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第1話

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『エミリー、花を上げるよ』
『エミリー、こっち向いて微笑んで』

 声と同時に甘やかな香りと色とりどりの花びらが、風に舞い落ちる雪のようにひらひらと振ってきた。

 私の周りにはいつも妖精が居る。朝から夕方まで妖精と遊ぶのが仕事だから当然なのだけど。

 天気の悪い日は家の中にいる。
 でも天気の良い日は基本的にずっと花畑の中だ。さすがに夜、花畑で寝ることまでは強要されない。人は夜になったら寝るものだということを知っている。同じように食事のときは家で食べるということも知っているからだ。たまに妖精の用意したものを、外で一緒に食べようといってくることもあるけど。

 妖精はとても気まぐれな快楽主義者ばかりだけど、自分たちの住環境を良くするために力を使うことはやぶさかではない。木々が茂り、花が咲き誇る場所が大好きだ。

 妖精が住まう土地は、だから滋味豊かで作物が不作になることはない。
 私や私の一族は、たくさんの妖精が長く居続けてくれるようにと、妖精の住まう花畑の守り人として、代々この地に住んでいた。

 私は妖精の愛し子と呼ばれる、一族の中でも特に妖精に好かれる存在だ。一族の中に時々生まれる。妖精の好む金髪を持って生まれた子が割と愛し子に選ばれやすい。私も金髪碧眼だ。髪の毛は私の身体の中でも取り分け好まれるらしく、遊び疲れるとたまに髪に埋まるように寝てる。

『エミリー、お歌を唄って』
『花で冠を作ってあげたよ』

 妖精たちの言葉に、花冠を頭にのせて唄う。妖精たちの好む歌を。
 そうやってまた一日が過ぎていく。




「お前、名前はなんという」

 立ったまま私たちを見下ろしながら訪ねたのは、立派ないで立ちでキラキラしい容姿の方だ。

 確かお父さんが、今日王宮からお役人が視察に来ると言っていた。
 毎年のことだから慣れたものだ。
 妖精の花畑が守られ多くの妖精がいれば、国に豊かな実りが約束される。
 だから毎年、王宮からお役人が訪れて、花畑の状態を確認して帰っていく。
 
 目の前の人はいつもの人より高そうな服を着ているから、きっと爵位の高いお役人なのだろう。

「おい、聞こえているのか! お前は誰だ」
 再度、尋ねられてはっとする。

「フィールズ家のエミリーと申します。妖精のお相手をさせていただいております」
 取り合えず不快感を与えないように微笑みながら名乗った。

「初めて来たが、随分と妖精が多いのだな」
「妖精がお見えに?」
「ああ、お前の周りを光が飛び回っている」

 一族以外で妖精が見える人はあまり多くない。十人に一人か、二十人に一人くらしかいない。その上、一族以外はっきりとした姿は見えず光の塊としてしか認識できない。一族は誰もが妖精の姿をはっきりとみることができるのだけど。

 昔は一族以外にも妖精の姿をはっきりと見ることができる人が多かったと聞くけど、今はいないといってもいい程少数なのだとか。

「そうか、フィールズの娘ななら身分も申し分無い。王宮に連れ帰る」
 言い放つと有無を言わさず抱きかかえ馬車に連れ込まれた。

「おやめください! 私にはこの地を守る義務がございます!」

 お役人だと思った相手は王子様だった。
 連れの役人は王子のやることを諫めもしない。

「止めて! 帰して!!」

 強引な王太子にエミリーは抵抗するが、男の力に敵う訳もなく、あっさりと連れ去れたのだった。
 走っている馬車から飛び降りようとしたけど、外から鍵がかけられているみたいでドアは開かなかった。

「もうお前は俺のものだ。勝手をするな!」

 ニヤニヤ笑う王子様の顔が気持ち悪い。吐きそうだった。

「私は妖精の愛し子です! 妖精のそばにいないと!」

「ふん! 妖精共には花畑があれば十分だろう。愛し子がいなくても妖精は住みついてるのだからな」

 確かに愛し子が常にいるとは限らない。でもその不在の時代は数が減る。何より自分たちのものを無理やり奪われるのを妖精は嫌う。

 どうしよう……。

 絶望的な気持ちになりながら、でも私はどうすることもできなかった。
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