86 / 491
アレクサンドル・クロムウェル
帰還とお引越し / 帰還
しおりを挟む
視界が歪み、身の内外が引っ掻き回される強い感覚に強く目を瞑った。
やがて地に足のついた感覚と、懐かしい花の香りが鼻腔を擽り、俺はゆっくり瞼を開いた。
目に映ったのは、ティーテーブルに肘をつき、物思いに耽る愛しい番の横顔だった。
本当に帰ってきた。
寂寞たる岩山から、ほんの一瞬で帰って来れた。
「レン?」
「?」
窓の外に向けられていた瞳が、俺を振り返り驚きに見開かれていく。
「レン。戻った」
「アレクさん?!」
弾かれたように駆け寄ってくる、番に俺も大股で近寄り、腕の中に小さな体を抱き留めて、旋毛に口付けを落とした。
レンの香りだ。
本当に帰って来たんだ。
「レン。会いたかった。顔を見せて?」
素直に顔を上げたレンが、スン、と鼻を鳴らして、眉を顰めた。
「ん?・・・焦げ臭い?」
と、俺の腹に手をついて、ガバッと身を離したレンが、俺の体中をペタペタと触り始めた。
「どうした?」
「怪我・怪我は?・・あっ!袖が焦げてます!・・・火傷は?やだっ!こっちも穴が開いてる!マントボロボロ?どうしよう!ローガンさ~ん!!」
「落ち着け。レン、俺は大丈夫だから。なっ?」
「レン様っ!どうしま・・・閣下?」
「あれ?閣下?なんで?」
「あっ!ローガンさん、セルジュさん。どうしよう。アレクさん、ボロボロです!」
「いや、あの、だからな?」
「薬?薬持って来て!・・・それよりパフォスさん呼んで下さい!」
「・・・レン様。落ち着いて。閣下はご無事ですよ?」
「無事じゃ無いです!こげこげのボロボロです!!・・やっぱり私が治癒魔法で・・・」
白く輝き出した小さな手をとり、手の平に口付けた。
「レン?俺はなんともないぞ?大丈夫だから」
なっ?と、柔らかな頬を両手で挟んで、顔を覗き込むと、黒曜石の瞳から、大粒の涙がポロリと溢れた。
「・・・・怪我してない?」
「してない。俺は頑丈だからな」
「・・・びっくりした~!」
レンは俺の腹に抱きつくと、声をあげて泣き出してしまった。
ローガン達は、そんなレンに微笑ましそうな視線をむけ、「お茶と、閣下の着替えを用意いたします」と、静かに部屋から出ていった。
エグエグとしゃくあげるレンを抱き上げ、首筋の婚約紋に顔を埋めると、レンと俺の匂いが混ざった独特な香りに、この可愛らしい人が自分のものなのだと、安心することが出来た。
「目が腫れてしまうから、擦ったらダメだぞ」
と溢れる涙を唇で吸い取り、頬の涙を舐めとると、レンは擽ったいような、恥ずかしがっているような、だが、嬉しがっているような、なんとも複雑な顔になった。
「どうして、俺が怪我をしていると思ったんだ?」
「・・・服が焦げて、ボロボロだったし、スクロールを渡すときに、怪我したり危険なときに使って下さいって・・・・」
「あ~。そうだったな」
緊急避難用に渡された“すくろーる”を、レン会いたさに使ってしまったからな。
これは、誤解されても仕方がない。
「驚かせてすまなかった。討伐が済んで、一刻も早くレンに会いたくな」
「・・・みんなを置いて来ちゃたんですか?」
「いや、まぁ、そうだが。マークも居るし、俺も頑張ったんだぞ?」
「アレクさんが乗ってた恐竜も?」
「きょうりゅう?・・・・エンラの事か?」
「エンラって言うだ。・・・後でみんなに謝らなきゃ駄目ですよ?」
「ああ。そうだな」
「・・・お帰りなさい。無事でよかった」
「ただいま」
愛しい。
涙で潤んだ瞳も
泣いて紅くなった目元も。
全てが愛しい。
こんなに愛しくて。
俺はどうしたらいいんだ。
「んっ・・・んん」
今は、レンを感じたい。
唇を喰み、甘い舌を味わって・・・。
熱い吐息を感じたい。
コンコン。
「閣下。レン様。宜しいでしょうか?」
ローガンめ。邪魔するなよ。
「んっうう~」
ローガンの訪いを聞いたレンが、俺の胸をポカポカ叩いてくる。
侍従なんて、幾らでも待たせれば良いのに。
「んんん・・・んちゅっ・・」
「もうちょっと」
「ダメ・・おあずけ」
久しぶりの“おあずけ”だな。
舌打ちを飲み込んで、今は我慢することにした。こういう時我を通すと、また床に転がされそうだからな。
「ローガンさん、どうぞ入って?」
ローガンは、膝の上にレンを抱える俺を見て、ギョッとした顔になったが、目を伏せて穏やかな笑みを浮かべて見せた。
流石ベテラン侍従だ。
「閣下のお召替えです。先にご入浴されて下さい。レン様のお世話は、私にお任せを」
「む?」
「閣下そのままでは、レン様のお衣装を汚してしまいます」
たしかにローガンのいう言う通りだ。
戦闘直後で、焦げだらけで埃まみれだ。
体の方も、洗浄魔法を使っていたとは言え、遠征中は川で汗を流す程度で、マトモに風呂に入っていなかった。
「入浴はセルジュがお手伝いいたします」
「いや。1人でいい」
「閣下もお疲れでしょう?本日はセルジュにお任せください」
「さあ、閣下しっかり磨いて、レン様にかっこいいお姿を、お見せしましょうね」
「あっ?おい」
俺は半ば強引に、風呂に押し込まれてしまった。
「ゆっくりして下さいね」
と言うレンは、ローガンがいそいそと冷やしタオルを目に乗せて、慣れたように世話をされている。
それも俺がやりたかったのに。
ローガン達は気の利く使用人だが、俺の楽しみは取っておいて欲しい。
やがて地に足のついた感覚と、懐かしい花の香りが鼻腔を擽り、俺はゆっくり瞼を開いた。
目に映ったのは、ティーテーブルに肘をつき、物思いに耽る愛しい番の横顔だった。
本当に帰ってきた。
寂寞たる岩山から、ほんの一瞬で帰って来れた。
「レン?」
「?」
窓の外に向けられていた瞳が、俺を振り返り驚きに見開かれていく。
「レン。戻った」
「アレクさん?!」
弾かれたように駆け寄ってくる、番に俺も大股で近寄り、腕の中に小さな体を抱き留めて、旋毛に口付けを落とした。
レンの香りだ。
本当に帰って来たんだ。
「レン。会いたかった。顔を見せて?」
素直に顔を上げたレンが、スン、と鼻を鳴らして、眉を顰めた。
「ん?・・・焦げ臭い?」
と、俺の腹に手をついて、ガバッと身を離したレンが、俺の体中をペタペタと触り始めた。
「どうした?」
「怪我・怪我は?・・あっ!袖が焦げてます!・・・火傷は?やだっ!こっちも穴が開いてる!マントボロボロ?どうしよう!ローガンさ~ん!!」
「落ち着け。レン、俺は大丈夫だから。なっ?」
「レン様っ!どうしま・・・閣下?」
「あれ?閣下?なんで?」
「あっ!ローガンさん、セルジュさん。どうしよう。アレクさん、ボロボロです!」
「いや、あの、だからな?」
「薬?薬持って来て!・・・それよりパフォスさん呼んで下さい!」
「・・・レン様。落ち着いて。閣下はご無事ですよ?」
「無事じゃ無いです!こげこげのボロボロです!!・・やっぱり私が治癒魔法で・・・」
白く輝き出した小さな手をとり、手の平に口付けた。
「レン?俺はなんともないぞ?大丈夫だから」
なっ?と、柔らかな頬を両手で挟んで、顔を覗き込むと、黒曜石の瞳から、大粒の涙がポロリと溢れた。
「・・・・怪我してない?」
「してない。俺は頑丈だからな」
「・・・びっくりした~!」
レンは俺の腹に抱きつくと、声をあげて泣き出してしまった。
ローガン達は、そんなレンに微笑ましそうな視線をむけ、「お茶と、閣下の着替えを用意いたします」と、静かに部屋から出ていった。
エグエグとしゃくあげるレンを抱き上げ、首筋の婚約紋に顔を埋めると、レンと俺の匂いが混ざった独特な香りに、この可愛らしい人が自分のものなのだと、安心することが出来た。
「目が腫れてしまうから、擦ったらダメだぞ」
と溢れる涙を唇で吸い取り、頬の涙を舐めとると、レンは擽ったいような、恥ずかしがっているような、だが、嬉しがっているような、なんとも複雑な顔になった。
「どうして、俺が怪我をしていると思ったんだ?」
「・・・服が焦げて、ボロボロだったし、スクロールを渡すときに、怪我したり危険なときに使って下さいって・・・・」
「あ~。そうだったな」
緊急避難用に渡された“すくろーる”を、レン会いたさに使ってしまったからな。
これは、誤解されても仕方がない。
「驚かせてすまなかった。討伐が済んで、一刻も早くレンに会いたくな」
「・・・みんなを置いて来ちゃたんですか?」
「いや、まぁ、そうだが。マークも居るし、俺も頑張ったんだぞ?」
「アレクさんが乗ってた恐竜も?」
「きょうりゅう?・・・・エンラの事か?」
「エンラって言うだ。・・・後でみんなに謝らなきゃ駄目ですよ?」
「ああ。そうだな」
「・・・お帰りなさい。無事でよかった」
「ただいま」
愛しい。
涙で潤んだ瞳も
泣いて紅くなった目元も。
全てが愛しい。
こんなに愛しくて。
俺はどうしたらいいんだ。
「んっ・・・んん」
今は、レンを感じたい。
唇を喰み、甘い舌を味わって・・・。
熱い吐息を感じたい。
コンコン。
「閣下。レン様。宜しいでしょうか?」
ローガンめ。邪魔するなよ。
「んっうう~」
ローガンの訪いを聞いたレンが、俺の胸をポカポカ叩いてくる。
侍従なんて、幾らでも待たせれば良いのに。
「んんん・・・んちゅっ・・」
「もうちょっと」
「ダメ・・おあずけ」
久しぶりの“おあずけ”だな。
舌打ちを飲み込んで、今は我慢することにした。こういう時我を通すと、また床に転がされそうだからな。
「ローガンさん、どうぞ入って?」
ローガンは、膝の上にレンを抱える俺を見て、ギョッとした顔になったが、目を伏せて穏やかな笑みを浮かべて見せた。
流石ベテラン侍従だ。
「閣下のお召替えです。先にご入浴されて下さい。レン様のお世話は、私にお任せを」
「む?」
「閣下そのままでは、レン様のお衣装を汚してしまいます」
たしかにローガンのいう言う通りだ。
戦闘直後で、焦げだらけで埃まみれだ。
体の方も、洗浄魔法を使っていたとは言え、遠征中は川で汗を流す程度で、マトモに風呂に入っていなかった。
「入浴はセルジュがお手伝いいたします」
「いや。1人でいい」
「閣下もお疲れでしょう?本日はセルジュにお任せください」
「さあ、閣下しっかり磨いて、レン様にかっこいいお姿を、お見せしましょうね」
「あっ?おい」
俺は半ば強引に、風呂に押し込まれてしまった。
「ゆっくりして下さいね」
と言うレンは、ローガンがいそいそと冷やしタオルを目に乗せて、慣れたように世話をされている。
それも俺がやりたかったのに。
ローガン達は気の利く使用人だが、俺の楽しみは取っておいて欲しい。
73
お気に入りに追加
1,297
あなたにおすすめの小説
迷い込んだ先で獣人公爵の愛玩動物になりました(R18)
るーろ
恋愛
気がついたら知らない場所にた早川なつほ。異世界人として捕えられ愛玩動物として売られるところを公爵家のエレナ・メルストに買われた。
エレナは兄であるノアへのプレゼンとして_
発情/甘々?/若干無理矢理/
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【R18】転生したら異酒屋でイキ放題されるなんて聞いてません!
梅乃なごみ
恋愛
限界社畜・ヒマリは焼き鳥を喉に詰まらせ窒息し、異世界へ転生した。
13代目の聖女? 運命の王太子?
そんなことより生ビールが飲めず死んでしまったことのほうが重要だ。
王宮へ召喚?
いいえ、飲み屋街へ直行し早速居酒屋で生ビールを……え?
即求婚&クンニってどういうことですか?
えっちメイン。ふんわり設定。さくっと読めます。
🍺全5話 完結投稿予約済🍺
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
淫らなお姫様とイケメン騎士達のエロスな夜伽物語
瀬能なつ
恋愛
17才になった皇女サーシャは、国のしきたりに従い、6人の騎士たちを従えて、遥か彼方の霊峰へと旅立ちます。
長い道中、姫を警護する騎士たちの体力を回復する方法は、ズバリ、キスとH!
途中、魔物に襲われたり、姫の寵愛を競い合う騎士たちの様々な恋の駆け引きもあったりと、お姫様の旅はなかなか困難なのです?!
クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった
山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』
色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。
◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる