが、レンは流れる汗を気に留めることもなく浄化をかけ続け、時折 “アウラ様が待っていますよ”  “もう直ぐアウラ様に会えますからね”  と静かに語りかけていた。

 汗だくで次第に顔色が悪くなっていく番の事が心配で心配で仕方が無いが、今の俺に出来る事は、ただレンの邪魔をしない。それだけだった。

 この先俺は、何度こんな光景を見て、己の無力さを噛み締めねばならないのだろうか。
 そう考えると、腹の中に石を詰め込まれたような気分だ。

「終わりました」
 そう言ってレンが捧げ持った物は、白銀に輝く大きな鱗だった。

 一体何の鱗なのか気になったが、それを聞き出すよりレンを休ませる方が先だ。

 ずぶ濡れで浄化を続けたレンの体は冷え切って、顔は青褪め唇も紫色になっている。

 マーク達には、残った拉致犯の拘束と警戒を命じ、レンを馬車の中に連れ戻した。

「あまり無茶はしないでくれ」
「・・・ごめんなさい」
 萎れる番の頭を撫でて、洗浄魔法をかけた後、衣装と髪を一気に乾かした。
 するとレンが「あれ?いつもより早い』と首を傾げていたが、ここは聞こえない振りだ。

「心配した」
「うん・・・ごめんなさい。アレクさんに酷いこと言って、勝手に宮を出て、本当にごめんなさい」
「いいんだ。君のせいじゃない。俺が悪かったんだ。許してくれるか?」
 レンの手を取って、黒い瞳を覗き込むと、レンの頬に朱が差して、何故かもじもじとし始めた。

 少し離れている間に免疫が無くなってしまったのか?

「あの・・・私アレクさんに大事なことを伝えてなくて」
「大事なこと?」
「あのね・・・私、アレクさんのことが大好きなの」
 さっきまで青褪めていた事が嘘の様に、耳も首も赤くなった俺の番。

 何だよこれ。
 かわいい!どうしよう可愛すぎる。
 クソッ。押し倒したい。
 ここじゃダメなのは分かっているが。
 あ~!今はダメだ!
 我慢しろ。俺のオレ!!

「アレクさん?」
 
 しまった。
 レンが不安そうな顔になっている。

 しかし、レンが俺を好いていてくれているのは分かっていたが、こうやって言葉にされると、物凄く嬉しいものだな。

「嬉しいよ。嬉しすぎて言葉が出なかった」
「そうなの?」
「そうだよ。おれもレンが大好きだ」
「よかった・・うっ?んん」

 そんな嬉しそうに微笑まれたら、もう限界だ。オレの番は理性の限界を試そうとしているのか?

 番いを求め、焦がれた日々を取り戻す為に貪ったレンの口内は、この世のどんな蜜よりも甘かった。







 
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