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第3章 弟子の魔法使いは優等生達を欺き凌駕する(何気なく)。

第17話 動き始める戦術クラス(弟子はポンコツな幼馴染に悲しくなった)。

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 異変にはすぐ気が付いた。

「おはよう。なんかあったのか?」
「あ、ああ……なんか登校中に魔法科の奴らに絡まれたグループが居てよ」

 普段とは違う何処か騒がしい朝。
 いつものように席に付くと、対して会話はしないが、何か知ってそうな後ろの席の男子に話を聞いてみる。吉田だったか、田中だったか忘れたが。

「まさか堂々と絡んで来たのか?」
「いや、駅の方だ。オレも利用するから嫌だなぁって思ってたけど、どうもオレが見たのだけじゃないらしい」

 そう言って、クラスの内の二~三の集まってるグループへ視線を向ける。
 少し離れているが会話を盗み聞いてみると、どうやら他の通学路の駅やバス、それに通り道でも何やら因縁を付けられる被害があったようだ。

「暴力沙汰にはなってないんだよな?」
「なってたら最悪警察沙汰だ。ていうか絶対に学校側が黙ってない」

 そう、だから相手はギリギリのラインをキープして揉め事を続けている。
 普通ならそれだけで学校側が注意してもおかしくないが、この学校は生徒同士の抗争に極力介入しようとはしない。

 実際に大きな怪我や警察問題に発展しない限り、介入して来ることはまずない。

「試験のランキング戦が近いからか、なんか苛立っている感じがするぜ」
「かもな。けど普通科の俺たちには関係ないんだから、無視してほしいところだ」
「だよな」

 なんて話をしていると先生が入って、いつも通りの授業が始まる。
 特に魔法科に関する話はなかったが、クラスの空気はいつもより重いのを感じながら、昼休みに緋奈から聞いていた彼女のアドレスへメールを送った。




「っ!」

 あんまりひと気の少ない屋上スペース。
 先に待って数分、マドカお手製の弁当を味わっていると、屋上のドアが勢いよく開いた。
 急なメールに慌てて駆けつけたようで、明るい茶髪が乱れた状態の桜香が焦った顔で周囲を見渡して……。

「刃……」
「よ、来たか桜香」

 手元には弁当の袋がある。急いで来たが、ちゃんと持って来たか。

「まずは座れよ。昼の時間は限られてる」
「……」

 焦りの顔が次第に収まるが、代わりにムスっとした不機嫌そうな表情になった。
 無言のまま隣の席にドンと座り込んだ。

「……」

 チラリと俺の弁当を見つめる。
 すべてマドカの手作りで、冷凍食品は一つもない。
 俺の体作りにも気を遣った彼女らしい出来だが。

「誰が作った。お前じゃないだろう」

 ちょっと迂闊だった。手作りって分かるのか。
 あんまり気にされると思わなかったから、普通に食していた。……なんて答えよう。

「え、えーと俺だけど?」
「あり得ない。もっとマシな嘘を付け」
「ジィちゃん?」
「あの人ならこんな量じゃないだろう」

 そうだな。絶対にタワーみたいな弁当箱で用意して来そう。

「……はぁ、ジィちゃんが専属の料理人に弁当を用意させてる。一応いいって断ったけど、食生活に関わるって押し付けられた」

 前半は似たような話、後半のマドカとのやり取りを混ぜたものだ。
 当初はいいって断ったんだが、あのメイド……妙なところで心の火が付くタイプだ。

「あり得そうな話だけど、なんか今作った感が否めない」
「ご馳走さま」

 さっさと蓋をして片付けた。
 呼び出したのは弁当の尋問の為じゃない。

「噂は前から聞いていたが、実は相当困っているらしいな? クラス内で」
「……っ、なんのこと?」

 まだ桜香の食事は終わってないが、話に入ることにした。
 予想通り微かな動揺だけですぐ惚けたが、そんな前振りは望んでいない。

「緋奈からも聞いた。ていうか頼み込まれた。──桜香姉さんを助けてくれって」
「──っ! 本当なのか?」
「嘘でもいいぞ。話を持ち掛けるのは、これで本当に最後にする」

 最後という言葉に桜香は大きく目を見張る。
 クラスのことで相当困っているのは、緋奈の話からも分かる。少しくらい優した方がいいのかもしれない。いや、多分正しいと思う。

「前言ったことは取り消すつもりはない。俺のことはさっさと忘れるべきだ」

 思い出したか、次第に青ざめていく。あれだけ俺に言われたのが初めてだから、トラウマにでもなったか。
 決別した筈が、またこうして話をしている。内心自分の甘さに辟易するが、妹からの頼みだ。

「アイツが泣きながら、頼み込んで来なかったら絶対に動かなかった」
「泣いて……」
「今さら、過去の件を謝られても困るだけだ」
「っ……!?」

 俺の言葉に今度は狼狽の色が濃くなる。まるで知っている筈がないといった顔だ。それだけで緋奈の話が本当だったのだと、長い沈黙を破った彼女の覚悟を改めて感じ取る。

「だけど俺を助ける為にお前らが必死だったのは、今なら分かる気がする」

 そう、これは緋奈の懇願だけが理由じゃない。
 裏切られたと自暴自棄になって、彼女達の気持ちを何も考えようとしなかった。あの頃の自分への清算。

「もう一度だけ尋ねる。桜香、本当に……俺の手は不要か?」

 言いながら彼女の目をジッと見つめる。戸惑うばかりのその瞳を。

『……』

 同じように屋上で食事をしていた生徒たちや入って来た生徒らに、聞かれているのを感じ取りながら。




 しかし、話を聞いていくうちに外野の気配なんて忘れてしまった。
 なんとなく事情は察した通りだったが、現在の状況は想像よりもやや阿呆な展開へ移行していた。主に桜香バカの所為で。

 傍若無人な鬼苑とそのグループと揉めに揉めた末、次の魔法試験の結果で決めることになったらしいが……。

「次の試験内容は確か学校のじゃなくて、政府が管理する『四大迷宮ダンジョン』のどれかを使ったランキング戦だよな?」
「あ、ああ」
「参加者は普通科と魔法科の希望者のみ。チーム人数は一人から最大五人まで、別クラスの混合チームも可能」
「そうだ……」
「具体的な内容はまだ明かされてないが、リタイアしない限り一週間はダンジョンの内で生活する」
「なかなか大変な試験になりそうだな」
「そうだな。そんな試験で順位が上だった方の方針に従うか…………お前アホだろう桜香」
「ぐぅ! は、ハッキリ言うか?」

 言うよ? だって本当にアホだと思ってるもん。

「バトルキャラで挑発に弱くてすぐ攻戦的になる。弱点が全く克服されてないのは、前会った際に薄々察していたが、試験内容も考えずにその勝負をするとは…………」
「そこまで言ってなんで黙り込むんだ!」

 悲しいから。幼馴染の病気が全く完治してなくて、いよいよ白坂家の未来が危うく感じてきた。多分兄の方がどうにかすると思うが。

「どうしてだろう。なんか涙が出そう」
「憐れむな! 余計に傷つくから!」

 頼まれたけど、既に嫌になっていた。
 なんで無関係な俺がここまでしないといけないんだと、引き受けたくせに思わずにはいられなかった。





「白坂が普通科の奴とだと?」
「ええ、なんか知り合いっぽい。見ててすっごい絵面だったわ。恋人にも見えたわ」
「「恋人!?」」
「マジかよ……」

 放課後、人気のない廊下で数人の男女が集まっていた。
 桜香を尾行していた女子が報告するのは、鬼苑の側近のような大男。
 ただし、側近と言っても面倒な役割を鬼苑に押し付けられているだけ、実力だけはクラスでも上な下僕。

「じゃあ、報告したから」

 女もまた側近の一人でもあるが、こちらは面倒くさがり屋な部分が多い。
 一応鬼苑に従ってはいるが、忠誠心は欠片もない。振り返りもせず、さっさと帰る。
 その様子を見ていた男子の一人が大男へ不安そうに訊く。

「いいのかよ? アイツ放置して」
「最低限の義務を守れば鬼苑さんも許す。それよりも白坂の陣営の方はどうすっかだ」

 彼女が素直に従う気はないのは、短い付き合いの大男でもよく知っている。
 無駄なことを考えず、次に移すことにする。

「その生徒を嵌めたら、白坂にさらにプレッシャーを与えれそうだ」
「他の奴らみたいに決闘に持ち込むのか? 普通科だぞ? いつもみたいに脅しても、さすがに教員が止めるんじゃねぇ?」
「問題ねぇよ。そいつの意思で同意させれば、教員共も警告までしか出来ねぇ」

 大男はそう言って拳を鳴らす。本人の意思で同意とは口にしたが、それが強制的なものであるのは他の男子たちもよく知っている。

「早速明日の放課後に仕掛ける。いつもみたいな囮はいらねぇだろう。人の見えねぇ場所で軽くシメれば折れる。写真も撮って拒否させなきゃいいしな」
「囮なしって、鬼苑さんには言わないのか? いつもの囮役の女子って、あの人の協力者なんだろう?」
「一応知らせるが、報告は後にする。ちょうど藤原との取り引きとダンジョン攻略で忙しいからな。終わってからでも問題ない」
「ま、相手も普通科の欠陥品。どうとでも出来るか」
「そういうことだ」

 そう言って男たちは早速行動を開始する。
 普通科の生徒なら人数も少ないので、調べるのにそう時間は掛からなかった。

 普段なら決闘の場に誘い込む為に、鬼苑しか知らない女子が協力してくれて、脅迫材料を用意してくれる手筈。
 しかも、脅された相手は無抵抗にやられるしかない。その所為で誰も真実を語れず、泣く泣く鬼苑たちの身勝手な暴力を受けるしかなかった。

 しかし、今回の相手は魔法使いとして欠陥な普通科の生徒である。
 その場にいる面々に、大男の作戦に対する異論の声は一切なかった。


 それが自分たちの首を絞める。───切っ掛けになるとも知らずに。




「……帰るか」

 連絡が届いたスマホを確認した俺は、いつも通り席を立つ。
 桜香の相談を受けた次の日のまた放課後。授業の話が皆無だが、別にいいよね?
 いつものように教室を出て、部活にも入ってないので玄関まで一直線へ移動していたが……。

「オイ、おまえ──」
「……(スー)」
「ちょっ……!?」

 なんか絡まれそうになったので、スルーして外に出る。
 相手は三人のヤンキーみたいな野郎共。見るからに関わってはいけない人種だ。
 人を見かけで判断してはならないと言うが、この男たちに限っては見た目で判断しても位いいと思う。

 考えるまでもなく、無視の一択だったが。

 ──ドンっ

「待てって言ってんだ」

 中でも図体が一番デカいゴリラ男が割り込んで来た。
 顔もゴリラっぽい珍獣フェイス。ギロンと睨み付ける。あ、眉毛濃いわ。

「なんかようか? 帰りたいんだけど」
「ちょっとツラを貸せ」
「貸せるわけないだろう。顔の皮でも剥ぐつもりか?」
「ちょっとオレ達に付き合えって言ってんだよ」

 あれ、ボケだけどお気に召さなかったらしい。
 イラついて額の血管が浮き出している。破裂したらどうしよう。

「ナンパするならイケイケ女子にしろよ。男は絶対にないって」
「こっちだってお断りだわ。ていうかイケイケ女子ってなんだ?」
「え、色んなプレイ全然オッケー? な女子?」
「……お前がどうなろうが正直どうでもいいが、その単語は女の前じゃ絶対すんなよ?」

 あれ、なんか意外と優しい?
 何故か他の男二人も青ざめた顔でこちらを見ている。
 意外と小心者? いや、俺が怖いもの知らずとか勘違いしているらしい。
 いやいや、心外だな。

「失敬な。俺だって女子の前じゃ絶対言わないよ」
「そ、そうか」
「心の中じゃ、このビッチ共め! って女の群れに睨んだりしているけど」
「偏見過ぎないか? ってそうじゃねぇよ」

 いい加減こっちペースに嵌っていると気付いたか。
 大男は一度咳払いして自分を落ち着かせる。咳払いに他の二人もハッと正気に戻るが、少しやりにくそうな顔をしている。好感度でも持たれたか?

「なぁ金剛こんごう、こいつ本当に白坂の知り合いか? オレにはただの変人か阿呆にしか見えねえんだが」

 ……おや?

「……そう思うか?」
「オレもそう思うぜあつし。正直霧島きりしまが適当に調査しただけな気がしてならない。あの堅物の白坂がこんなモブみたいなオタな奴と親しくとか……氷柱でも降って来そうだ」

 ……おやおや?

「考えたくないが、オレたちが単に間違えただけか。それとも霧島がマジでサボったかのどっちか。万が一の可能性として白坂の趣味が悪い…………可能性もあるが……やっぱ無いような。どっちだ?」

 …………おい。

「さっきから聞いてたら、なんだ変人とかオタとか。キリシマが誰か知らないが、もっと信用しろよそいつを。あと白坂の趣味は……確かに良いと思えないが、そこはオブラート包めよ。間が異様に長かったぞ」

 アイツに失礼だろう。と幼馴染として注意するが……。

「女に妙に偏見的なお前と白坂の関係を考えた結果だが悪いか?」
「…………(むか)」

 もう僕は怒った。こんな失礼極まりない奴らをもう話すことなんてない。
 プンプンと頬を膨らませて、男たちを通り過ぎ──。

「だからって、さらっと逃げるなよ」

 ガシッと肩を掴まれて止められた。くそう。

「油断も隙もないな」
「……その白坂が関係しているなら、俺とアイツは仲は現在崩壊中だ。昨日は偶々愚痴を聞かされたが、基本関わる気はないよ」
「やっと見えてきたじゃねぇか。少しだけ霧島の報告にも信憑性が出てきたな」

 肩を掴む力が増した。肩の肉ではなく、骨を刺激するような握力。
 だが、強化も特に掛けていないただの掴み。服の皺が付くだけだから止めてほしい。

「へぇ……結構保つじゃねぇか」

 俺がノーリアクションだから勘違いしたか、金剛という大男は微かに野獣のような笑みを見せる。
 まだ学校内の玄関だが、まさかここでやるつもりか?


「そこで何してるのかな? 金剛くん?」


 なんて思っていた直後、アニメ声みたいな可愛らしい女の声が届く。
 呼ばれた金剛と男たちは振り返る先へ俺も振り向くと、一人の女子がニコニコしながらこちらに指差して来た。……見覚えのある顔だ。確か入学式で男子と女子に囲まれて、ジィちゃんがファンでもあるアイドルチームの……。

「いけないんだよ? そういうことしちゃー」
春野はるのか、邪魔する気か」

 思い出した。春野だ。春野あや、魔法使いのアイドルチームに所属する『魔法少女』。

「するよ? 悪い子たちにはお仕置きしちゃうよー」

 薄めのピンク色の短髪と整った容姿。見た目は正統派アイドルそのもの。
 桜香と同じ戦術クラスのアイドルは、イタズラっぽいニヤッとした笑みで金剛たちに向かって……。

「覚悟はいいかなー?」

 自然界の王者であるライオンが威嚇するような、攻撃的な魔力を全身から漏らして、その笑顔とは裏腹に、瞳からは明らかに殺気が込められて、獲物の三人を捉えていた。

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