53 / 97
53 終わらないメンテナンス
しおりを挟む
11月第2週、火曜日。
「鈴ー! 遅刻するわよー! ご飯食べなさいー!」」
鈴母が階下から叫んでいる声で目が覚めた。
「……え!? 今何時……」
ベッド脇の時計を見れば7時を過ぎている。
「うわっ! マジで……!? オーウェン様の声すら聞こえないとは……!」
慌てて起き上がり、クロゼットから学生服を引っ張り出す。着替えながらつくも神の姿を探したが、部屋には見当たらない。
「つくもまだメンテしてんの?」
寝る間際に電源に触るなと言っていたのは覚えているが、機械オンチの鈴にはどうしていいか分からず、致し方なくこのまま出かけることになった。
「つくも! 私学校行くから、終わったら電源落としといてよ!」
急いで階段を駆け下り、朝ご飯をタッパに詰め込んでから2つ分の弁当箱を持って玄関に向かうと、ゲッソリした慧がスマホ片手にぶつぶつ言いながら鈴を待っている姿が飛び込んで来た。
「おはよー! ごめんー寝坊しちった」
「ウハヨー……」
「どう? 進んだ……?」
「ハハハ……」
空笑いが全てを物語っている。あと5日でどうにかなるのだろうか。
昨日ダッシュを買いに行く余裕がなかった2人は、コンビニに近づくと遠い目をして通り過ぎる。
「帰りにダッシュ買って帰ろうねぃ……」
「でもさあ……ここでダッシュを読んでしまって……もしダンディショックみたいなことになってたら、わしら確実に落とすと思わない……?」
「ヒッ」
その可能性も捨てきれず、2人は顔を見合わせた。
ダンディショック再びの可能性もあるが、逆に栄養剤になる可能性もある。しかしよくよく考えれば、この衰弱しきっているところにどちらが舞い込んでもダメそうでもある。とりあえず原稿が優先なのは確かなので、買うだけ買って置いておこうという話に落ち着いた。
帰宅。
「ただまー」
部屋に戻った鈴だが、出かける前と同じ様子に一度首を傾げる。
パソコンの電源は消えたまま。それを横目に鞄を机の隙間に放り込む。
「つくもまだメンテやってんの?」
たんすから着替えを取り出し、足早に部屋を出てシャワーを浴びに行く。
ゆっくりしている暇はないのでカラスの行水だが、汗を流して幾分さっぱりして部屋に戻ると、やはり音沙汰ないつくも神にようやく違和感を覚えた。
「つくも?」
呼びかけるが返答はない。
「つくも、どうしちゃったの? 電源つけて平気なの?」
ボタンに触るなと言われていたが、鈴はそっと電源ボタンを押した。
カチリとだけ音がして、それで終わる。いつもなら騒々しい起動音が部屋中に響き渡り、そのすぐ後につくも神の青白い光が横線から書生の形をなぞっていくのに。
鈴は呼吸を忘れるほど、胸に圧迫感を覚えた。
「つくも……つくも!」
黒くて大きいパソコンを前に幾度もつくも神の名を呼ぶが、起動してはこない。4回電源ボタンを押してみたが、ただカチカチと音が鳴るだけだ。
「慧!!」
窓を開ける前から親友の名前を叫び、開けてからもう一度呼ぶと、目の下に隈をつけたのんきな幼馴染みがカーテンを開けて顔を見せた。
「どうしたの鈴ちゃ?」
「つくもの電源がつかないの!」
「えっ……」
向かいの部屋から鈴の部屋を覗き込み、黒いパソコンを目に入れる。
「ちょ……ちょ、ちょと待って、今そっち行く」
慌てた慧は窓も閉めず、隣に建つ鈴の家へと走った。
その間、鈴はパソコンのケーブルが抜けていないかを確認してみたが、プリンターもなければスキャナーもないPC周辺はスッキリしており、見るまでもない。
「どうしたのつくも……しっかりしてよ……」
はたから見れば、パソコンに話しかける不思議な少女。だがその表情は、親しい友達がいなくなって怯える子供のようだ。
「鈴ちゃ!」
慧が走り込んで横に並び、鈴とパソコンを交互に見つめる。
「昨日メンテナンスするって言って寝たの。朝になっても起きてこなくて、あれって思ったまま学校行ったんだけど……。帰ってきて呼んでもやっぱり返事なくて、何度か電源ボタン押してみたんだけど、つかないの」
「どうしたんだろう……ぱしょこんのメンテナンスってそんな時間かかるの?」
「いくら何でも一日がかりっておかしくない? それに電源ボタン押してもウンともスンとも言わないし……」
パソコンをどうしていいのか分からないというより、つくも神がどうなっているのかが分からない不安で、2人ともその場に呆然として立ち尽くしてしまう。
立ったままの自分にハッとした慧が鈴に言った。
「鈴ちゃのお父さん、何時に帰ってくるの?」
「いつも8時くらい……? だったと思う」
「お父さん帰ってきたら聞いてみよ?」
そうかと思い、鈴は頷く。
「慧……原稿やんないと」
「何言ってんだよぅ、できるわけないじゃんよぅ……」
慧は鈴の腕にしがみつき、不安そうな面持ちで身を寄せてきた。
「鈴ー! 遅刻するわよー! ご飯食べなさいー!」」
鈴母が階下から叫んでいる声で目が覚めた。
「……え!? 今何時……」
ベッド脇の時計を見れば7時を過ぎている。
「うわっ! マジで……!? オーウェン様の声すら聞こえないとは……!」
慌てて起き上がり、クロゼットから学生服を引っ張り出す。着替えながらつくも神の姿を探したが、部屋には見当たらない。
「つくもまだメンテしてんの?」
寝る間際に電源に触るなと言っていたのは覚えているが、機械オンチの鈴にはどうしていいか分からず、致し方なくこのまま出かけることになった。
「つくも! 私学校行くから、終わったら電源落としといてよ!」
急いで階段を駆け下り、朝ご飯をタッパに詰め込んでから2つ分の弁当箱を持って玄関に向かうと、ゲッソリした慧がスマホ片手にぶつぶつ言いながら鈴を待っている姿が飛び込んで来た。
「おはよー! ごめんー寝坊しちった」
「ウハヨー……」
「どう? 進んだ……?」
「ハハハ……」
空笑いが全てを物語っている。あと5日でどうにかなるのだろうか。
昨日ダッシュを買いに行く余裕がなかった2人は、コンビニに近づくと遠い目をして通り過ぎる。
「帰りにダッシュ買って帰ろうねぃ……」
「でもさあ……ここでダッシュを読んでしまって……もしダンディショックみたいなことになってたら、わしら確実に落とすと思わない……?」
「ヒッ」
その可能性も捨てきれず、2人は顔を見合わせた。
ダンディショック再びの可能性もあるが、逆に栄養剤になる可能性もある。しかしよくよく考えれば、この衰弱しきっているところにどちらが舞い込んでもダメそうでもある。とりあえず原稿が優先なのは確かなので、買うだけ買って置いておこうという話に落ち着いた。
帰宅。
「ただまー」
部屋に戻った鈴だが、出かける前と同じ様子に一度首を傾げる。
パソコンの電源は消えたまま。それを横目に鞄を机の隙間に放り込む。
「つくもまだメンテやってんの?」
たんすから着替えを取り出し、足早に部屋を出てシャワーを浴びに行く。
ゆっくりしている暇はないのでカラスの行水だが、汗を流して幾分さっぱりして部屋に戻ると、やはり音沙汰ないつくも神にようやく違和感を覚えた。
「つくも?」
呼びかけるが返答はない。
「つくも、どうしちゃったの? 電源つけて平気なの?」
ボタンに触るなと言われていたが、鈴はそっと電源ボタンを押した。
カチリとだけ音がして、それで終わる。いつもなら騒々しい起動音が部屋中に響き渡り、そのすぐ後につくも神の青白い光が横線から書生の形をなぞっていくのに。
鈴は呼吸を忘れるほど、胸に圧迫感を覚えた。
「つくも……つくも!」
黒くて大きいパソコンを前に幾度もつくも神の名を呼ぶが、起動してはこない。4回電源ボタンを押してみたが、ただカチカチと音が鳴るだけだ。
「慧!!」
窓を開ける前から親友の名前を叫び、開けてからもう一度呼ぶと、目の下に隈をつけたのんきな幼馴染みがカーテンを開けて顔を見せた。
「どうしたの鈴ちゃ?」
「つくもの電源がつかないの!」
「えっ……」
向かいの部屋から鈴の部屋を覗き込み、黒いパソコンを目に入れる。
「ちょ……ちょ、ちょと待って、今そっち行く」
慌てた慧は窓も閉めず、隣に建つ鈴の家へと走った。
その間、鈴はパソコンのケーブルが抜けていないかを確認してみたが、プリンターもなければスキャナーもないPC周辺はスッキリしており、見るまでもない。
「どうしたのつくも……しっかりしてよ……」
はたから見れば、パソコンに話しかける不思議な少女。だがその表情は、親しい友達がいなくなって怯える子供のようだ。
「鈴ちゃ!」
慧が走り込んで横に並び、鈴とパソコンを交互に見つめる。
「昨日メンテナンスするって言って寝たの。朝になっても起きてこなくて、あれって思ったまま学校行ったんだけど……。帰ってきて呼んでもやっぱり返事なくて、何度か電源ボタン押してみたんだけど、つかないの」
「どうしたんだろう……ぱしょこんのメンテナンスってそんな時間かかるの?」
「いくら何でも一日がかりっておかしくない? それに電源ボタン押してもウンともスンとも言わないし……」
パソコンをどうしていいのか分からないというより、つくも神がどうなっているのかが分からない不安で、2人ともその場に呆然として立ち尽くしてしまう。
立ったままの自分にハッとした慧が鈴に言った。
「鈴ちゃのお父さん、何時に帰ってくるの?」
「いつも8時くらい……? だったと思う」
「お父さん帰ってきたら聞いてみよ?」
そうかと思い、鈴は頷く。
「慧……原稿やんないと」
「何言ってんだよぅ、できるわけないじゃんよぅ……」
慧は鈴の腕にしがみつき、不安そうな面持ちで身を寄せてきた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
→賛否分かれる面白いショートストーリー(1分以内で読了限定)
ノアキ光
大衆娯楽
(▶アプリ無しでも読めます。 目次の下から読めます)
見ていただきありがとうございます。
1分前後で読めるショートストーリーを投稿しています。
不思議なことに賛否分かれる作品で、意外なオチのラストです。
ジャンルはほとんど現代で、ほのぼの、感動、恋愛、日常、サスペンス、意外なオチ、皮肉、オカルト、ヒネリのある展開などです。
日ごとに違うジャンルを書いていきますので、そのときごとに、何が出るか楽しみにしていただければ嬉しいです。
(作品のもくじの並びは、上から順番に下っています。最新話は下になります。読んだところでしおりを挟めば、一番下までスクロールする手間が省けます)
また、好みのジャンルだけ読みたい方は、各タイトル横にジャンル名を入れますので、参考にしていただければ、と思います。
短いながら、よくできた作品のみ投稿していきますので、よろしくお願いします。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる