つくも神と腐れオタク

荒雲ニンザ

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53 終わらないメンテナンス

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 11月第2週、火曜日。

「鈴ー! 遅刻するわよー! ご飯食べなさいー!」」

 鈴母が階下から叫んでいる声で目が覚めた。

「……え!? 今何時……」

 ベッド脇の時計を見れば7時を過ぎている。

「うわっ! マジで……!? オーウェン様の声すら聞こえないとは……!」

 慌てて起き上がり、クロゼットから学生服を引っ張り出す。着替えながらつくも神の姿を探したが、部屋には見当たらない。

「つくもまだメンテしてんの?」

 寝る間際に電源に触るなと言っていたのは覚えているが、機械オンチの鈴にはどうしていいか分からず、致し方なくこのまま出かけることになった。

「つくも! 私学校行くから、終わったら電源落としといてよ!」

 急いで階段を駆け下り、朝ご飯をタッパに詰め込んでから2つ分の弁当箱を持って玄関に向かうと、ゲッソリした慧がスマホ片手にぶつぶつ言いながら鈴を待っている姿が飛び込んで来た。

「おはよー! ごめんー寝坊しちった」
「ウハヨー……」
「どう? 進んだ……?」
「ハハハ……」

 空笑いが全てを物語っている。あと5日でどうにかなるのだろうか。
 昨日ダッシュを買いに行く余裕がなかった2人は、コンビニに近づくと遠い目をして通り過ぎる。

「帰りにダッシュ買って帰ろうねぃ……」
「でもさあ……ここでダッシュを読んでしまって……もしダンディショックみたいなことになってたら、わしら確実に落とすと思わない……?」
「ヒッ」

 その可能性も捨てきれず、2人は顔を見合わせた。
 ダンディショック再びの可能性もあるが、逆に栄養剤になる可能性もある。しかしよくよく考えれば、この衰弱しきっているところにどちらが舞い込んでもダメそうでもある。とりあえず原稿が優先なのは確かなので、買うだけ買って置いておこうという話に落ち着いた。


 帰宅。

「ただまー」

 部屋に戻った鈴だが、出かける前と同じ様子に一度首を傾げる。
 パソコンの電源は消えたまま。それを横目に鞄を机の隙間に放り込む。

「つくもまだメンテやってんの?」

 たんすから着替えを取り出し、足早に部屋を出てシャワーを浴びに行く。
 ゆっくりしている暇はないのでカラスの行水だが、汗を流して幾分さっぱりして部屋に戻ると、やはり音沙汰ないつくも神にようやく違和感を覚えた。

「つくも?」

 呼びかけるが返答はない。

「つくも、どうしちゃったの? 電源つけて平気なの?」

 ボタンに触るなと言われていたが、鈴はそっと電源ボタンを押した。
 カチリとだけ音がして、それで終わる。いつもなら騒々しい起動音が部屋中に響き渡り、そのすぐ後につくも神の青白い光が横線から書生の形をなぞっていくのに。
 鈴は呼吸を忘れるほど、胸に圧迫感を覚えた。

「つくも……つくも!」

 黒くて大きいパソコンを前に幾度もつくも神の名を呼ぶが、起動してはこない。4回電源ボタンを押してみたが、ただカチカチと音が鳴るだけだ。

「慧!!」

 窓を開ける前から親友の名前を叫び、開けてからもう一度呼ぶと、目の下に隈をつけたのんきな幼馴染みがカーテンを開けて顔を見せた。

「どうしたの鈴ちゃ?」
「つくもの電源がつかないの!」
「えっ……」

 向かいの部屋から鈴の部屋を覗き込み、黒いパソコンを目に入れる。

「ちょ……ちょ、ちょと待って、今そっち行く」

 慌てた慧は窓も閉めず、隣に建つ鈴の家へと走った。
 その間、鈴はパソコンのケーブルが抜けていないかを確認してみたが、プリンターもなければスキャナーもないPC周辺はスッキリしており、見るまでもない。

「どうしたのつくも……しっかりしてよ……」

 はたから見れば、パソコンに話しかける不思議な少女。だがその表情は、親しい友達がいなくなって怯える子供のようだ。

「鈴ちゃ!」

 慧が走り込んで横に並び、鈴とパソコンを交互に見つめる。

「昨日メンテナンスするって言って寝たの。朝になっても起きてこなくて、あれって思ったまま学校行ったんだけど……。帰ってきて呼んでもやっぱり返事なくて、何度か電源ボタン押してみたんだけど、つかないの」
「どうしたんだろう……ぱしょこんのメンテナンスってそんな時間かかるの?」
「いくら何でも一日がかりっておかしくない? それに電源ボタン押してもウンともスンとも言わないし……」

 パソコンをどうしていいのか分からないというより、つくも神がどうなっているのかが分からない不安で、2人ともその場に呆然として立ち尽くしてしまう。
 立ったままの自分にハッとした慧が鈴に言った。

「鈴ちゃのお父さん、何時に帰ってくるの?」
「いつも8時くらい……? だったと思う」
「お父さん帰ってきたら聞いてみよ?」

 そうかと思い、鈴は頷く。

「慧……原稿やんないと」
「何言ってんだよぅ、できるわけないじゃんよぅ……」

 慧は鈴の腕にしがみつき、不安そうな面持ちで身を寄せてきた。
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