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エイレンシアの呼び出し②

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「そ、そうですか。何事もないならよかったですわ」
「ええ。それじゃあたし部屋に戻るから」

 エイレンシアが隣の部屋の生徒との会話を打ち切り、バルコニーから戻ってきて。
 部屋に蹴り込まれていたシグの胸倉を掴み上げた。

「いきなり落ちてきてこのあたしの胸を揉むとかいい度胸ね……!」
「……正直すまん」
「ほんと重罪よこれ。あんたじゃなかったら十五回は殺してるわ」

 顔を赤くしたままシグをその場に落とすエイレンシア。
 こればかりはシグも反論できない。

「で、俺は何回殺されるんだ?」
「別に殺さないわよ。一緒にお風呂入ったくらいだし、今更それくらい。……それくらい」

 どうやら気にしてない、ということにしてくれるらしい。まだ微妙に顔が赤いので気にしているのは丸わかりなのだが。

 ちなみにシグとエイレンシアはお互いの裸を見るのもそれなりに慣れている。
 さすがに十二歳を超えるあたりでお互い気にするようになったが、それまでは一緒に風呂も入って『今日の模擬戦で負け越したほうが背中を流す』などとやっていたものだ。
 おそらくそれがなかったらシグは消し炭になっていた。

「貸しイチってことにしといてあげる。感謝しなさいよね」

 というエイレンシアの一言で、その件は決着した。

 ぼすん、とエイレンシアは照れ隠しのように勢いよくベッドに座る。

 シグは適当に椅子を引いて座った。
 部屋に調度品は少なく、清潔で、それなりに広い。確かに貴族が来てもおかしくないような個室だ。

 シグのほうから尋ねた。

「で、呼び出した用件ってのは?」
「あら、案外素直じゃない。てっきりカナエのことを教えろって言うと思ったわ」
「どうせ先には教えねえだろ」
「まあそうなんだけど。じゃ、まずどうでもいいほうからね」

 複数あんのかよとシグは口の中で突っ込んだ。

「ギルシュのことよ」
「……あのカスがどうかしたのか」

 ギルシュ、と聞いてシグが露骨に嫌そうな顔をする。シグにとって一番聞きたくなかった名前だ。

「あたしは例の事件の犯人、あいつだと思ってる」

 『例の事件』というのはつまり、シグを退学に追い込んだ一件のことだ。

「……あれは俺が犯人らしいがな」
「んなわけないでしょ。あんたが人を斬ったりするもんか」

 エイレンシアは苛立ちをにじませて、後半は吐き捨てるように言った。

「あんたは操られてた。【心】属性の精霊術で。――それ以外にあり得ないわ」
「……それでも、」
「あーうるさいうるさい。『操られたのは俺が未熟だったからだ』とか言ったら殺すわよ。悪いのはあんたを操ったクソ野郎に決まってんでしょうが」

 エイレンシアは一撃でシグの内心を看破しつつ、話を続ける。

「状況から、術者は学院の生徒か教師。しかも希少な【心】系統の精霊使いで、アリバイのない人間。ここまでで容疑者は二人」
「……なんかお前詳しくねえか? あの時期は学院にいなかっただろ」

 思わずシグは尋ねた。

 とある事情でエイレンシアは他国に留学していた。
 シグを退学に追い込んだ事件は、その隙を突くように起こったものだ。事件当時の状況などどうやって知ったのか。

「そんなもん本腰入れて調べたらすぐわかるわよ。学院に戻ったらシグがいないんだもの、気になるでしょうが。あたし何にも聞かされてなかったし」
「……仕方ねえだろ。そんな余裕なかったんだよ」

 拗ねたような視線が向けられシグの口調も言い訳っぼくなる。
 エイレンシアは、ふん、と鼻を鳴らしてから、

「話を戻すけど、その中でも動機のある人間は一人しかいなかった。日常的にあんたをいびってたギルシュよ」

 ギルシュはシグに対してよく嫌がらせ行っていた。
 持ち物を精霊術の的にして遊ぶ。シグの寮の部屋を荒らす。そんなことを執拗なまでに繰り返していた。

 ウィスティリア王国には精霊差別というものがある。

 ようは強い精霊を宿す人間は、弱い精霊を宿す人間に対して差別意識を持っているのだ。貴族は特にそれが顕著でギルシュもその一人である。

 とはいえそれだけではない。
 ギルシュが執拗なまでにシグを虐めていた理由は――、

「あいつは国王おやじとグルだった。落ちこぼれの俺をどうにか追い出したい親父がその口実を作らせるよう、ギルシュに命じた。動機はそんなとこだろ」
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