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アレクサンドル・クロムウェル

ミーネの森1

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 宿の食堂で夕食をとっていると、村長が挨拶がしたいと訪れた。
 アガスの話す信託の内容はは曖昧な部分が多く、改めて確認が必要であったし、短期間の予定だが、騎士を駐留させるための擦り合わせも必要だ。
 村長を食堂に通し、そのまま話し合う事にした。

 丁寧な挨拶をする村長に、呼びつけた詫びを入れると「とんでもない」とかえって恐縮させてしまった。

 突然俺達が押しかけた事に村は大騒ぎとなっていたが、気の良さそうな村長はいたって落ち着いた様子だ。

「では、騎士の皆様は宿は必要ないんで?」
 と少し驚いた様子だが、宿はアガスが追い付いてきたら利用するだろう。
 追いかける度胸があれば、の話だが。

 それに俺達は人数自体は多いが、その殆どが森に入る予定だ。
 万が一、期間が長引いたとしても、補給の中継地としての利用がメインになる。
 であれば、村の近くに幕舎を建てれば事足りる。

 負傷者や病人が出た場合、村の診療所か何処かの部屋を借りる可能性はあるが、基本的に飲み水の確保以外で村人の生活の邪魔をするつもりはない。

 その事を伝えると、村長は何処かホッとした様子で頭を下げた。
「ご配慮いただいてぇ、ありがとうございます」
「では、本題に入りたいのだが」
 へぇと村長が頷いた。

「先日皇都の神殿から、森にある古い神殿についての問い合わせがあったと思う。その事について改めて話が聞きたい」
 そう言うと村長は異彩承知とばかりに大きく頷き、伴ってきた老爺を手招いた。

「この爺様はピートと言いましてぇ、森の神殿について知ってるのは、この爺様だけなんですわぁ」
「そうか」

 村長は俺達の訪問も、神殿との遣り取りに関係あるだろうと当たりをつけ、アガスの話に出てきた老爺を連れてきたのだそうだ。
 何処であっても勘働きの良い人間の存在は有難いものだ。

「爺様、こちら皇都のお偉い騎士団の団長様だよ。森の神殿とヴィンター家の事を話して差し上げてくれ?」
 ピートと呼ばれた老爺は、ひょこりと頭を下げ、歯抜けの息の漏れた声で笑った。
「フォフォッ。今度は騎士様かぁ。4.5日前に、神官様に話したのとおんなじ話でええですか?」
 4.5日?信託が降りてすぐに魔通信で話しただけではないのか?
「ご老人、神官がこの村に来たのか?」
「へぇ 神殿の話を聞かせてくれちゅうて、わざわざ儂の家まで、神官様が訪ねて来られてぇ」
「なるほど?」
 知っていたか?と村長に目で問うと、逆に知らなかったのか?という顔をされた。

 村長によると、神官達は3名で村を訪れ、俺達と同じ様に森の神殿について話を聞くと、旅装を解く事もなく、早々に森に向かったのだと言う。

 訝しむ俺に不穏なものを感じたのか、村長の顔が強張った。
「それで神官達は今どこに?」
 和かな笑みを浮かべたマークが、話を引き継いだ。
「ご存じないんで?」
 警戒の色を見せる村長に、マークは笑みを深めて答えた。
「いえ、私達が早く着きすぎてしまって、皇都からの連絡を受け取れてないんですよ」
「あぁ」と村長は手を打って納得した様だ。
「神官様達も随分お急ぎでしたからぁ」
「そうでしょう?」

 ここでマークが声を顰めて「ここだけの話なんですが、今回の件は皇帝陛下のご命令でして」
 分かるでしょう?と小首を傾げて見せると、村長はご苦労様な事で、と呟き「確かにミーネの森は皇領ですからぁ。お許しがないと入れませんなぁ」と頷いた。

 ミーネの森一帯は、たしか600何十年か前にネサルという王弟が、大公の位とこの一帯の土地を拝領したが、この大公位は一代爵位だった為、ネサルの没後領地は返還され、王家預かりとなった。
 その後この領地は、いくつかの貴族に小分けで下賜されたが、森だけは手付かずのまま、誰が管理する訳でもなく今も捨て置かれている状態だったか? 

 地理の座学でこの話を聞いた時は、時代は違っても、似た様な立場の人間はいるものだ、と考えた事を思い出した。

「それで、神官達は村に戻っていないのですね?」
マークが人好きのする笑顔で話を促した。
「へぇ、大層お急ぎなご様子でしたがぁ、森で野宿は危険ですからぁ、宿の部屋をどうするかぁ聞いたんですわぁ。ですが神官様は、調べが済んだらそのまま皇都に帰ると仰ってぇ」
「なるほど、やはり私達と行き違ってしまったようですね」とマークは話を締め括った。

 綺麗な笑顔で相手の警戒心を解いて、好きなだけ話を引き出すことは、マークの得意とするところだ。
 これが俺だと、さっきの村長の様に恐れられるか、警戒されるばかりで、こう簡単に話しを引き出す事は出来ない。

 立場的には、恐れられることを喜ぶべきなんだろうが、何とも複雑な気分だ。
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