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46 大手サークルのアンソロジー
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3週間目、火曜日。
SNSで『ダンディショック』がトレンドに上がった翌日。
鈴と慧は原稿に行き詰まり、鈴の部屋で公式設定について談義していた。
「二次創作は厄介なのですね……」
生前のつくも神は一次創作しかやったことがないようで、目の前であーでもないこーでもないと憤る少女2人を眺めながら、巨大なパソコンの上で大人しく正座をして様子を窺っている。
「昨日今日、全然原稿やってないよぉ!」
「公式ぃぃーっ!」
そうこうしていると、2人のスマホからシュポッの音と共に杏花梨の名前でメッセージが入る。
『鈴さんと慧さんにお願いがあります』
「お引き受けいたします!!!」
『まだ何も言ってないのに!!』
「筧ぽんた神絵師のお願いを断れましょうか!!!」
つくも神は口には出さなかったが、『また変なこと言ってる……』と思っていた。
『ダンディの一件については、もうご存じですよね?』
「はい」
『それにつきましては皆様色々な思いがあると思いますが、私個人としてはダンディ愛に変わりはありません』
シュポッ。
『顔は覆面で見えない、声はボイスチェンジャー、それだけの可能性からどれだけのダンディをファンたちが生み出してきたかを考えると、実はその数だけアラステアという人物が存在するのではないかと、私は思ったのです』
鈴と慧は真剣にそれを読んでいたが、つくも神はよく分からず首を捻る。まあ、二次創作なので、ファンは結構とんでもないことを言いだし始めたりするものだ。
シュポッ。
『そこで、今まで皆様の中で生きていたダンディを一つに集め、公式解除ダンディアンソロジーを作りたいと思っています!』
「こ……こうしき……かい……じょ?」
つくも神が混乱しているのでまとめよう。
公式でダンディはアラステアという女性だった。今まで存在があやふやだったこともあり、ファンの二次創作でダンディというキャラはかなり一人歩きをしていたらしい。顔も声も分からないので、筧ぽんたはいい歳をしたオッサンだと思っていた。鈴はガチムチ青年だと思っていたし、慧は細面の美少年だと思っていた。ある人は特別な病に冒されて人の身体をしていないと妄想にふけっていたし、またある人は人種自体が新たに生み出されてアンドロイドだの機械生命体だの言い出していた。他にも精霊だったり物の怪だったりもするし、当然ダンディは美少女なんだおという人もいる。今回はその美少女なんだおが正解だったが、とにかくもう、ファンの数だけダンディというキャラがいたのは確かだ。
それを『敢えて』『みんなで寄稿しあって1冊の本にしませんか』というのが、今回杏花梨の言い出した提案。
鈴と慧を見れば、感動のあまり震えて涙している。
「さ……さっすが大手の作家さん……言うことがちげえ……」
「世の中が混沌としているところに、一筋の光が見えた……」
「色んなダンディがいていいんだ……」
「だって、そういうキャラとして作ってあったもんねぃ……」
「そうだよあなあ、何かよく考えてみたら今更感」
ここまできてようやくつくも神も理解した様子。
「なるほど。差し詰め『ダンディの多様性化』ということでしょうか。公式以外は全て非公式なのだから、ファンは今まで通りやることは変わらず、それで楽しめばいいと。中々面白い試みですね」
シュポッ。
『というわけでして、お二人にもダンディアンソロジーに参加して頂けたらいいなあ~と思っているのですが、良いお返事を頂けませんでしょうか?』
その時つくも神は、鈴と慧の時が止まったのをハッキリ確認した。
「ぎぇえええ!?」
「筧ぽんた神絵師のアンソロに寄稿!?」
「むりむりむりむりむりむりむり」
「同人誌も出したことない私たちをどうして!?」
それを聞いたつくも神は笑っていた。
「杏花梨さんは、皆さんと楽しみを共有したいのですよ」
「えええ!? こんなヘタクソ呼んでも全然楽しくならないよお!!」
「私たち底辺もいいトコだし……!!」
いかにも初心者作家が陥りそうなことを言っている。つくも神は苦笑いをして続けた。
「あの方はきっと、自分が大手作家だということを自覚してはいるのでしょうが、だからと言って、同じ作品を好きな人達を部数で分けて考えて、付き合いを変えたりはしないのですよ」
「大手さんは大手さんとつるむのが常識なのかと思ってた……」
「彼女はそういうのを好まないのでは?」
「力が欲しいかと問われ……否定するキャラがリアルの世界にいるのか……」
「さす杏花梨……」
2人の少女が呆然としていたので、つくも神は背中を押してやる。
「どうするのですか? きっと今、杏花梨さんはスマホを握ってお二人のお返事を待っていますよ」
「ひえ……」
鈴と慧はお互い向き合い、狼狽えた様子で頷き合う。
「さ……さっき、お引き受けしちゃったお……」
「う、うん」
「ちゃんと聞いてからお引き受けすればよかったねぃ……」
「だ、だね……」
「どうする……」
「そりゃあ……! 杏花梨さんだと思えば、受けちゃうけど」
「筧ぽんた神絵師だと思うと、躊躇しまくるねぃ……」
「うぐぉぉ……! いやっ、受ける! オレは受けるぞ慧ィィィィ!!」
「分かってるよ鈴ちゃあァァァ!!」
つくも神から見た杏花梨の印象は、鈴と慧の持つそれと同じだった。だから、断る理由を思いつかなかったのだ。
引き受けた後、手汗を1年分かいた気持ちで2人は床にへたり込む。
SNSで『ダンディショック』がトレンドに上がった翌日。
鈴と慧は原稿に行き詰まり、鈴の部屋で公式設定について談義していた。
「二次創作は厄介なのですね……」
生前のつくも神は一次創作しかやったことがないようで、目の前であーでもないこーでもないと憤る少女2人を眺めながら、巨大なパソコンの上で大人しく正座をして様子を窺っている。
「昨日今日、全然原稿やってないよぉ!」
「公式ぃぃーっ!」
そうこうしていると、2人のスマホからシュポッの音と共に杏花梨の名前でメッセージが入る。
『鈴さんと慧さんにお願いがあります』
「お引き受けいたします!!!」
『まだ何も言ってないのに!!』
「筧ぽんた神絵師のお願いを断れましょうか!!!」
つくも神は口には出さなかったが、『また変なこと言ってる……』と思っていた。
『ダンディの一件については、もうご存じですよね?』
「はい」
『それにつきましては皆様色々な思いがあると思いますが、私個人としてはダンディ愛に変わりはありません』
シュポッ。
『顔は覆面で見えない、声はボイスチェンジャー、それだけの可能性からどれだけのダンディをファンたちが生み出してきたかを考えると、実はその数だけアラステアという人物が存在するのではないかと、私は思ったのです』
鈴と慧は真剣にそれを読んでいたが、つくも神はよく分からず首を捻る。まあ、二次創作なので、ファンは結構とんでもないことを言いだし始めたりするものだ。
シュポッ。
『そこで、今まで皆様の中で生きていたダンディを一つに集め、公式解除ダンディアンソロジーを作りたいと思っています!』
「こ……こうしき……かい……じょ?」
つくも神が混乱しているのでまとめよう。
公式でダンディはアラステアという女性だった。今まで存在があやふやだったこともあり、ファンの二次創作でダンディというキャラはかなり一人歩きをしていたらしい。顔も声も分からないので、筧ぽんたはいい歳をしたオッサンだと思っていた。鈴はガチムチ青年だと思っていたし、慧は細面の美少年だと思っていた。ある人は特別な病に冒されて人の身体をしていないと妄想にふけっていたし、またある人は人種自体が新たに生み出されてアンドロイドだの機械生命体だの言い出していた。他にも精霊だったり物の怪だったりもするし、当然ダンディは美少女なんだおという人もいる。今回はその美少女なんだおが正解だったが、とにかくもう、ファンの数だけダンディというキャラがいたのは確かだ。
それを『敢えて』『みんなで寄稿しあって1冊の本にしませんか』というのが、今回杏花梨の言い出した提案。
鈴と慧を見れば、感動のあまり震えて涙している。
「さ……さっすが大手の作家さん……言うことがちげえ……」
「世の中が混沌としているところに、一筋の光が見えた……」
「色んなダンディがいていいんだ……」
「だって、そういうキャラとして作ってあったもんねぃ……」
「そうだよあなあ、何かよく考えてみたら今更感」
ここまできてようやくつくも神も理解した様子。
「なるほど。差し詰め『ダンディの多様性化』ということでしょうか。公式以外は全て非公式なのだから、ファンは今まで通りやることは変わらず、それで楽しめばいいと。中々面白い試みですね」
シュポッ。
『というわけでして、お二人にもダンディアンソロジーに参加して頂けたらいいなあ~と思っているのですが、良いお返事を頂けませんでしょうか?』
その時つくも神は、鈴と慧の時が止まったのをハッキリ確認した。
「ぎぇえええ!?」
「筧ぽんた神絵師のアンソロに寄稿!?」
「むりむりむりむりむりむりむり」
「同人誌も出したことない私たちをどうして!?」
それを聞いたつくも神は笑っていた。
「杏花梨さんは、皆さんと楽しみを共有したいのですよ」
「えええ!? こんなヘタクソ呼んでも全然楽しくならないよお!!」
「私たち底辺もいいトコだし……!!」
いかにも初心者作家が陥りそうなことを言っている。つくも神は苦笑いをして続けた。
「あの方はきっと、自分が大手作家だということを自覚してはいるのでしょうが、だからと言って、同じ作品を好きな人達を部数で分けて考えて、付き合いを変えたりはしないのですよ」
「大手さんは大手さんとつるむのが常識なのかと思ってた……」
「彼女はそういうのを好まないのでは?」
「力が欲しいかと問われ……否定するキャラがリアルの世界にいるのか……」
「さす杏花梨……」
2人の少女が呆然としていたので、つくも神は背中を押してやる。
「どうするのですか? きっと今、杏花梨さんはスマホを握ってお二人のお返事を待っていますよ」
「ひえ……」
鈴と慧はお互い向き合い、狼狽えた様子で頷き合う。
「さ……さっき、お引き受けしちゃったお……」
「う、うん」
「ちゃんと聞いてからお引き受けすればよかったねぃ……」
「だ、だね……」
「どうする……」
「そりゃあ……! 杏花梨さんだと思えば、受けちゃうけど」
「筧ぽんた神絵師だと思うと、躊躇しまくるねぃ……」
「うぐぉぉ……! いやっ、受ける! オレは受けるぞ慧ィィィィ!!」
「分かってるよ鈴ちゃあァァァ!!」
つくも神から見た杏花梨の印象は、鈴と慧の持つそれと同じだった。だから、断る理由を思いつかなかったのだ。
引き受けた後、手汗を1年分かいた気持ちで2人は床にへたり込む。
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