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第11話 デコイのメッセージ

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 やっとの思いで病院内に辿り着いたアメリアは、小脇に抱えた本を逆の手に渡してから、倒れた仲間のいる病室のドアを開けた。顔を見るなり、中にいた3人の老人が彼女の名を叫ぶ。

「アメリア!!」
「よかった!! 無事だったのね……!!」

 真っ先に抱きかかえたのは、ミアだ。

「生きた心地がしなかったわ……ずっとクソジジイを叱り飛ばしていて喉が嗄れそうよ、もう……」

 ホッとしたしのか、アメリアから笑い声が漏れる。

「ごめんね、心配かけて」

 ミアの肩越しに、気疲れでクタクタになっているイライジャが見えた。

「無事に戻ってきてくれればそれでいいのですよ。悪いのは全部イーサンなのですから」
「何でだよ。仕方ねぇだろが、あの状況で動けるのはこのヒヨッコしかいなかったんだからよ」

 ミアがイーサンの耳を引っ張る。

「一晩待てば治療が効いて、わたくしたちは動けましたのよ!? それなのに、アメリア一人に危険なマネをさせるだなんて……!」
「いでででで……! もうそれは何十回も聞かされたっつの!! ボケてんのか」
「おだまりなさい!!」

 ゴムのようにのびる耳たぶを取り戻し、イーサンがアメリアに向き直る。

「で、収穫は?」
「アナタ、まずはアメリアに謝りなさいよ!!」
「うるせぇな!! 緊急事態だろ!!」

 アメリアは喧々囂々な二人の間に割って入り、おとぎ話の書いてある本を前へ出した。イーサンはそのタイトルを目で追う。

Schrodinger's Warシュレーディンガーの戦い……」
「クロウマークスワイバーンに王国の騎士たちが集まってるって。それ以上はあの料金だと聞けなかったみたい……」
「この本をデコイが渡してきたのか」

 アメリアは頷く。

「どう思う、イライジャ」

 イーサンの問いかけに、イライジャは表情を曇らせた。

「正直……この本を手渡されたことに驚いていますよ……」

 イライジャは眼鏡の奥に見えるアイスブルーの瞳をアメリアに向け、静かに聞いた。

「アメリア、どなたか貴女を手助けしてくれた方がいるのでは?」
「え? う、うん。町の男の子が……あと、中立区ってトコにある、酒場の女将さん。何で分かったの?」

 それを聞き、ミアが口に手を当てて驚いた様子を見せた。やはり、とイライジャが少し言葉を選ぶ。

「アメリア、いいですか。貴女が持って帰ってきた情報は、あの袋1つ程度の金額では買えないものです」

 アメリアは言われている意味が分からず、考えながら首を傾げた。

「この本は、かつての大戦が書き記されたおとぎ草子。ドラゴンの死骸があったポイントをデコイは伝えている。そんな世界を振るわせる重要な情報を、あの袋一つで買えるはずがありません。どなたかが、差額を支払って下さったはずです」

「えっ!?」

 イーサンは窓から病院の外を覗き、斜め向かいの店で乱闘が起きているのを見ながら言った。

「おぇ、外で何やってきた?」
「そ、それが、さっぱり分からなくて……。何でか、町のゴロツキどもに目をつけられて、追いかけ回されてたの。それをルーカスっていう男の子が助けてくれたんだけど……」
「カタギのガキじゃねぇな?」
「うん……スカラッティとかいう方の一味にいる子」
「そいつに頼んでデコイに接触してもらったってわけか」
「ま、マズかった……?」
「いや?」

 叱られると思ったアメリアは、イーサンの意外な態度に少し拍子抜けした様子で首を傾げた。ミアが微笑んで彼女の背を軽く叩く。

「なあに? そんな不思議そうな顔をして。彼を選んだのはアナタでしょう?」
「そうだけど……ゴロツキ相手に、情報を漏らしたらダメだったんじゃない?」

 イライジャが微笑みながら、その彼女に本を手渡す。

「デコイが情報を彼に伝えず、この本を手渡したのが答えなのですよ」
「どういうこと……?」

 イーサンが椅子から立ち上がった。

「おい、そいつはオレたちに、ここから早く逃げろって言ってただろ」
「うん。どっちかの勢力に捕まる前に、早く南にある漁村に向かえって。そこから船を出してもらって、少しずつ進めって言ってた」

 ミアが『大変』と言い、床に散らばった荷物をまとめ始める。イライジャも椅子からケープを拾い上げて杖を手に取り、旅支度を始めていた。

「み、みんな動いて平気なの?」
「ほら、おぇも支度しろ。すぐ出るぞ」
「ねえ、どういうことなの? どうしてデコイは彼に本を渡してきたの?」

 イーサンがアメリアの荷物を彼女に向かって放り投げ、言った。

「そのガキんちょが、イイヤツだったからだよ」

 窓の外から、相変わらず乱闘騒ぎが聞こえてくるのを、アメリアは呆然と耳にしていた。


 店の窓から椅子が投げられ、尻餅をつくルーカスを通り越した先で大破するのを目で追い、スカラッティ一家のヴェスパジアーノが黒い帽子を整え直した。

「ルーカス……またお前か。こんな所で何油売ってやがる」

 ルーカスは上目遣いで相手の様子を窺いながら立ち上がり、少し口元に作り笑いをつけながら答える。

「いや、ダンナ、いい所に! 中でゴンザレスの奴らとウチの連中がやりあってて……!」
「お前はここで何してんだよ」
「あー……、だって、ほら、僕が入ってもどうにもできないから……」

 後ろに控えていた舎弟二人が身を乗り出そうとするのを、ヴェスパジアーノが止めた。
 ルーカスの腰に巻かれた白いスカーフの裾に、赤いケチャップの染みが広がっているのを見ながら、大男は口を開く。

「お前、そのスカーフ、ボスから貰ったやつじゃねえのか」
「そうなんですよ! ひどいでしょ!? あいつらのせいでケチャップだらけ!!」
「ああ、血じゃねえのか」

 ヴェスパジアーノが帽子の隙間から指で頭を掻いているだけなのに、ルーカスは背筋に冷や汗が伝っていくのを感じている。
 大きなヴェスパジアーノは、細くて小柄なルーカスを上から見下ろして言った。

「お前、何か今日、身軽だな」
「え? そうですか? いつもと変わりませんが……」
「ナイフどうした。いつも腰につけてたろ」

 デコイに情報料として渡した、あのナイフのことだ。ヴェスパジアーノはスカラッティの幹部だけあり、意外に目ざといところがある。ルーカスは平静を装い、答えた。

「ああ。あれ。いらないかなと思って、売っちゃいました。僕、槍使いなんで、果物くらいしか剥かなかったし」

 ヴェスパジアーノが『ふうん』と興味なさそうに鼻を鳴らす。

「じゃあ、指輪はどこいった?」

 まずい。

「ああ、あれ……は」

 ボスであるマテオから貰った指輪を、一家の下の者が勝手に売れるはずもない。売ったところで、町の人間はそれを買わないだろうし、町ではすぐ足がついてしまう。
 上から見下ろしてくる大男の威圧に耐えきれず、ルーカスはため息を吐き出した。

「す、すみません……やっぱヴェスパジアーノのダンナには、嘘はつけないや……」
「嘘」
「実は……さっき市場でウロウロしてた時に、スられちゃって……」

 申し訳なさそうな表情で苦笑いを向けたルーカスを間近で見下ろし、ヴェスパジアーノはケチャップで赤く染まったシルクのスカーフを掌ですくう。

「スカーフは汚すわ、指輪はなくすわ……ドン・マテオが聞いたら悲しむぞ、ルーカス」
「そ、そうですよね……」
「ドンのプレゼントは、自分の命だと思えよ、ルーカス」

 チャリ、と音がして、赤く染まったシルクの上に、デコイに渡した指輪が4つ乗せられる。ルーカスが驚いて鋭く息を吸った瞬間、ヴェスパジアーノの大きな拳が彼の細い身体を殴り飛ばした。
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