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第二十六話 ある意味天賦の才

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 客が引き、舞台袖でぐったりとしゃがみ込む寿三郎にてんとうが声をかけてきた。

「やることようけあるんやから、そんなところに座ってんと手伝ぉてよ」
「……お前ら、よくこんなこと毎日続けてられるな……」
「仕事やし?」
「裏方の方がましだ……。役者はどっと疲れが押し寄せてくる……」
「せやけど寿三郎おもろかったで! あのど素人っぷりが笑いをさそて、ある意味天賦の才やんジブン!」
「いらん、そんな才……」

 そんなやりとりをしていると、外から天道が戻ってきた。

「大成功や! 大成功ーっ!」
「座長! 今日めっちゃおもろかったで!」
「せやろ!? この演目は間違いないわ! これをもっと固めていって、笑いあり、涙あり、軽業剣技あり、うまいかんとだきに、どえらいべっぴんさん……連日満員御礼間違いなしや!」

 てんとうと一緒に大喜びする天道を側から眺め、寿三郎はげっそりとやつれた様子でため息をつく。

「おい……あまり浮かれるようならば、俺はおりるぞ」
「あかーん!! それだけは堪忍して!! めちゃくちゃ真面目に稽古しとったやろー!?」

 寿三郎としてはある程度身を守れるだけの動きを叩き込むつもりではあったので、今の発言は『釘を打つ』程度のものだ。

「今日吉祥を連れて帰ったら、長屋で稽古をつけさせる。天道殿も合間を見て身のこなしをおさらいしておくように」
「はーい」
「返事は歯切れよく……!」
「はいっ! 承知仕りましてぇーございます!」

 全く調子の良い……と内心で愚痴をたらした寿三郎だが、あまり悠長なことを言っていられない。早めに長屋へ戻らねば、また日がくれて寝に入るまでが面倒になってしまう。

「吉祥が戻り次第、長次を連れて長屋に戻る。昨日は暗くて飯を食うのも大変だった。今日は早めに帰らせてもらうぞ」
「ああ、せやな。そうしてもろて。明日剣術の稽古つけてもらいたいから、ちょっと早めに来てもらうと助かるわー」

 天道は快く頷いてくれたが、おそらく暗くなれば例の一味に襲われやすくなると考えたのだろう。いつもへらへら笑っているが気の回る男である。


 昨日より早く本所に戻れはしたが、陽は屋根の向こうに落ちてきており、周囲は黄昏を越えて暗くなってきていた。道を歩きつつ、今日の芝居の感想を笑いながら談話している長次と吉祥の後ろから、黙々とついてきていた寿三郎が唐突に顔を上げる。

「はっ! 布団!」
「ああ、そういやそうやった」
「損料屋が閉まる前に借りてこなくては!」
「急げばまだ間に合いますよ!」
「何や寂しいな。今日も一緒に寝てええけど、俺?」
「ふざけんな! 俺の布団全部取るだろが貴様は!」
「だははは!」

 吉祥は悪戯めかして笑っていたが置いていくわけにも行かず、急いで長屋近くの損料屋にいかねばと、その手を引いて街道を走り出す。
 無事布団を借りた帰り、それを持たされている吉祥が愚痴をこぼした。

「湯、浴びたいわー」
「ああ、近くに銭湯ありますよ。寄っていきますか?」
「だめだ。刀を持ち込めない場所に吉祥を連れて行くことはできん」

 長次は理由が分からずきょとんしていたが、寿三郎は訳を話さずに口をつぐむ。

「とにかく、だめだ。井戸で身体を洗え」
「井戸水ひやこいねんもん-」
「冬でもなし、がまんしろ」
「あれもだめこれもだめ、侍はみんなそうか?」

 むくれ面をする吉祥に長次は微笑む。

「寿三郎様は硬派な方なのです。お役目につけず仕事を探しているお侍様の中で、このように身を制して生活しておられる方も少ないかと思いますよ。今日も剣技を拝見して感服いたしました」

 お役目がない侍はこの時代珍しいものではない。長次に褒められはしたが、役目に就きたい寿三郎は素直に喜べずといった面持ちだ。
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