つくも神と腐れオタク

荒雲ニンザ

文字の大きさ
上 下
1 / 97

1 冬コミでリベンジ

しおりを挟む

 ここにいる吉田鈴よしだすずなる少女、埼玉の端っこに爆誕して16年目。
 数ヶ月前、人生初、夏コミの申し込みをしたが、落ちた。
 本日は、リベンジだと冬コミの申し込みを済ませ、炎天下に郵便局の前で手を合わせて願をかけているところ。

「次こそ受かりますように……!」

 濃い栗毛のショートカットがボーイッシュで、身長165センチ程の彼女にうっかりときめいて振り返ってしまった女の子たちは、その顔立ちを見てバツが悪そうに通り過ぎていく。
 鈴はTシャツにパラダイスブルーのジャージを履いているが、決してスポーツマンな訳ではない。動けはするが運動自体は好まず、得意分野は『おえかき』で、完全インドア派だ。
 今の世で言えば彼女は『絵師』で、もう一つ付け加えると『腐女子』というやつである。

「鈴ちゃあんー」

 熱せられたアスファルトがゆらゆら揺れる中、路地の向こうから超鈍足で駆け寄ってくるのは、幼馴染みの田辺慧たなべさといという少女。背中まであるストレートの髪をなびかせ、小柄な身体をベージュのサマーニットの中で跳ねさせながら、やっと鈴の前へ到着した。

「おー慧、何してんの」
「はー、ふーっ、も……もしかして今、冬コミの申込みしてきた?」

 ぱっちりとした形の良い丸い目が、クールな印象を持つ鈴の瞳をしっかりと捉える。

「いかにも。今郵便の神に願ってたとこ!」
「えっ……!? 郵便局の人がサークル選考する訳じゃないと思うけど……」
「そうか! じゃあコミケの神に願う!」
「ソレだね!」

 そんな神様がいるかどうかはさておき、2人は手を組んで天を仰ぎながら同じ方向へ歩き始める。

 鈴と慧は隣同士に住む同じ年。窓を開ければ向かいの窓からお互いの部屋が見える距離にいて、子供の頃から遊んでいるので幼馴染みというより姉妹のようでもある。
 そんな2人に共通した趣味はマンガ好き。この度、その2人が一緒にスペースを取って、サークル活動をしようとなったわけだ。

「冬コミの合否っていつ?」

 慧の問いに鈴が答える。

「大体2ヶ月ないくらい。11月の頭」
「きゅー、じゅー、じゅういち……3ヶ月かあ。あっという間だね……。今夏休みだけど、9月入ったら学校始まるし、のんびりしてたらすぐ11月来ちゃいそう」
「うん……。印刷所の締め切りが1ヶ月前として、合否を聞いてから描き始めたんじゃ間に合わない」
「えっ! コピー本じゃないの!?」
「そう! それ聞こうと思ってたんだ! ネットにアップしてた原稿はあるけど、せっかくだからそれにプラスしてもっと厚い本出してみたくない!?」
「鈴ちゃ大胆……!」
「だって! 自分で描いた推しが印刷された綺麗なフルカラーの本、見てみたいじゃん!?」
「わ、分かる……! すっごい分かる!」

 それはサークル活動を始めたばかりの2人にとって憧れの1つ。ここでカッと盛り上がりはしたが、鈴がため息をついた。

「でもなー、我には力が足りないのだよ」
「ん? 力? 力が欲しいかの流れ?」
「欲しいー! タブレットが欲しいよお!」
「文明の利器ってやつですか!」
「デジタル入稿に憧れるのですよ」
「綺麗だもんねえ」
「慧は文字書きだからスマホで入稿できるじゃんか。スマホでマンガは描きにくすぎるし、お父さんのノート借りるわけにもいかないし……」
「じゃあやっぱり、コピー本?」
「だねえ……」

 そこで鈴の家に到着した。すぐ隣は慧の家だが、住人の1人は鈴の家に行こうとする。

「あ、コンビニでダッシュ買ってきたんだ。お菓子も買ったから一緒に読も?」

 ダッシュとは週刊の少年誌で、毎週2人で交互に買って読み合っている漫画雑誌のことだ。ちなみに、ここに2人の推しが載っている。

「やった! じゃあお茶取ってくるから先に上がってて」
「はーい」

 勝手知ったる仲は相互の家族にも共通で、玄関のドアを開けると他人の親が他人の子供を我が子のように出迎える。

「お、2人ともおかえりー」

 鈴の父親が、玄関で何やら大きすぎる箱を相手に格闘中のようであった。

「うわ、すごい邪魔。入れないじゃん」
「何が入ってると思う? 聞いたら邪魔だなんて言えなくなるぞ?」
「え? ナニ? イイモノ?」
「鈴がずっと欲しがってたやつ」

 一瞬間が開いて。

「え……? 自転車……?」
「何だ、自転車欲しかったのか」
「え、違うんだ?」

 慧が答える。

ぱしょこんパソコン……?」
「慧ちゃん当たりぃー」
「えっ! ぱしょこん!? こんなでっかいの!? 慧が2人くらい入れるじゃん!」
「サイズ比較にするのやめてよう」
「やー、何かさ、自作だから、壊れたら自分で何とかしなくちゃいけないっていうんで、送り主がかなり厳重にしてくれたみたいなんだよ」
「ていうか、私が欲しいって言ってたのタブレットだったのに! 自作ぱしょこんとか、ハイスペックな香りプンプンするよお!」
「きゃあ! おじさん早く開けて開けて!」

 玄関先で少女2人とおじさん1人が変にハイテンションな勢いでダンボールを開封しながら、マシュマロのような緩衝材を掻き分けて、黒光りするアルミケースの頭を確認した。

「こっ……これはっ!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

無ければいいってもんじゃないっ!

黒川EraSer
大衆娯楽
普通の高校生活を送る少年“李靖保”。保の人生の唯一の生きがいはエロ。 つまらない日常でも、エロは保の人生を彩ってくれていた。 しかし、ある日突如現れた宇宙人“ロース”によって、エロは抹消の危機に!? 乳首を無くし、「これこそエロくない体なのじゃ」と豪語しながら、地球の未来ニッコニコ計画を遂行するためにロースは保の前に現れたのだった。 エロは不要なものと主張するロースとエロは素晴らしいものと主張する保。 相反する二人の、はちゃめちゃなエロコメディ小説がここに!

召喚聖女は耐えられない〜おしっこが魔力ってマジで言ってんの〜

紫藤百零
大衆娯楽
私、満池清香はどこにでもいる普通の女子高生。ある日の下校中、緊急停止した電車のせいでおしっこをぎりぎりまで我慢する羽目になってしまった。やっとの思いで駅にたどり着いたというのに、踵を踏まれて真っ逆さま。目が覚めた先は見知らぬ場所。しかも私を聖女さまなんて呼んでいる。いったいどういうことなの?でもその前に、トイレに行かせて!

転生の結末

一宮 沙耶
大衆娯楽
少し前に書いた「ようこそ、悲劇のヒロインへ」という作品と並行して進行する話しです。 その作品の登場人物も出てきて、4話は、視点は違いますが、ほぼ全く同じ話しです。そんな話しが裏であったんだと楽しんでいただければと思います。 「ようこそ、悲劇のヒロイン」を先に読んでも後で読んでも、そんなに変わらないかもしれませんが、そちらも、ぜひ試してみてくださいね❤️

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

なによこれ!引き出しから夫の通帳が出てきたので見れば定期的にお金が引き出されているので追求すると…

白崎アイド
大衆娯楽
部屋の机の引き出しから夫の通帳が出てきたので中を見てみれば、定期的にある口座へとお金が振り込まれていた。 もしや浮気相手の女ではないかと感じ、夫に聞いてみれば…

処理中です...