少女、途中下車の旅

金剛愛宕

文字の大きさ
上 下
6 / 14
2019年夏の出会い

1448M マルス券と途中下車印について

しおりを挟む
 
「すみません。途中下車印を頂けますか」

 ひかりが有人改札で青春18切符を提示した。

「あー、下車印ね。どこに押す?」
「お任せします」

 そうして、楕円の中に『静岡』と書かれた印鑑が押される。色は水色だ。

「そういえば、ひかりさんの切符、ハンコがいっぱいやね」
「途中下車印っていうのよ。知らないの?」

 途中下車印というのは、この駅まで使ったという証明印みたいなものだ。
 18切符には押す必要が無いが、記念にもらうことができる。

 特にJR東海は制度外となる『切符』以外に途中下車印を押さない。
 18切符のみ大目に見てもらっている様な状況だ。

 最も制度に忠実なのがJR東海である。

「カラフルでしょ。押す場所とか種類とか、そもそも途中下車印のデザインとか、色とか、全てが違うからね。世界で一つだけの切符を作っている様なものよ。芸術よ」
「小ちゃい印鑑で可愛ええなー」
「やろ?!」
「ひかりさん、興奮すると関西弁になるんや……」

 二人は雑談ひながら昼食を購入した。
 十一時五十三分発の熱海行きに乗車する。
 
「途中下車印、私も集めよっかなー」
「キリが無いわよ」
「乗り鉄の時点でキリ無いやん」
「たしかに」

 こうして話題は途中下車になった。

「でも、18切符だと、その印鑑にじみません?」
「滲むよ?」
「滲むんかい!」

 さくらの問いに、ひかりが当然だと言うが如く返答する。

「さくらはマルス券って分かる?」
「この18切符もそうやね」

 マルスとは、Multi Access seat Reservation Systemのことで、国鉄・JRの座席指定券類の予約・発券のためのシステムだ。
 それで発券された切符をマルス券と言う。

 1960年までは手作業でこれらを行っていたのだ。
 ホストコンピュータとしては、試作のマルス1が1960年に開発される。
 1964年の東海道新幹線開業に際してマルス101が本格稼働となる。
 1965年にはダイヤ改正に合わせてマルス102になり、1968年にはマルス103も導入され、3つが並列で使用される。
 1972年にはマルス105・150・202が導入される。
 1985年には上記マルス105・150・202の老朽化に際してマルス301が導入された。
 1993年にはマルス305、2004年にはマルス501へと進化を遂げてゆく。
 現在はマルス505が使用されている。

「で、そのマルスがどうしたん?」
「券面の印字の種類は知ってる?」
「種類があるの?」

 感熱プリンタと熱転写印字のマルス券だ。

「今は感熱印字がほとんどだけど、熱転写の方が滲みにくかったりするの。表面コーティングの違いだと思うんだけど……」
「へー」

 インクを必要とせず熱を利用して印字する台紙を感熱紙といい、券売機の中で加熱処理をし、行き先などを印字している。
 このインクの転写によって印字されたマルス券を熱転写マルス券と呼ばれる。
 感熱紙は、インクの代わりに台紙に処理がされており、その性質上、滲みやすいのだ。

「あとは、昔のL型マルスはルーズリーフみたいで、特に……」
「やけど、その紙のやつって昔のやん。ひかりさんも使ったこと無いんやない?」
「無いけど、L型マルスは2003年まであったから」
「なんやてヒカリ!」
「せやかてサクラ!」

 その頃、さくらは三歳だ。
 三歳では使えないにしても、自分が生まれてからしばらく

「私も六歳だったからねー。親父が使ったやつは実家にあるけど」
「私の親は近鉄好きやから……」
「さくらも近鉄教徒か?!」
「バレてしまっては仕方がない!」

 それにしてもこの二人、出会ったばかりなのに息ぴったりである。

「でも、まだ紙の切符は存在するのよ。しかも、手書き」
「こんなデジタル化の時代にアナログな代物が存在するんやねー」
「これがそのきっぷ……」
「スタンプ帳やん?」
「断じて違う」

 ひかりが取り出した切符に対して、さくらが突っ込む。そしてひかりが慌てて否定する。
 その切符は、下車印まみれだった。

出札補充券しゅっさつほじゅうけんよ。略して出補しゅっぽ
「しゅっぽっぽ?」
「言うと思った」
「みんなを乗せて?」
「しゅっぽ、しゅっぽ、しゅっぽっぽって、言わせんな!」
「本日2回目の関西弁、頂きや」
 
 閑話休題かんわきゅうだい

「とにかく、その出補だと、一部を除いて印字が滲まないのよ」
「一部?」
「阪和線とか大和路線とか、滲む」
「大変ですね」
「下車印を集めるなら、さくらもこの気持ちがよく分かるようになるわ」
「へー」

 後にめちゃくちゃ分かる様になった。

「それはどうやって発券するんやろ?」
「17経路以上にする」
「それは…」

 それはお金がかかる。
 関西の新大阪から奈良までの切符を例に挙げてみよう。

例1: 美濃赤坂→法隆寺
経由:東海道線支線(大垣)、東海道本線(米原)、北陸本線(近江塩津)、湖西線(山科)、東海道本線(新大阪)、おおさか東線(鴫野)、片町線(京橋)、JR東西線(尼崎)、東海道本線(西九条・大阪)、大阪環状線(天王寺)、関西本線(久宝寺)、おおさか東線(放出)、片町線(木津)、関西本線(奈良)、桜井線(高田)、和歌山線(王寺)、関西本線

例2:加太→法隆寺
経由:関西本線(柘植)、草津線(草津)、東海道本線(米原)、北陸本線(近江塩津)、湖西線(山科)、東海道本線(新大阪)、おおさか東線(鴫野)、片町線(京橋)、JR東西線(尼崎)、東海道本線(西九条・大阪)、大阪環状線(天王寺)、関西本線(久宝寺)、おおさか東線(放出)、片町線(木津)、関西本線(奈良)、桜井線(高田)、和歌山線(王寺)、関西本線

 例1は17経路、342.2kmで6050円
 例2は18経路、392.4kmで6600円
 例2は株主優待で3300円だ。

「例2は疑問だらけの経路だよ」
「順番に説明してゆくね。まず……」

 例2が18経路なのは、近郊区間外に出る必要があるからだ。
 加太発ではなく、柘植発の17経路だと、途中下車ができない切符になってしまう。
 東京でも同様だが、東京から品川までの新幹線経由を組み込むことで回避できる。
 関西でも新大阪ー西明石の新幹線経由を組み込むことで、大阪近郊区間外の乗車券なる。

「ぱっと思いついた中で、やりやすい17経路以上はこれかな? 関西は関東より難易度高いけど」
「流石はJR全線に乗った女や」

 ドヤ顔のひかりにおそおののくさくら。
 
「例1は米原からJR東海に入るから、途中下車ができるの。例にはJR西日本管内に収まるから、株主優待券が使える」
「半額になるやつね。一回使った。それで、今持っている切符はどんな切符やの?」
「え? 最長片道切符」
「また変なのが出てきたやん」

 最長片道切符の話題で話していると、執着の熱海に到着した。
 十三時七分の定刻であった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

AB型のセツメイ中だ! オラァッ!

アノオシキリ
キャラ文芸
“だれか私にキンタマを貸しなさいよッ!” こんなド直球な下ネタを冒頭に添えるギャグノベルがほかにあるか? ストーリーをかなぐり捨てた笑い一本で勝負した俺の四コマ風ノベルを読んでくれ! そして批評してくれ! 批判も大歓迎だ! どうせ誰も見ていないから言うが、 そこらにありふれた主人公とヒロインの、クスリともしねえ、大声出せばかねがね成立していると勘違いされる、しょうもないボケとツッコミが大嫌いだ! センスがねえ! 俺のセンスを見ろ! つまらなかったら狂ったように批判しろ! それでも、 読んで少しでも笑ったのなら俺の勝ちだねッ!

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

お盆に台風 in北三陸2024

ようさん
ライト文芸
 2024年、8月。  お盆の帰省シーズン序盤、台風5号が北東北を直撃する予報が出る中、北三陸出身の不良中年(?)昌弘は、ひと回り年下の不思議ちゃん系青年(?)圭人と一緒に東北新幹線に乗っていた。  いつまでも元気で口やかましいと思っていた実家の両親は、例の感染症騒動以来何かと衰えが目立つ。  緊急安全確保の警報が出る実家へ向かう新幹線の車中、地元に暮らす幼馴染の咲恵から町直通のバスが停まってしまったという連絡が入る。  昌弘の実家は無事なのか?そして、無事に実家でのお盆休暇を過ごすことができるのか!? ※公開中のサブタイトルを一部変更しました。内容にほぼ変更はありません(9.18) ※先に執筆した「ばあちゃんの豆しとぎ」のシリーズ作品です。前作の主人公、静子の祖母の葬儀から約20年経った現代が舞台。  前作を読んでなくても楽しめます。  やや残念気味の中年に成長したはとこの(元)イケメン好青年・昌弘が台風の近づく北三陸で、鉄オタの迷相棒・圭人と頑張るお話(予定)   ※体験談をヒントにしたフィクションです。実在の人物、団体とは関係ありません。 ※題材に対してネタっぽい作風で大変申し訳ありません。戦乱や気象変動による災害の犠牲が世界から無くなることを祈りつつ真剣に書いております。ご不快に思われたらスルーでお願いします。  

地縛霊が家族ですッ⁉わたしたち死んでいるけど生き生きしてます♪

ゆきんこ
キャラ文芸
 幽羅灯(ゆらあかり)は幼い頃に自分以外の家族を亡くした天涯孤独の女子高生。でも実はユーレイと会話ができる能力があり、地縛霊となった家族(父・母・弟)と毎日を楽しく過ごしていた。  幼馴染の琢磨(たくま)には本当のことを話していたが、『ユーレイ家族は妄想、現実と向き合え。』と言われ、灯は腹を立てて教室を飛び出してしまう。  川原で独り愚痴を吐く灯。  そんな時、ユーレイ少年・幽輝(ゆうき)が話しかけてきて、悲しい悩みを相談される。  同情した灯は地縛霊家族とともに、悩みを解決することにしたのだが・・・。

処理中です...