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第1章 弟子の魔法使いは魔法学校を受験する(普通科だけど)
第9話 新たなる後継者 後編(弟子はテンプレをぶった斬る‼︎)。
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「魔石は……無しか」
あっという間に炭となった二体の魔物の残骸を見てみる。
残念ながら目当ての魔石は転がっていない。一緒に燃え尽きたか、それとも最初から無いか。
「魔物なら有って当然だが、コイツらは……」
既に滅びた筈の二体の魔物。それが何らかの……いや、魔力からして師匠の宿敵である魔神の仕業で蘇っている。魔神しか使えない禁術の可能性が高い。だとすると……。
「マドカの方へ行った方がいいか……よし」
彼女とは繋がっているから無事なのは分かるが、相手が魔神だとすれば少々分が悪い。
こちらは復活する気配もないので、俺はさっさと移動しようとしたが……。
「待て」
「……」
離れようとしているのに気付いたか、愛用の青い剣を握り締めた桜香が背後から呼び止めて来る。
気配からその後ろに緋奈もいるようだが、何処か落ち着かない様子でいる。感情も読み取り辛く、焦っているのは分かるが、何故か嬉しそうで寂しそう……押し寄せてくる感情に振り回されている感じだ。
「刃なんだな?」
「……ああ、そうだが?」
無視しようか迷ったが、桜香の性格が以前のままならすんなり行かせてくれる筈がない。
内心渋々で振り返って見たが、改めて二人を見てやはり五年は大きかったのだと痛感した。……向こうの世界を合わせると十年は経ってそうだが。
二人共、昔の面影は所々で残ってはいたが、ちょうど成長期だったから色々変わっていた。
「随分素っ気ない。……本当に刃なのか?」
「どの刃のことを言っているか知らないが、それが龍崎刃なら間違いなく俺のことだ」
特に変化していた桜香の方だ。相変わらず異性が相手だと男っぽい口調のようだが。
以前と同じ明るい茶色の髪をしているが、容姿はまるで別もの。別れた時はまだ小学生だったこともあるが、背丈や顔立ち、それに胸元も明らかに成長して、周囲の男の目を全て奪っていそうだ。
俺も『融合化』してなければ、目を奪われて取り乱したかもしれない。
「……正直違ってほしかった。私達の勘違い。他人の空似ならどれほどよかったか」
「何だか知らないが、それは残念だったな。悪いが、こっちは今急いでるんだ。再会の挨拶ならまた後日にしてくれ」
「悪いと思うなら、まずこっちの質問に全て答えて貰おう。突然の再会から僅か数分で、訊きたいことが山程あるんだ」
目付きも以前より鋭くなっており、俺を睨むその眼力は大抵の男なら簡単に竦んでただろう。だが、今はマドカが優先だ。呑気に話している暇なんてない。
「今は非常事態。そんな事も分からないほど冷静さを失ってたか?」
「!……本当に変わったな。なんなら試してみるか? どうやってそんなに力付けたか興味がある」
出たよ。バトル中毒発言。
これが桜香の悪い癖。子供の頃から親も困らせたバトルマニア。
強い相手、強い魔物、自分より格上か匹敵するかもしれない者を前にすると、とにかく試したくなる完治不能な悪い病気だ。誘われた親父の訓練道場でも、荒らしに荒らしたと聞いている。
天才派のミコも散々相手させられており、咲耶姉さんと同じくらい苦手らしい。今は苦手以上に嫌っているけど。
「相変わらず強引だ。短気な性格も健在か」
「そうだな。さっきの戦いがなかった違ったかも。あの伝説級の二体、私達がどれだけ攻撃をしても殆どダメージすら通らなかった。一級魔法を連続で使ってやっと少し傷を負わせただけ」
その時のことでも思い出したのか、悔しそうに唇を小さく噛む桜香。後ろの緋奈も悔しいというより落ち込んでいるようだ。
「けど、貴方は容易く通した。触れただけで竜のニーズヘッグを弱らせた。それに幻獣のグリフォンを初級魔法で撃ち落としただけじゃなく、その翼を燃やし尽くした」
心の底から信じ難い。どんなに考えてもありえない現象が起きた。桜香も緋奈もそれが気になってしょうがないって顔だ。
「何があったか全て話せ刃。もし惚けるなら……」
いや、話せと言われても時間以前に無理なんだけど。
なんかやる気満々な桜香を前に、いよいよどうしようかと悩んで───その時だった。
「ん? この感じ……」
「っ、話を聞いているのか刃? お前がそうならこっちも遠慮は……」
マドカのいる位置にあった魔神の魔力が濃くなった気がした。
だが、すぐに気配は移動して、何故か倒した筈の魔物達の方から強く感じ出した。
「……」
「なんだ、あの赤い魔法陣は……」
「み、見たことない魔法陣です。魔物の死骸が集まっていく……!」
俺の視線から桜香も緋奈も気付いたようだ。
唖然として呟く桜香。緋奈も地面に浮かび上がった魔法陣に驚いている。全く読み取れない術式に困惑した様子で、魔物の残骸が集まるのを見ていた。
「ッ!」
「刃!?」
駆け出した俺に桜香が声を上げたが、今はそれどころではない。
手のひらに『火炎弾』の球体を生み出す。右腕に同化させて巨大な拳にする。
飛び掛かるように魔法陣に向かって拳を振り下ろした。
「……っ」
しかし、『巨人の炎拳』が届く前に出現した魔法陣が完全に起動してしまった。
衝撃で炎拳ごと弾き飛ばされて、その魔法陣の発動まで許してしまった。
『ガルルルゥゥァァァァァッ!』
「融合、いや合体か? 俺と同じスキルか……?」
そして、出現したソレは竜と鳥獣が一つになった姿。
竜が主体となって、背中や頭部にグリフォンの羽と頭が合体した二足歩行の怪物。
魔神の魔力も急激に増しており、俺は合体復活した疑問よりも、先に敵に対する危険度を上げた。
『ガルガァ!』
「っ……!」
いきなり駆け出したと思ったら、明らかに動きが速くなってる。
翼も加わったことで急加速した合成ドラゴンが放つ巨悪な鉤爪を手刀で弾くが、力も増して押されそうになる。
「ふっ! ……ッ」
咄嗟にその勢いを加えた回転の横蹴りで押し返そうとしたが、俊敏性も上がっていたドラゴンの跳躍の方が速く。“羅刹”の影響で速度が落ちていた俺の蹴りは、さっきまで奴がいた虚空を切るだけに終わる。
『ガルガァァァ!』
俺との接近戦は危険と判断したか、ドラゴンは翼も振るわして空中から降りて来ない。
目測で二十メートルはありそうだから、“羅刹状態”の本気の跳躍でも届くとは思えない。
“風魔”なら届くだろうが、あの俊敏性と機動力を考えると、奴との空中戦はかなり賭けになる。飛ぶのは苦手ではないが、時間に限りがある以上俺の方は結構条件が厳しかった。
『ガルガァアァァアァァァァッ!!』
とそこで飛んでいたドラゴンがまた新たな攻撃に転じていた。
探知範囲の外だった所為で気付くのに遅れてしまった。
「ッ、範囲が広い!」
───灰色のブレス咆哮。しかもグリフォンの嘴からも何か放出された。
合体して推定が難しい以上、“羅刹”の防御力で防ぎ切れるか怪しい。このモードだと速度が落ちるが、ギリギリ間に合う筈。すぐに回避行動を取ろうとしたが……。
視界の隅で見捨てるには目立つ二人が、ポツンと攻撃範囲に残っていた。
「っ……チッ!」
「──刃ッ!?」
「──兄さ……!?」
正直腹立たしいが、呆然としている二人の前へ、咆哮から守るように前に飛び出た。
もう逃している暇はない。ガードの魔力を全開にして腕をクロスさせるが……。
「───ッッ!!」
激しい衝撃波と破壊の音波が強化した肉体をミンチにしてきた。
さらに本命である灰色の炎が俺の体を燃やし尽くそうとする。後ろの二人も巻き込みそうであったが、そこは意地を張って炎を自身のみに抑え込む。
真後ろだった為に残った衝撃で二人が軽く吹き飛ばされたが、俺のように肉体がズタズタにされた訳じゃない。受け身ぐらい取ってくれよ、と愚痴を零したいくらいだ。
「な、なんで刃、お前が……」
「うるさい……ちょっと、黙ってろ……」
あの鬼畜譲りの無駄な頑丈さが売りな俺がここまで痛め付けられるとは……。骨は無事な時点でやっぱり異常か……。
身体強化の“羅刹”で強化してなかったら危なかった。
『ガルルルガァァァァ!』
そして肝心のドラゴンは空中維持か。知力でも上がったのか、こちらを睨みながら突っ込んで来ない。……ふぅ、やれやれ参った。
「ホント、嫌なくらい賢くなって……」
不思議と笑みを溢して、俺は───。
「調子ニ乗リヤガッテ……咬ミ殺スゾ、トカゲ風情ガ」
『──ッッッ!?』
途端、ダメージを受けた筋肉がある程度回復。
ゆっくりと立ち上がる。───“羅刹”を解除した。
「……その翼、撃ち落とされたのをもう忘れたのか?」
雷系統の『通電撃』を左手で発現させる。
所持する『派生属性』を利用して、『銃撃形態』の魔法銃に形態変化。見た目はオートマチックの青白い銃を静かに構えた。
「魔法を変化させた……?」
「じゅ、銃だと?」
唖然とする緋奈の呟き。桜香も驚いているが、気にせず俺は纏っている『身体強化』に意識を集中して……。
───“仙沈”発動。
「……」
『魔力融合化』で強化していた五感がさらに強化。
空中のドラゴンの位置を捉えて、構えていた銃を空と上げる。
そしてドラゴンが飛んでいない方向に向かって……。
「墜ちろ」
引き金を引いた。
発射されるのは、青白い電撃の弾丸。一直線に空へと上ろうとしたが……。
『ッ──ガルガァァァァァァァ!?』
弾丸の軌道が大きく反転。
光の流星のような空を渡り、速度を上げてドラゴンの片翼を射抜く。翼に大きな穴が空いて、そのまま体勢が大きく傾いて落下を始めた。
「頭でもよかったが、二つあってややこしいからな。こっちに落ちて来てもらおう」
『ッ!!』
そんな俺の呟きが聞こえたか、それとも地上に落ちるのはマズイと自分で判断したか、残った片翼で必死に機動を取ろうとするドラゴン。
だが、悲しい話であるが、撃ち抜かれて穴が空いている翼は、ハッキリ言って使い物にならない。
寧ろ残った方だけで、あの巨体をまだ浮かせているかと関心すら覚える光景だが……。
「トドメと行こうか」
発動中の“仙沈”を解除。
切り替えるように今度は“風魔”の身体強化になる。
「来い!」
さらに何もないところで俺は手を伸ばした。
すると呼び声に応えるように、その空間から時空の裂け目が発生する。
中から白金の光が飛び出すと、手を伸ばした俺の右手首へ装着された。
「『継承された神ノ刃』!」
そして、手首に白金の刃が装着された。
魔法の師匠から譲り受けた一振り。運命を切り開く最強の聖剣の欠片から生まれた『神すら殺める刃』。
『───ッ!? ガルガァァァァァ!?』
「終わりだ」
現れた聖剣に恐怖が勝ったか、役目も忘れて必死に逃げ出そうとする。
だが、奴は既に俺の間合いの内にいる。
“風魔”によって跳ね上がった脚力と跳躍力を活かして、師匠の歩行術『跳び兎』を使用。
みっともなく宙で慌てている奴の間近まで接近して……。
『偽ノ太刀・神斬リ神殺シ』
──通過した。……したように見せて、その首を両断。
すると斬り口から聖なる光が溢れ出して、瘴気まみれなドラゴンとグリフォンを浄化させる。とんでもないレベルの浄化効果なので、完全に地面へ落下した時には、もう二体の合体魔獣は霧のように消滅していた。
「……」
俺はその光景を着地しながら、横目で静かに捉えていた。
執念いようだが、唖然とした二人が終始邪魔でしょうがなかった。
「驚きを超えて、驚愕を超えて、もう昇天しそうだぁ。まさか、あのチカラを受け継ぐ者がいたなんて……」
「……」
魔神の彼女とマドカの戦いは続いていた。
と言ってもマドカの攻撃を魔神がずっと避けているだけ。本気で戦う気が全くないのか、終始牽制程度の魔法攻撃しかしていない。辺り屋上の破壊の後は、殆どがマドカの仕業であった。
「そうか、君は監視役か。彼のチカラが暴走した際の保険として、魔導神から彼の処断を……」
「『混沌の暴風』!」
言い終わる前にマドカの魔法が発動される。闇の暴風が大口を開けて彼女を飲み込んだが、しばらくして、竜巻が内部から破裂。ワザとらしく額を拭う魔神が姿を見せる。
「ふぅー怖い怖い。何か気に触る事でも言ったかなボク?」
「“舞え”……」
魔神の質問を無視して、静かに唱える。するとマドカの周りで黒い蝶が無数に現れる。闇の精霊だ。
「“行け”……」
軽く手を振るうと、一斉に蝶の群れが魔神を囲う。
一羽一羽は小さいが、何十羽も囲うように居れば身動きだって取りづらい。
「さぁ、逃げ場ありません。覚悟が宜しいでしょうか?」
「おや、少し怒らせ過ぎたかな? けど、この程度じゃボクは──?」
笑みを浮かべていた魔神だが、無意識に顔を逸らす。──ガキッと何かが仮装マスクを掠める。……と同時に鋭い稲光が見えた。
「……何?」
途端、彼女から笑みが消えた。
蝶たちは何もしていない。その隙間を掻い潜るように何かが彼女を襲ったのだ。マドカ以外の何者かの攻撃……つまり。
「まさか、あの距離から……!?」
「彼を侮り過ぎましたね。彼は武術や剣術よりも狙撃術が得意な方ですよ?」
マドカの呟きで魔神の彼女が振り返った先は───戦いの地点から少し離れた小さな建物屋上。
かなりの距離があるが、魔神の視力なら容易く覗ける。魔眼持ちでもない限り、この距離を覗くのは相当難しい筈だが……。
『……』
こちらに視線を送る青年が見えた。
先程の銃だろうか、手元には青白い狙撃銃が握られている。バチバチと雷光を発して、威嚇するように青年は銃口をこちらへ向けた。……魔神の視線に気づいて───。
『───』
再び鋭い稲光が……と理解した時には、彼女の目元に向かって鋭利な雷光弾が───。
「……ッ!?」
届く寸前、紙一重で避ける魔神。
今度は掠める程度は済まず、仮装マスクの半分を破壊されて、その奥から黄金に輝く瞳が露わになる。
「……油断した。まさかここまで射程範囲が広い銃術使いだったなんて……!」
すぐに手で隠して全身を赤黒い障壁が展開される。
するとダンッと障壁の外側に弾丸がヒット。さらにもう一発、もう二発と連続で弾丸が埋め込まれるが、貫通することはない。より強力な障壁が彼女を守っていたが……。
「……?」
違和感は少し受けた後。
強固な筈の赤黒い障壁の外側から奇妙な魔力の気配を感じ取る。
「弾丸の魔力? 何でまだ残って……ッ!?」
ハッとした時には既に遅かった。
次の瞬間、着弾した箇所から障壁へ侵食する刃の魔力。
やがて雷撃魔力が全体へ侵食して雷光が強くなる。咄嗟に魔神は逃げようとしたが、外側には蝶群れと自分が張った障壁によって逃げ場を失われてしまった。
「しまっ……!?」
激しい雷光と共に起爆剤となった障壁。
刹那、巨大な雷鳴爆破を引き起こして、内部に隠れていた魔神ごと周辺も吹き飛ばした。
「……」
マドカは静かに土煙が晴れるのを待つ。
闇の精霊である蝶たちも控えさせて、刀も構えて待機していたが……。
「逃げましたか……」
煙が晴れた先には、破壊の跡しか残されていなかった。
あの程度でやられる訳がない魔神の姿は、その場から忽然と姿を消したのだった。
*作者のコメント*
身体強化の“仙沈”は五感能力の超強化です。(融合化の時のみ使用可能)
通常の身体強化より身体能力が劣る代わりに、感覚神経が数段強化される。
探知能力も飛躍的に上がって、魔法攻撃の照準代わり使用することが多い。
遠距離系の狙撃術などで利用される。
身体強化の“風魔”は反射速度の超強化です。(融合化の時のみ使用可能)
通常の身体強化より筋力が低下するが、速度は飛躍的に跳ね上がる。
反射能力も数段増して、瞬発力、動体視力も影響されている。
速斬りの剣術などで利用される。
あっという間に炭となった二体の魔物の残骸を見てみる。
残念ながら目当ての魔石は転がっていない。一緒に燃え尽きたか、それとも最初から無いか。
「魔物なら有って当然だが、コイツらは……」
既に滅びた筈の二体の魔物。それが何らかの……いや、魔力からして師匠の宿敵である魔神の仕業で蘇っている。魔神しか使えない禁術の可能性が高い。だとすると……。
「マドカの方へ行った方がいいか……よし」
彼女とは繋がっているから無事なのは分かるが、相手が魔神だとすれば少々分が悪い。
こちらは復活する気配もないので、俺はさっさと移動しようとしたが……。
「待て」
「……」
離れようとしているのに気付いたか、愛用の青い剣を握り締めた桜香が背後から呼び止めて来る。
気配からその後ろに緋奈もいるようだが、何処か落ち着かない様子でいる。感情も読み取り辛く、焦っているのは分かるが、何故か嬉しそうで寂しそう……押し寄せてくる感情に振り回されている感じだ。
「刃なんだな?」
「……ああ、そうだが?」
無視しようか迷ったが、桜香の性格が以前のままならすんなり行かせてくれる筈がない。
内心渋々で振り返って見たが、改めて二人を見てやはり五年は大きかったのだと痛感した。……向こうの世界を合わせると十年は経ってそうだが。
二人共、昔の面影は所々で残ってはいたが、ちょうど成長期だったから色々変わっていた。
「随分素っ気ない。……本当に刃なのか?」
「どの刃のことを言っているか知らないが、それが龍崎刃なら間違いなく俺のことだ」
特に変化していた桜香の方だ。相変わらず異性が相手だと男っぽい口調のようだが。
以前と同じ明るい茶色の髪をしているが、容姿はまるで別もの。別れた時はまだ小学生だったこともあるが、背丈や顔立ち、それに胸元も明らかに成長して、周囲の男の目を全て奪っていそうだ。
俺も『融合化』してなければ、目を奪われて取り乱したかもしれない。
「……正直違ってほしかった。私達の勘違い。他人の空似ならどれほどよかったか」
「何だか知らないが、それは残念だったな。悪いが、こっちは今急いでるんだ。再会の挨拶ならまた後日にしてくれ」
「悪いと思うなら、まずこっちの質問に全て答えて貰おう。突然の再会から僅か数分で、訊きたいことが山程あるんだ」
目付きも以前より鋭くなっており、俺を睨むその眼力は大抵の男なら簡単に竦んでただろう。だが、今はマドカが優先だ。呑気に話している暇なんてない。
「今は非常事態。そんな事も分からないほど冷静さを失ってたか?」
「!……本当に変わったな。なんなら試してみるか? どうやってそんなに力付けたか興味がある」
出たよ。バトル中毒発言。
これが桜香の悪い癖。子供の頃から親も困らせたバトルマニア。
強い相手、強い魔物、自分より格上か匹敵するかもしれない者を前にすると、とにかく試したくなる完治不能な悪い病気だ。誘われた親父の訓練道場でも、荒らしに荒らしたと聞いている。
天才派のミコも散々相手させられており、咲耶姉さんと同じくらい苦手らしい。今は苦手以上に嫌っているけど。
「相変わらず強引だ。短気な性格も健在か」
「そうだな。さっきの戦いがなかった違ったかも。あの伝説級の二体、私達がどれだけ攻撃をしても殆どダメージすら通らなかった。一級魔法を連続で使ってやっと少し傷を負わせただけ」
その時のことでも思い出したのか、悔しそうに唇を小さく噛む桜香。後ろの緋奈も悔しいというより落ち込んでいるようだ。
「けど、貴方は容易く通した。触れただけで竜のニーズヘッグを弱らせた。それに幻獣のグリフォンを初級魔法で撃ち落としただけじゃなく、その翼を燃やし尽くした」
心の底から信じ難い。どんなに考えてもありえない現象が起きた。桜香も緋奈もそれが気になってしょうがないって顔だ。
「何があったか全て話せ刃。もし惚けるなら……」
いや、話せと言われても時間以前に無理なんだけど。
なんかやる気満々な桜香を前に、いよいよどうしようかと悩んで───その時だった。
「ん? この感じ……」
「っ、話を聞いているのか刃? お前がそうならこっちも遠慮は……」
マドカのいる位置にあった魔神の魔力が濃くなった気がした。
だが、すぐに気配は移動して、何故か倒した筈の魔物達の方から強く感じ出した。
「……」
「なんだ、あの赤い魔法陣は……」
「み、見たことない魔法陣です。魔物の死骸が集まっていく……!」
俺の視線から桜香も緋奈も気付いたようだ。
唖然として呟く桜香。緋奈も地面に浮かび上がった魔法陣に驚いている。全く読み取れない術式に困惑した様子で、魔物の残骸が集まるのを見ていた。
「ッ!」
「刃!?」
駆け出した俺に桜香が声を上げたが、今はそれどころではない。
手のひらに『火炎弾』の球体を生み出す。右腕に同化させて巨大な拳にする。
飛び掛かるように魔法陣に向かって拳を振り下ろした。
「……っ」
しかし、『巨人の炎拳』が届く前に出現した魔法陣が完全に起動してしまった。
衝撃で炎拳ごと弾き飛ばされて、その魔法陣の発動まで許してしまった。
『ガルルルゥゥァァァァァッ!』
「融合、いや合体か? 俺と同じスキルか……?」
そして、出現したソレは竜と鳥獣が一つになった姿。
竜が主体となって、背中や頭部にグリフォンの羽と頭が合体した二足歩行の怪物。
魔神の魔力も急激に増しており、俺は合体復活した疑問よりも、先に敵に対する危険度を上げた。
『ガルガァ!』
「っ……!」
いきなり駆け出したと思ったら、明らかに動きが速くなってる。
翼も加わったことで急加速した合成ドラゴンが放つ巨悪な鉤爪を手刀で弾くが、力も増して押されそうになる。
「ふっ! ……ッ」
咄嗟にその勢いを加えた回転の横蹴りで押し返そうとしたが、俊敏性も上がっていたドラゴンの跳躍の方が速く。“羅刹”の影響で速度が落ちていた俺の蹴りは、さっきまで奴がいた虚空を切るだけに終わる。
『ガルガァァァ!』
俺との接近戦は危険と判断したか、ドラゴンは翼も振るわして空中から降りて来ない。
目測で二十メートルはありそうだから、“羅刹状態”の本気の跳躍でも届くとは思えない。
“風魔”なら届くだろうが、あの俊敏性と機動力を考えると、奴との空中戦はかなり賭けになる。飛ぶのは苦手ではないが、時間に限りがある以上俺の方は結構条件が厳しかった。
『ガルガァアァァアァァァァッ!!』
とそこで飛んでいたドラゴンがまた新たな攻撃に転じていた。
探知範囲の外だった所為で気付くのに遅れてしまった。
「ッ、範囲が広い!」
───灰色のブレス咆哮。しかもグリフォンの嘴からも何か放出された。
合体して推定が難しい以上、“羅刹”の防御力で防ぎ切れるか怪しい。このモードだと速度が落ちるが、ギリギリ間に合う筈。すぐに回避行動を取ろうとしたが……。
視界の隅で見捨てるには目立つ二人が、ポツンと攻撃範囲に残っていた。
「っ……チッ!」
「──刃ッ!?」
「──兄さ……!?」
正直腹立たしいが、呆然としている二人の前へ、咆哮から守るように前に飛び出た。
もう逃している暇はない。ガードの魔力を全開にして腕をクロスさせるが……。
「───ッッ!!」
激しい衝撃波と破壊の音波が強化した肉体をミンチにしてきた。
さらに本命である灰色の炎が俺の体を燃やし尽くそうとする。後ろの二人も巻き込みそうであったが、そこは意地を張って炎を自身のみに抑え込む。
真後ろだった為に残った衝撃で二人が軽く吹き飛ばされたが、俺のように肉体がズタズタにされた訳じゃない。受け身ぐらい取ってくれよ、と愚痴を零したいくらいだ。
「な、なんで刃、お前が……」
「うるさい……ちょっと、黙ってろ……」
あの鬼畜譲りの無駄な頑丈さが売りな俺がここまで痛め付けられるとは……。骨は無事な時点でやっぱり異常か……。
身体強化の“羅刹”で強化してなかったら危なかった。
『ガルルルガァァァァ!』
そして肝心のドラゴンは空中維持か。知力でも上がったのか、こちらを睨みながら突っ込んで来ない。……ふぅ、やれやれ参った。
「ホント、嫌なくらい賢くなって……」
不思議と笑みを溢して、俺は───。
「調子ニ乗リヤガッテ……咬ミ殺スゾ、トカゲ風情ガ」
『──ッッッ!?』
途端、ダメージを受けた筋肉がある程度回復。
ゆっくりと立ち上がる。───“羅刹”を解除した。
「……その翼、撃ち落とされたのをもう忘れたのか?」
雷系統の『通電撃』を左手で発現させる。
所持する『派生属性』を利用して、『銃撃形態』の魔法銃に形態変化。見た目はオートマチックの青白い銃を静かに構えた。
「魔法を変化させた……?」
「じゅ、銃だと?」
唖然とする緋奈の呟き。桜香も驚いているが、気にせず俺は纏っている『身体強化』に意識を集中して……。
───“仙沈”発動。
「……」
『魔力融合化』で強化していた五感がさらに強化。
空中のドラゴンの位置を捉えて、構えていた銃を空と上げる。
そしてドラゴンが飛んでいない方向に向かって……。
「墜ちろ」
引き金を引いた。
発射されるのは、青白い電撃の弾丸。一直線に空へと上ろうとしたが……。
『ッ──ガルガァァァァァァァ!?』
弾丸の軌道が大きく反転。
光の流星のような空を渡り、速度を上げてドラゴンの片翼を射抜く。翼に大きな穴が空いて、そのまま体勢が大きく傾いて落下を始めた。
「頭でもよかったが、二つあってややこしいからな。こっちに落ちて来てもらおう」
『ッ!!』
そんな俺の呟きが聞こえたか、それとも地上に落ちるのはマズイと自分で判断したか、残った片翼で必死に機動を取ろうとするドラゴン。
だが、悲しい話であるが、撃ち抜かれて穴が空いている翼は、ハッキリ言って使い物にならない。
寧ろ残った方だけで、あの巨体をまだ浮かせているかと関心すら覚える光景だが……。
「トドメと行こうか」
発動中の“仙沈”を解除。
切り替えるように今度は“風魔”の身体強化になる。
「来い!」
さらに何もないところで俺は手を伸ばした。
すると呼び声に応えるように、その空間から時空の裂け目が発生する。
中から白金の光が飛び出すと、手を伸ばした俺の右手首へ装着された。
「『継承された神ノ刃』!」
そして、手首に白金の刃が装着された。
魔法の師匠から譲り受けた一振り。運命を切り開く最強の聖剣の欠片から生まれた『神すら殺める刃』。
『───ッ!? ガルガァァァァァ!?』
「終わりだ」
現れた聖剣に恐怖が勝ったか、役目も忘れて必死に逃げ出そうとする。
だが、奴は既に俺の間合いの内にいる。
“風魔”によって跳ね上がった脚力と跳躍力を活かして、師匠の歩行術『跳び兎』を使用。
みっともなく宙で慌てている奴の間近まで接近して……。
『偽ノ太刀・神斬リ神殺シ』
──通過した。……したように見せて、その首を両断。
すると斬り口から聖なる光が溢れ出して、瘴気まみれなドラゴンとグリフォンを浄化させる。とんでもないレベルの浄化効果なので、完全に地面へ落下した時には、もう二体の合体魔獣は霧のように消滅していた。
「……」
俺はその光景を着地しながら、横目で静かに捉えていた。
執念いようだが、唖然とした二人が終始邪魔でしょうがなかった。
「驚きを超えて、驚愕を超えて、もう昇天しそうだぁ。まさか、あのチカラを受け継ぐ者がいたなんて……」
「……」
魔神の彼女とマドカの戦いは続いていた。
と言ってもマドカの攻撃を魔神がずっと避けているだけ。本気で戦う気が全くないのか、終始牽制程度の魔法攻撃しかしていない。辺り屋上の破壊の後は、殆どがマドカの仕業であった。
「そうか、君は監視役か。彼のチカラが暴走した際の保険として、魔導神から彼の処断を……」
「『混沌の暴風』!」
言い終わる前にマドカの魔法が発動される。闇の暴風が大口を開けて彼女を飲み込んだが、しばらくして、竜巻が内部から破裂。ワザとらしく額を拭う魔神が姿を見せる。
「ふぅー怖い怖い。何か気に触る事でも言ったかなボク?」
「“舞え”……」
魔神の質問を無視して、静かに唱える。するとマドカの周りで黒い蝶が無数に現れる。闇の精霊だ。
「“行け”……」
軽く手を振るうと、一斉に蝶の群れが魔神を囲う。
一羽一羽は小さいが、何十羽も囲うように居れば身動きだって取りづらい。
「さぁ、逃げ場ありません。覚悟が宜しいでしょうか?」
「おや、少し怒らせ過ぎたかな? けど、この程度じゃボクは──?」
笑みを浮かべていた魔神だが、無意識に顔を逸らす。──ガキッと何かが仮装マスクを掠める。……と同時に鋭い稲光が見えた。
「……何?」
途端、彼女から笑みが消えた。
蝶たちは何もしていない。その隙間を掻い潜るように何かが彼女を襲ったのだ。マドカ以外の何者かの攻撃……つまり。
「まさか、あの距離から……!?」
「彼を侮り過ぎましたね。彼は武術や剣術よりも狙撃術が得意な方ですよ?」
マドカの呟きで魔神の彼女が振り返った先は───戦いの地点から少し離れた小さな建物屋上。
かなりの距離があるが、魔神の視力なら容易く覗ける。魔眼持ちでもない限り、この距離を覗くのは相当難しい筈だが……。
『……』
こちらに視線を送る青年が見えた。
先程の銃だろうか、手元には青白い狙撃銃が握られている。バチバチと雷光を発して、威嚇するように青年は銃口をこちらへ向けた。……魔神の視線に気づいて───。
『───』
再び鋭い稲光が……と理解した時には、彼女の目元に向かって鋭利な雷光弾が───。
「……ッ!?」
届く寸前、紙一重で避ける魔神。
今度は掠める程度は済まず、仮装マスクの半分を破壊されて、その奥から黄金に輝く瞳が露わになる。
「……油断した。まさかここまで射程範囲が広い銃術使いだったなんて……!」
すぐに手で隠して全身を赤黒い障壁が展開される。
するとダンッと障壁の外側に弾丸がヒット。さらにもう一発、もう二発と連続で弾丸が埋め込まれるが、貫通することはない。より強力な障壁が彼女を守っていたが……。
「……?」
違和感は少し受けた後。
強固な筈の赤黒い障壁の外側から奇妙な魔力の気配を感じ取る。
「弾丸の魔力? 何でまだ残って……ッ!?」
ハッとした時には既に遅かった。
次の瞬間、着弾した箇所から障壁へ侵食する刃の魔力。
やがて雷撃魔力が全体へ侵食して雷光が強くなる。咄嗟に魔神は逃げようとしたが、外側には蝶群れと自分が張った障壁によって逃げ場を失われてしまった。
「しまっ……!?」
激しい雷光と共に起爆剤となった障壁。
刹那、巨大な雷鳴爆破を引き起こして、内部に隠れていた魔神ごと周辺も吹き飛ばした。
「……」
マドカは静かに土煙が晴れるのを待つ。
闇の精霊である蝶たちも控えさせて、刀も構えて待機していたが……。
「逃げましたか……」
煙が晴れた先には、破壊の跡しか残されていなかった。
あの程度でやられる訳がない魔神の姿は、その場から忽然と姿を消したのだった。
*作者のコメント*
身体強化の“仙沈”は五感能力の超強化です。(融合化の時のみ使用可能)
通常の身体強化より身体能力が劣る代わりに、感覚神経が数段強化される。
探知能力も飛躍的に上がって、魔法攻撃の照準代わり使用することが多い。
遠距離系の狙撃術などで利用される。
身体強化の“風魔”は反射速度の超強化です。(融合化の時のみ使用可能)
通常の身体強化より筋力が低下するが、速度は飛躍的に跳ね上がる。
反射能力も数段増して、瞬発力、動体視力も影響されている。
速斬りの剣術などで利用される。
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