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飛行船➃
しおりを挟む「シグ、後ろ!」
クゥが鋭く叫んだ。
ごう、と音がする。慌てて屈むと、シグと、同じように姿勢を低くしている仮面の剣士の頭上を何かが通過した。
『グルルッ……』
視線を上げると、そこにいたのは飛竜だった。
薄青い鱗に全身を覆われ、広げた翼の端から端まではおよそ十Мほどもある。
小さな正六角形を敷き詰めたような翼膜が特徴的だった。
飛竜は甲板の上にとどまり、なぜかシグを睨んでいる。
「『ハイドワイバーン』です! 乗客のみなさま、避難を!」
船員が声を張り上げ、甲板の上にいた他の乗客たちが慌てて船内へと避難していく。
「あなた方も早く中へ! あれは危険度Cの魔物です! たいへん危険なのでどうか避難してください!」
シグたちにもそう言ってきた船員だったが。
「……っざいわね」
仮面の剣士の異変に気付いてぎょっとした。
「あの、お客様……? 避難を……」
「羽トカゲごときがあたしの邪魔をしただけじゃなく、しかも頭の上を通ったわ。あたしの、頭の、上を通ったわ。薄汚い風があたしの美しくて麗しくて繊細な髪を崩した」
このあたりでシグの顔から表情が抜け落ちた。
(…………こいつまさか)
仮面の剣士の周囲から、ぱち、ばち、と異音が響き始めた。
音源の正体は仮面の剣士が発する青色の火花だ。
通常マナが精霊術以外で物理現象を起こすことは滅多にない。淡いマナの光くらいがせいぜいだ。よほど高密度のマナを駄々洩れにしたりしない限り。
『……ぐるぅ』
飛竜が怯んでいる。
だが飛竜は逃げることなく、高く鳴いた。すると飛竜の体が少しずつ薄れ、数秒で完全に見えなくなる。
「ああなるほど、だから潜伏ワイバーンなんだね」
と、これはシグのそばにやってきたクゥの台詞。
飛竜がどこかに移動したわけではないだろう。気配はまだ近くにある。
おそらくあの飛竜は『姿を消す』という能力を持っているのだ。
なかなか便利だ。飛行能力と合わせれば、相手から攻撃を受けることなく狩りができるだろう。
普通なら。
「お願いですから船内に戻ってください! お客様を傷つけたとあっては我々が処罰を受けてしまうことに――」
「あー、やめとけ。大丈夫だ」
悲壮な顔で呼びかけ続ける船員に、シグはそう告げた。
仮面の剣士がひときわ大きな火花を散らす。
ばちっ、と音を立てて髪をくくっていたリボンが切れた。
ついでに仮面も外れて足元に転がる。
仮面の剣士の素顔は、美しい少女のものだった。肌は白く、つり気味の大きな瞳は鮮やかな緑。髪をくくっていた瀟洒な紐もマナの余波で千切れ、ボリュームのある長い金髪がふわりと浮かぶ。
「『【第一施錠】の戒めを解きて我が力の一端を返還せよ』」
少女が片手を天にかざしそう告げると、少女の手首に嵌まる腕輪が強く輝いた。三つついた紅玉の一つがその力を失ったかのように黒く変色する。
途端に少女の放つマナの光が濃度を増す。
「こそこそしてんじゃないわよ鬱陶しいわね! あたしの時間を奪った罪は重いわよ! 王国に七人しかいない『特級』精霊使いの力――その身でしかと思い知るがいいわ!」
溜めに溜めた一撃を解放する。
「【インテンス・ライトニング】――――ッ!」
莫大な閃光。
膨張したそれが、甲板の上部を真っ白に染め上げた。
轟音とともに船のマストがみしみしと軋む。シグが咄嗟に頭を掴んで下げさせなければ、船員の首から上も黒焦げになっていたかもしれない。
『――――!?』
上空からは無声の絶叫が聞こえた気がした。
あとには何も残らなかった。
空中に潜伏していた飛竜は、潜伏したまま消し飛ばされたらしい。少女のブレスレットに経験値が吸い込まれていくのが見えた。
船員はシグに頭を押さえられたまま唖然としている。
クゥは耳がやられたのか小さく頭を振っている。
シグは立ち上がり、腰に手を当ててふんぞり返っている少女に呆れた声をかけた。
「……お前、エイレンシアだな」
「思い出すのが遅い!」
金髪の少女――エイレンシア・スタグフォードは噛みつくように言った。
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