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アレクサンドル・クロムウェル

帰還とお引越し / sideセルジュ1

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 強引に風呂に押し込められはしたが、身体を清め浴槽に浸かると、久しぶりの熱い湯に、凝り固まった筋肉がほぐれていくのが分かる。
 しかし風呂の手伝いなど、俺には必要ないし、実際大公領でも手伝わせた事はない。
 ローガンもそれは分かっているはずだ。

「それで?」
「はい、陛下には報告と対処済みです。でもレン様はお気付きではないので、出来れば、このままお耳に入れない方が良いと思います」
「何があった」
「実は、私達の到着前に、レン様のお世話をしていたラドクリフが、レン様に嫌がらせをしていたんです」
「なんだとっ!!」

 声を張り上げた俺に、声を落とせとセルジュが慌てた。

「閣下、お気持ちは分かりますが、レン様に聞こえてしまいます」
「・・・そうだった。・・・・続けろ」
「はい。到着後直ぐに、レン様のお世話を私達が出来ればよかったのですが、何分皇宮内の事情がわからないので、教えてもらわなくちゃいけないことが沢山有ります。そこで、ラドクリフに皇宮の事を教えて貰いながら、レン様のお世話をする事になったのですが・・・」

 ・・・・・・side/セルジュ・・・・・・

「ローガンさん、今度お仕えするレン様は大公閣下のご婚約者なのですよね?」
「そうだ。しかし、レン様は閣下のご婚約者であるだけではなく、愛し子でもあられる、大変高貴な方です、失礼のないように、しっかりお世話するのですよ?」
「はい」
「ですが、レン様が愛し子であられることは、まだ正式には発表されていない、との事です。この事は他言無用ですよ」
「分かりました」

 あの大公閣下のご婚約者で
 愛し子様かぁ。
 どんな方なんだろう。
 楽しみだなあ。

 なんて、呑気に考えていたけど。
 始めて足を踏み入れた皇宮は、巨大で、豪華。あまりの煌びやかさに、目がチカチカしてきた。

 案内された貴賓室で、始めてお会いしたレン様は、それはそれは、小さくてお美しい方だった。
 最初は、あんまりちっちゃいから、子供なんだと思ったら、僕よりずっとお姉さんだった。

 びっくりだ。
 
 それに、美しいと言っても、そんじょそこらの美しさじゃない。
 儚げで、でも笑顔が優しくて、黒い瞳に銀色の虹彩が輝く瞳は、凄く深く澄んでいて・・・どう言葉にしたら良いんだろう?
 ・・・天使?・・・そう天使が居たらきっとこんな人だ。

 でも・・・こんな小さくて儚げな人が、閣下と結ばれる?

 大丈夫なの?
 壊れちゃうんじゃないの?

 心配になってローガンさんに話すと「心配しなくとも、番はちゃんと、お互いを受け入れられるように出来ている、と言いますよ?私達は、お二人が、つつがなく、お健やかに過ごせるように、お手伝いする事が大事なのです」
 と諭されました。

 やっぱりベテランの侍従は、言うことに含蓄があるなぁ。
 僕もいつかローガンさんみたいに、落ち着いた、かっこいい侍従になれるかなぁ?

 皇宮の上級侍従のラドクリフとは大違いだ。

 僕はこの、ラドクリフという人が嫌いだ。
 お父上が皇宮の侍従長補佐だからって、偉そうだし、優しいレン様にもなんか冷たいし。
 レン様に冷たく出来るなんて、信じられないよ。

 ローガンさんは、皇宮のルールとか、基本的なことを覚えるまでの我慢だって言うけど。
 これじゃレン様が可哀想だ。

 レン様のお世話の内容だって、僕達が閣下から受けていた指示と全然違う。
 これにはローガンさんも、ピリピリしてるみたいだし。
 僕も、レン様のために目を光らせなくちゃ。

 レン様のお世話をするようになって、僕は始めて皇帝陛下にお目に掛かったけど、皇帝陛下もレン様を大切にされて居るようで、たまにお茶の時間を、レン様のお部屋で過ごされる事もある。

 人払いはされて居るけど、勿論部屋の扉は開けたままだ、閣下に対してやましいことなんて何もないし、陛下は僕達にも、愛し子によく仕えるように。って声を掛けて下さった。
 この国で一番偉い方だけど、優しそうな人で良かったなって思う。

 レン様は、ご入浴もお着替えも1人でなさるから、僕達は配膳と掃除と洗濯物の管理くらいしかやることが無い。
 綺麗な黒髪のお手入れは、閣下が嫌がるからって理由で出来ないし・・・。
 でも僕達が何かして差し上げると、レン様は、優しく“ありがとう”って言ってくださるんだ。

 異界からいらしたレン様は、文字を読むことは出来るけど、書くことは出来なくて。
 それでも一生懸命書く練習をされて居る。
 こちらの世界に慣れようと、努力されているんだ。

 それなのに、ラドクリフは、掃除や洗濯は、下級侍従か下男のやることだって言って、やろうともしない。
 ほんと。いる意味あるの?って言ってやりたいよ。

 閣下の指示でもあったけど、レン様は本当に少食で、不安になるくらいだ。
 だから、午後のお茶の時間には、果物を一緒にお出しするように、閣下から言われているのに、僕達が気付かないと、ラドクリフはお茶しか出さない。
 
 それに皇宮の決まり事だって、教えたくないのか、何なのか知らないけど、まともに答えてくれないから、他の人に教えてもらってるんだけど。
 
 この人本当に上級侍従なのかな?
 仕事も覚えられない、馬鹿なのかな?

 そうこうして居る内に、レン様がお食事を摂ることが出来なくなってしまった。
 ご本人は「多分ストレスだと思うから、気にしないで」って言うけど、気にしないなんて無理だ、心配だよ。

 ストレスって言うのが何なのか分からなくて、レン様に聞いたら、精神的に疲れた時に、体に不調が出ることだって、教えてくれた。

 ローガンさんと、レン様は異界から招来されたばかりだし、番の閣下が居なくて寂しいのかな?って話したけど、やっぱりそれだけじゃ無いと思う。

 それは、ローガンさんも同じだったみたいで、毎日レン様とお話に来る、治癒師のパフォス様とローガンさんが、ラドクリフの目を盗んで相談していたけど、2人とも眉間に皺が寄った険しい顔をしていた。

 パフォス様も、レン様が食べられなくなっていることを、始めて知ったみたいで、なんの報告もしないラドクリフに、大変お怒りのご様子だった。

 その翌日、僕はラドクリフが、レン様に何をしたのか知ることになった。

 ローガンさんに言われて、僕は他に用事があるフリをして、レン様のお食事の配膳を、ラドクリフにやらせるように仕向けた。
 まぁ、普段から配膳だけは自分でやりたがってたから、疑われたりしなかったけどね。

 そしてお食事を下げる時に、こっそりパフォス様に、レン様が残したお食事を届けたんだ。
 パフォス様は一皿々を順に調べて、僕に食べてみろと仰った。

「グッウエェ」
 恐る恐る口にしたそれは、とても人が食べられるようなものじゃ無かった。
 僕は口の中の物を慌てて吐き出して、何度も水で口を濯いだけれど、それでも唇がしおしおするぐらいしょっぱかった。

 他の皿も確認してみたけど、甘すぎたり、
酸っぱかったり、それは酷い物だった。

「こんな物を、今までレン様にお出ししていたなんて」

 僕は侍従失格だ、お仕えする方の為に、毒味をちゃんとするべきだったんだ。


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