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迷宮出立➃

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 ――と、

「さっきから騒がしいけど、何かあったのかい?」

 入り口のほうからクゥがひょっこり顔を覗かせた。
 それからシグを見ると、クゥはぱあっと顔を輝かせる。

「シグ! 帰っていたんだね。それなら声をかけてくれればいいのに」
「あ、ああ……」

 クゥの表情変化に周囲からの殺気が増したが、クゥがいるせいか冒険者たちが暴れ出す気配はない。ただただ奥歯をへし折る勢いで歯を食いしばっているだけだ。

 今は大人しいが、シグにはわずかなきっかけで暴発しかねないように思われてならない。

 一方クゥはそんな危うい周囲の様子には気付かず、

「すごいだろう、シグ。こんなに客が来てくれた! なぜこんなことになったのかぼくもよくわかっていないんだけど」
「……」
「どうだい、頭を撫でて褒めてくれてもいいんだよ?」
「…………」

 クゥが口を開くたびに店内の殺気が濃度を増していく。
 やがて耐えかねたように、冒険者の一人がクゥに尋ねた。

「な、なあクゥちゃん。そいつと――シグの野郎とは、どこまでいってるんだ?」
「? 迷宮なら最下層まで行ったけど」
「そうじゃなくて、あれだ。男女の関係みてえな話だ!」

 この下世話な質問にシグは本気で辟易したが、なぜか店内の冒険者たちは全員聞き耳を立てている。
 店主まで面白そうな顔をしている。

「ああ、性交渉の話かい?」
「お、おう! ぶっちゃけそうだ!」

 質問した冒険者はあっさりクゥが応じてきたのに驚いたようだったが大きく頷いた。

 どうでもいい話だが、その手の知識はクゥもきちんと持っている。契約精霊だけあって、シグが知っていることはクゥも知っているのだ。

 クゥがちらりとシグを見てくる。
 シグはあっさり頷きを返した。
 そうだ。言ってやるがいい。やましいことなど何もないのだ。

 シグとクゥの間にそういった一般の男女が持つような関係性は存在しないのだとはっきりと――


「シグが望むならぼくは受け入れるつもりだけど、残念ながらまだ誘いがないんだ」


『『『かかれえええええええええええええっ!』』』

 嫉妬の炎を目に宿した冒険者たちが襲い掛かってきた。

「ああっ!? 待てきみたち、どうしてシグを攻撃するんだ!」
「てめーのせいだろうがくそ白髪あああ! いいから早く訂正しろ!」
「? 訂正も何も、ぼくは事実のことを言っているだけなんだけど」
「ッ……ああくそ、なら嘘でいい! とにかく俺とお前の間には何もないと説明すればこの連中も落ち着くはずだ!」
「わ、わかった。嘘を吐けばいいんだね」

 クゥは息を整え、店中に響き渡る声量で、

「――実はぼくとシグは実は男女の関係にあるんだ!」
「誰がそんなとこで嘘吐けって言ったよ! あっ、店主てめえ! 腹抱えて笑ってねえで早く助けろ!」

 店内に怒号と破砕音が蔓延していく。

 途中でシグが店の外に離脱して冒険者たちを釣り出さなければ、パン屋は半壊していたことだろう。

 結局、騒ぎが収まったのはそれから三十分後のことだった。


 × × ×


「おうシグ。生きてたか」
「……あの連中、グランドゴーレムより迫力があったぞ……」
「そうかそうか。迷宮踏破者が続出する未来も近けぇな」

 冒険者たちを店からおびき出し、近くの路地裏で始末してきたシグは疲れた顔でパン屋へと帰還した。
 店主と軽口を叩き合ってると、奥からクゥが駆け寄ってくる。

「おかえりシグ。怪我はな――いたたたたたたた」
「てめーのせいで無駄に疲れたんだが、何か言うことはねえか?」
「ごめん、ごめんなさい! 悪気はなかったんだよ!」

 シグに頭を鷲掴みにされながらクゥが弁明する。
 しばらく折檻してからシグは溜め息を吐いた。

「ったく……店の手伝いなんて提案に乗ったせいで酷でえ目にあった」
「とか言って、さっきお嬢ちゃんが『シグが望めば受け入れる』って言ったの聞いてちょっと嬉しかったんだろ?」
「もう片方の足もへし折るぞくそ店主」

 まったく、とシグは溜め息を吐く。迷宮探索よりよほど疲れた。

 それから冒険者たちが暴れたことで散らかった店内を見まわし、

「……で、次の仕事はこれの片づけか?」
「気持ちは嬉しいが、そろそろ時間じゃねぇか?」

 言われてシグが壁掛け時計を見ると――馬車が出る時間の十分前。
 すぐに出ないと馬車に間に合わない。

「クゥ、急ぐぞ! それ脱げ!」
「いいのかい!? シグはあんなにぼくが裸でうろつくことを嫌がっていたというのに!」
「誰が全部脱げっつったよ! そのエプロンは借りものなんだから返してけって言ったんだ!」

 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら出発の準備をする二人を見て、店主は満足げに頷く。

「いいねえ嬢ちゃん。これからもそんな感じでシグを慌てさせてやってくれ」
「あんたは俺に恨みでもあるのか……?」
「いやいや。こっちの話だよ。な、嬢ちゃん?」

 話を振られたクゥは、思い当たることがあるように手をぽんと叩いた。

「もちろんさ! シグを退屈させないよう頑張るよ!」
「おう店主。前に看板娘欲しいって言ってたよな」
「置いて行く気!? 嫌だよシグ、ぼくたちは二人でひとつじゃないか!」

 店を出てくシグの後を慌ててついていくクゥ。

 そんな彼らに、店主はぽんと包みを放り投げた。

 包みの中身はドライフルーツを混ぜ込んだパンだ。シグがよく買っていたものでもある。

「弁当代わりだ。馬車の中で食いな」
「しけた餞別だな」
「最後まで可愛くねぇなこのガキは!」

 店主は愉快そうに笑い、言った。

「頑張れよ、シグ」
「……」

 シグはいくつかのことを思い出した。

 迷宮都市に来たばかりの頃の記憶が想起される。

 この街ではろくでもない思い出もあったが、励まされたこともなくはなかった。

「……金は次来た時に払う」

 死ぬつもりはないと。
 冒険者を続ける人間にとって最も破られやすく、そして最も大切な約束を口にして、シグは店を後にした。クゥも店主に手を振ってからその後を追う。


 シグとクゥの迷宮都市最終日は、だいたいそんな感じだった。
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