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第一章 第4話 就活と日々の中で
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「高橋くん。どうだったの?」
真由との話を終えた僕がバイト先に到着して事務所の扉を開けた時、真っ先に話しかけてきたのは芹乃さんだった。
その様子を見て奥から中村さんもやってきた。
二人が不安そうに僕を見てくるので、件の別室であるところの中村さんの個室に移動して話をすることとなった。
***
「―ということになりました」
「そう」
「でもここからは僕が彼女の様子を見る期間となるので、もしも何か変な事があれば僕と鈴谷さんとの関係を解消し、店長に報告のうえで解雇ということになります」
「ってことは……」
と芹乃さんが少し落胆した様子で言った。
「もうしばらくはあの人と一緒に働かなきゃいけないってことよね……?」
「そうなります。でも僕も卒研が落ち着いてきましたし、就活での面接の予定も無いので鈴谷さんの動きを観察出来ます。もちろん芹乃さんや中村さんとシフトが被った時の動きもです」
「……もう一週間か……」
芹乃さんは疲れた様子でため息をついた。
「あれから鈴谷さんが芹乃さんや中村さんに追加で何かをしてきたとかはありますか?」
「無いけど、でもあの人がいるだけで窮屈なのよ。でもバイトは辞めたくないし、休みたくもないし……」
「すいません」
「ごめんね。高橋くん。これだけ言わせて」
すると芹乃さんがいつになく嫌悪感を露わにして
「早く辞めればいいのに……」
と言った。
その言葉に中村さんが僕を気遣ったような言葉を言わなかったので、その言葉は二人の共通意識で間違いないようだった。
やはり僕は申し訳なかった。
二人がこんな思いをしているのに結果を先延ばしにし、元凶たる真由と共存出来ないかといまだに思ってしまっているのだから。
そもそも別れてしまうのが一番丸く収まる方法ではある。だがそれは僕が周りの環境に配慮した結果であり、なによりも僕自身が今そう思っているということは本心以外の気持ちで真由と別れる、言い方を変えれば周りに流されて真由を捨てているようなものだ。
だから僕は今回の約束の結果でのみその決断をすると決めている。
それでもやはり、二人の様子を見ていると心が痛くなる。
「高橋くん。正直ね、私はまだ平気だけど芹乃さんは限界なの。この一週間だってもう本当に辛そうで。高橋くんも見たでしょ? 休憩中の芹乃さんがジャンパーを被って寝ているところを。いつもあんな感じなの。だから今週も鈴谷さんがいるってなったら耐えられるかどうか。もしかしたら芹乃さんが辞めちゃうかもしれないわよ?」
「……私は辞めません。これで辞めたら私が負けみたいじゃないですか。どうして何も悪い事をしていない私がこんな目に遭って辞めなければいけないのでしょうか。こんなでもあの人じゃないんですから、やるべき仕事はしっかりやります。やって働き続けてみせます。これがあの人に対する抵抗ですから」
もはや意地とプライドが芹乃さんを支配していた。
その様子にはもうかつての落ち着きのある大人な様子はなく、周囲すらも見えていないようだった。
でもそれでも僕を見ると、かろうじて少しだけ申し訳なさそうにするので完全に我を見失っているということではないようだ。
「高橋くん。あと一週間よね?」
「はい」
「いいわ。耐えてみせるわよ。流石にこれで終わりになるでしょう。それまではいつも通りの私でいるわ。仕事をちゃんとやって、それこそあの人と話す機会があっても普通の私でい続けてやるわ。どうせあの人は私と中村さんに対する疑いを晴らさない。そうに決まってる。そうなればいなくなってここは平和になるんだから」
「僕は正直どうなるのかは分かりませんのでどうとも言えませんが、もしもそうならなかった場合はどうするつもりなんですか?」
「その時はその時で私にも考えがあるわ。私だってやられっぱなしは嫌なのよ」
辞めるという選択肢は無い。だからと言って暴力沙汰は起こせない。ならば他にどんな方法があるのだろうか。
僕には察しすらもつかない。
でも芹乃さんのことだから、それでもきっと大人の対応をするに違いない。であれば、あまり心配はいらないのかもしれない。
「高橋くん。明日からの一週間は普通に出勤するのよね?」
「そうですね。でも七日間全部ではありませんが」
「だったらLINEを教えておいてくれない? もしも高橋くんがいない時に何かされたり気になった事があれば共有しておきたいからさ」
「なるほどですね。そういうことでしたら」
ということで僕は芹乃さんとLINEを交換した。
「ありがとう。ブロックなんてしないでよね? 流石の私でも悲しむわよ」
「しないですよ。ではこれで僕がいない時でも安心ですね」
「そうね、安心ね」
念の為にと送られてきたスタンプは、何かのアニメのキャラクターだろう女の子がにこやかな表情をしているものだった。
名前もニックネームとか独特なものではなく、シンプルに平仮名で『せりの』だった。
勢いと今後のためにということでLINEを交換したわけだが、あらためて考えると交換して良かったのかと思えてしまう。だが、してしまったので真由には……知らせないほうがいいだろう。ただでさえ疑っているわけだし、これによって芹乃さんに新たな被害が出ないとはかぎらないし。
「そういえば、芹乃さんのシフトを鈴谷さんと分けるという話があったと思うんですけど、あれは結局どうなったんですか?」
「あれはね、前に芹乃さんが少し休んじゃった期間があってそれを補填するためにシフト調整したら分けられなくなったのよ。芹乃さんも芹乃さんでつい最近になって別にいいって言うものだから、店長とも相談して様子を見つつそのままでいくことにしたの」
「そうですか。僕が言うのもあれですが、無理はしないでくださいね」
「平気よ。まぁ、ありがとう」
それから話を終えた僕達が部屋を出ると、中村さんと芹乃さんは仕事に戻り、僕は帰宅した。
真由との話を終えた僕がバイト先に到着して事務所の扉を開けた時、真っ先に話しかけてきたのは芹乃さんだった。
その様子を見て奥から中村さんもやってきた。
二人が不安そうに僕を見てくるので、件の別室であるところの中村さんの個室に移動して話をすることとなった。
***
「―ということになりました」
「そう」
「でもここからは僕が彼女の様子を見る期間となるので、もしも何か変な事があれば僕と鈴谷さんとの関係を解消し、店長に報告のうえで解雇ということになります」
「ってことは……」
と芹乃さんが少し落胆した様子で言った。
「もうしばらくはあの人と一緒に働かなきゃいけないってことよね……?」
「そうなります。でも僕も卒研が落ち着いてきましたし、就活での面接の予定も無いので鈴谷さんの動きを観察出来ます。もちろん芹乃さんや中村さんとシフトが被った時の動きもです」
「……もう一週間か……」
芹乃さんは疲れた様子でため息をついた。
「あれから鈴谷さんが芹乃さんや中村さんに追加で何かをしてきたとかはありますか?」
「無いけど、でもあの人がいるだけで窮屈なのよ。でもバイトは辞めたくないし、休みたくもないし……」
「すいません」
「ごめんね。高橋くん。これだけ言わせて」
すると芹乃さんがいつになく嫌悪感を露わにして
「早く辞めればいいのに……」
と言った。
その言葉に中村さんが僕を気遣ったような言葉を言わなかったので、その言葉は二人の共通意識で間違いないようだった。
やはり僕は申し訳なかった。
二人がこんな思いをしているのに結果を先延ばしにし、元凶たる真由と共存出来ないかといまだに思ってしまっているのだから。
そもそも別れてしまうのが一番丸く収まる方法ではある。だがそれは僕が周りの環境に配慮した結果であり、なによりも僕自身が今そう思っているということは本心以外の気持ちで真由と別れる、言い方を変えれば周りに流されて真由を捨てているようなものだ。
だから僕は今回の約束の結果でのみその決断をすると決めている。
それでもやはり、二人の様子を見ていると心が痛くなる。
「高橋くん。正直ね、私はまだ平気だけど芹乃さんは限界なの。この一週間だってもう本当に辛そうで。高橋くんも見たでしょ? 休憩中の芹乃さんがジャンパーを被って寝ているところを。いつもあんな感じなの。だから今週も鈴谷さんがいるってなったら耐えられるかどうか。もしかしたら芹乃さんが辞めちゃうかもしれないわよ?」
「……私は辞めません。これで辞めたら私が負けみたいじゃないですか。どうして何も悪い事をしていない私がこんな目に遭って辞めなければいけないのでしょうか。こんなでもあの人じゃないんですから、やるべき仕事はしっかりやります。やって働き続けてみせます。これがあの人に対する抵抗ですから」
もはや意地とプライドが芹乃さんを支配していた。
その様子にはもうかつての落ち着きのある大人な様子はなく、周囲すらも見えていないようだった。
でもそれでも僕を見ると、かろうじて少しだけ申し訳なさそうにするので完全に我を見失っているということではないようだ。
「高橋くん。あと一週間よね?」
「はい」
「いいわ。耐えてみせるわよ。流石にこれで終わりになるでしょう。それまではいつも通りの私でいるわ。仕事をちゃんとやって、それこそあの人と話す機会があっても普通の私でい続けてやるわ。どうせあの人は私と中村さんに対する疑いを晴らさない。そうに決まってる。そうなればいなくなってここは平和になるんだから」
「僕は正直どうなるのかは分かりませんのでどうとも言えませんが、もしもそうならなかった場合はどうするつもりなんですか?」
「その時はその時で私にも考えがあるわ。私だってやられっぱなしは嫌なのよ」
辞めるという選択肢は無い。だからと言って暴力沙汰は起こせない。ならば他にどんな方法があるのだろうか。
僕には察しすらもつかない。
でも芹乃さんのことだから、それでもきっと大人の対応をするに違いない。であれば、あまり心配はいらないのかもしれない。
「高橋くん。明日からの一週間は普通に出勤するのよね?」
「そうですね。でも七日間全部ではありませんが」
「だったらLINEを教えておいてくれない? もしも高橋くんがいない時に何かされたり気になった事があれば共有しておきたいからさ」
「なるほどですね。そういうことでしたら」
ということで僕は芹乃さんとLINEを交換した。
「ありがとう。ブロックなんてしないでよね? 流石の私でも悲しむわよ」
「しないですよ。ではこれで僕がいない時でも安心ですね」
「そうね、安心ね」
念の為にと送られてきたスタンプは、何かのアニメのキャラクターだろう女の子がにこやかな表情をしているものだった。
名前もニックネームとか独特なものではなく、シンプルに平仮名で『せりの』だった。
勢いと今後のためにということでLINEを交換したわけだが、あらためて考えると交換して良かったのかと思えてしまう。だが、してしまったので真由には……知らせないほうがいいだろう。ただでさえ疑っているわけだし、これによって芹乃さんに新たな被害が出ないとはかぎらないし。
「そういえば、芹乃さんのシフトを鈴谷さんと分けるという話があったと思うんですけど、あれは結局どうなったんですか?」
「あれはね、前に芹乃さんが少し休んじゃった期間があってそれを補填するためにシフト調整したら分けられなくなったのよ。芹乃さんも芹乃さんでつい最近になって別にいいって言うものだから、店長とも相談して様子を見つつそのままでいくことにしたの」
「そうですか。僕が言うのもあれですが、無理はしないでくださいね」
「平気よ。まぁ、ありがとう」
それから話を終えた僕達が部屋を出ると、中村さんと芹乃さんは仕事に戻り、僕は帰宅した。
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