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エイレンシアの呼び出し③
しおりを挟むギルシュの背後には国王がいる。
それは学院の中で公然と囁かれる噂だった。
ありそうな話だとシグも思ったし、事件の以前からギルシュはシグに苛烈な嫌がらせを仕掛けてきたが、その際もお咎めはなかった。強力な後ろ盾があったと考えるのが自然だ。
ギルシュはシグを貶めるための、実の父からの手先だったのだ。
エイレンシアはぐっと唇を噛んでから、それでも気にしていないというように、話を続けた。
「……動機、アリバイの有無、精霊の属性。そこまで揃ってたのに、ギルシュは容疑者から外れたわ。あいつは当時中級精霊使いだったから、人間を操ることはできないはずだって」
そう。
シグは当然、自分を操った真犯人としてギルシュを真っ先に疑った。
しかしそれは学院側には認められなかった。
人間を操るなら少なくとも上級精霊の術でなくてはならず、当時のギルシュは中級精霊使いだったからだ。
ギルシュは容疑者から外され、あの事件は『シグが乱心して付き人を切り刻んだ』と結論されてしまった。
もちろんそれは事実ではない。
しかし証拠がない以上、シグがどれだけ訴えても無実は証明できなかった。
かくしてシグは学院を追い出され、さらにそれを理由に王家をも追放されたのだ。
「もちろんあたしはシグが犯人なんて思ってない。けどギルシュが犯人だって証拠も出てこない。面倒くさくなったから直接聞いたのよ。ギルシュに。言わなきゃ殺すわよって」
「……お前らしいな」
絵面が容易に想像できる。
「で、ギルシュは白状した――わけじゃねえよな。昨日の様子を見る限り」
「……邪魔が入ったのよ。吐かせ損ねたわ」
と、若干悔しそうに言うエイレンシア。
エイレンシアの邪魔をできる人間、というだけでシグはだいたい察した。
エイレンシアは大領主の娘で特級精霊使いだが、この国の最高権力者は別にいるし、さらに突かれると弱い部分が一つだけあるのだ。
「それに、なんかきな臭いのよねあいつ」
「きな臭い?」
「この浮遊島での実習、選抜試験があったのよ。特に危険なところに行くから優秀なやつしか連れて行けないって理由で」
選抜があるというのは納得のいく話だ。
いくら授業の一環と言っても、うっかり貴族に傷でもつけたら教師の首が飛ぶ。弱い生徒は連れてこられない。
「実際、選抜に通ったのはほとんどが上級精霊使いだったわ。なのに――」
「中級精霊使いのはずのギルシュがいる、か」
確かに妙な話ではある。事情が事情だけに、選抜に手抜かりがあったとは考えにくい。
「丁度あんたがいなくなったあたりから、急に強くなったらしいのよ」
「……精霊が進化したとか?」
「ないとは言わないけど、どうなのかしらね。あれって相当魔物を倒さないといけないんでしょ? あいつが陰で努力するタイプだと思う?」
思わない。
ギルシュは貴族らしく、地道な努力が嫌いなタイプだ。シグの知る限り女遊びや賭博ばかりしていた。
「しかもなんかこそこそ得体の知れないやつと会ってるっぽいし……どうせろくでもないこと企んでるわ。つーことで、ギルシュには気をつけときなさい」
と、エイレンシアは言った。
どうやら忠告してくれているらしい。
「言われるまでもねえ。誰があんなやつに近付くかよ」
「ならいいのよ。それで本題なんだけど」
「今の前座かよ」
シグにとってはそんなに雑に扱える内容ではなかったのだが。
「そうよ前座よ。それで、本題っていうのは――」
何やらエイレンシアが言いよどんでいる。
「……まさか親父が何かしてやがるのか?」
「あー、いや、そういうんじゃなくて、その……」
エイレンシアはそわそわと視線をさまよわせ始めた。何やら緊張しているようにも見える。……あのエレンが?
「お前、本当にどうした? 体調でも悪いのか?」
「違うわよ! そうじゃなくて、私はあんたに――あ、あや、」
「アヤ?」
眉をひそめるシグに、エイレンシアはしばらく口をぱくぱく動かしてから。
すーっ、と不自然に視線を逸らした。
「……あ、あの白いのって何者?」
「あん?」
「昨日あんたと一緒にいたじゃない」
「……お前、なんか話逸らそうとしてねえか?」
「し、してないわよいいから答えなさいよ!」
もう何が何やらわからない。
とりあえず、『あの白いの』というのはクゥのことだろう。
シグは作っておいた設定を語ることにする。
「あいつは迷宮で会った冒険者で――」
「あの白いの、精霊じゃない?」
ぎくり、とシグの体がこわばった。
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