べらぼう旅一座 ~道頓堀てんとうむし江戸下り~

荒雲ニンザ

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第十七話 大家に頼み込む

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 もうすぐ日が沈む頃、ようやく本所の長屋に辿り着いた寿三郎は、背に寝こけた長次を背負い、横に吉祥を連れて表長屋の前までやって来た。
 通りに面した表店の一画に瀬戸物屋がある。ここに長屋の大家が商いをして住んでいた。

「大家に、お主を泊める算段をしてこなくてはならん。怪しい動きをするんじゃないぞ、少しでもおかしなところがあったら話が通らなくなる」
「旅回りの一座なんて怪しすぎるやろ。どないすんねん」
「む……ううむ……。まあ実際、言えないことの方が多いが……。旅回りくらいなら何とかなるだろう……」
「女のふりしてやろうか? 話が通りやすくなるんちゃう?」
「駄目だ。大家に嘘を言ったら後が面倒くさくなる。泊まりたかったら俺の言う通りにして、大人しくしてろ、いいな?」
「へえへえ……」

 店の中に入っていくと、奥に大家の清八が座っていた。

「御免」
「いらっしゃい……おお、寿三郎様。どうなさいました?」
「ああ……こいつを俺の部屋に泊めたいと思って、話をつけにきた」
「そちら様は?」

 大家が寿三郎の背後に隠れて立つ吉祥を覗き込む。吉祥は内心で、どの顔が妥当か考えている最中であった。その前に、大家は寿三郎の背中で寝ている長次に目がとまる。

「あれ、長次。どうして寿三郎さんの背中で寝てるんでしょう?」
「正太郎が寝込んでいるのは知ってるか?」
「ええ、勿論でございます。店子は我が子同然。何があったかきちんと見ておりますよ」
「うむ……それで、親の稼ぎを何とかしてやろうと長次が働き出してな」
「なんと……それは健気な……」
「だが長次はこの通りこの体格だ、まだ普通の仕事をするのは難しかろうと案じていた時、丁度俺の知り合いで働き手を探してる奴がいて……」

 そこまで話を聞いていた吉祥の顔がにやける。作るべき顔が定まったらしい。その顔のまま寿三郎の後ろから会釈しながら姿を現し、大家に挨拶をする。

「どうも。吉祥と申します。事情を聞いて、お二方を雇わせてもらいました」
「ああ、なるほど。大家の清八と申します」

 吉祥は情け深い堺の商人の顔を作り上げると、したたかに笑みを作る。呆れた寿三郎がそれを横目に微妙な顔をしていたが、ここは何としても吉祥を自分の部屋に泊めなくてはならず、その役作りにのってやる。

「道頓堀から巡業で江戸にきた旅回りの一座なんだが……あー……事情があってだな、えー……」
「おおー、道頓堀の! 江戸の両国、堺の道頓堀、芝居は有名処ですね!」
「あー……そ、そうなんだ、が……」

 嘘を言えない寿三郎は、何とか言葉を選んで話を続けようとしているが、不得手なことはするものではない。ここは吉祥が前に出る。寿三郎を押しやり、これでもかというほど情深い顔をして言った。

「父親のために今日の仕事を無理しすぎたのやろうと思います。仕事が終った途端、安心したのか掛け小屋で寝てしまいまして。こちらももう少し気ぃかけたるべきやったと、責任を感じてしまいましてな。せめて今晩、寝込んどる父親の世話をしたろと思って、こちらに足を向けた次第でございます」

 大家は感銘を受けた様子で頷いた。

「ああー……それはそれは殊勝なことで……」

 寿三郎は顔に心の内が出てきてしまいそうで下を向いていたが、大家に呼ばれて顔を上げた。

「寿三郎様、吉祥様とは長いお付き合いで?」
「んっ!? あー……まあ、うん。そうだな……」

 昨日会ったばかりだが、そこらの奴より濃厚な付合いをしているのは確かだ。薄めれば十年分くらいはあるだろうとし、嘘はついていないと自分を誤魔化して頷く。
 大家の清八は気の優しい男だ、こんな話をされれば情がわいてしまう。

「分かりました。事情が事情ですからな、他の者にはそのように伝えておきましょう。まあ大丈夫かとは思いますが、ご承知の通り長屋でもめ事を起こせば連帯責任。以後ここに住めなくなりますので、くれぐれもそこを肝に銘じて頂き、お泊まりくださいますよう」
「ありがとうございます」

 白々しく頭を下げる吉祥の横で、どっと疲れが増した寿三郎がおぶっている長次をずり落としそうになる。兎にも角にも、今夜はこれで吉祥は無事裏長屋に泊まることができる。

 問題は、吉祥が問題を起こさずにいても、あの三人組の男達がどう出るか分からないということだ。長屋は筒抜け、とてもじゃないが吉祥に事情を聞くことはできない。それを分かっていたので、あの時天道に何も言い返さずに大人しく従ったのだろうと寿三郎は気がつき、この男は本当に食えない奴だと顔を歪めた。
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