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VS守護者
しおりを挟むパペットウォリアーからドロップした五角形の盾をシグが左手に装備する。
他の荷物に関してはベリーが「五万ユールで預かってあげるわあ」と申し出たのでシグが二万に値切ってから任せた。
これで中身が足りなかったら暴力で取り返す所存だ。
あとはお互いの分担を確認して、準備は終了。
シグとクゥの二人は感知範囲内に足を踏み入れる。
『――――――……』
迷宮守護者・グランドゴーレムが感知範囲の中央でゆっくりと立ち上がった。
侵入者であるシグたちを排除するためだ。
すでにさっきの冒険者たちから受けた傷は修復されている。
『ォオオオオオオオオオオオ……』
『『『――――』』』
巨大ゴーレムの咆哮に合わせて地面が盛り上がり、体高二Мほどの中型ゴーレムに変化する。数は十。
瓦礫を積み上げた人型であることは巨大ゴーレムと同一だが、こちらはすべて巨大な石の盾と石の剣で武装している。
「言っちゃなんだけど、サブマス君のガーゴイルとは比べ物にならない迫力だね」
クゥがなぜか感心したように言った。
こいつはいつも余裕だな、とシグは半ば呆れつつ確認する。
「分担は忘れてねえよな」
「もちろん。ぼくが中型十体を足止めして、シグが本体をやっつける、だよね」
「わかってるならいい」
シグは調子を確かめるように剣を二度振って、
「――行くぞ」
地を蹴った。
グランドゴーレム戦で注意すべきことの一つに、取り巻きの存在がある。
中型とはいえ体高はおよそ二Мもあり、しかも武装までしている。
危険度にしてCとBの中間あたりだろうか。
この中型は魔物というよりギミックに近い。
本体の巨大ゴーレムを倒さない限り無限に復活する、という厄介な特徴を持っている。
ならば無視して巨大ゴーレムを総攻撃で倒すべきかというとそうでもなく、むしろ中型に背後を取られて巨大ゴーレムとの挟み撃ちを食らうことになる。
よって、必要なのは足止め。
布陣を二手に分け、片方は中型を押さえ、もう片方が巨大ゴーレムを仕留める。それがグランドゴーレム戦での基本である。
今回の場合はクゥが中型の足止め。
シグが巨大ゴーレムの討伐要員だ。
「ほっ! ――ああうん、やっぱりガーゴイルより重いなあ」
『『『――――ッ!?』』』
クゥが自分よりはるかに大きい中型ゴーレムを片手で持ち上げ、それを投げつけて別の中型を吹き飛ばしている。
小柄な体躯からは想像できない馬鹿力に、後方で冒険者や傭兵が息を呑んだ気配が伝わってくる。
そうしてできた道を、シグは全速力で通過した。
巨大ゴーレムに接近する。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
無機質な咆哮を上げ、巨大ゴーレムが拳を振りかぶった。
体高十五Мの怪物がシグに影を落とす。
相手が鉄の塊でもひしゃげさせかねないような岩の拳が、勢いよく振り下ろされて。
解体された。
瞬き一つの間に。
ガガン! とシグを避けるように、バラバラに切り裂かれた巨大ゴーレムの拳の残骸が落下する。
『――――!?』
「的がでけえってのはいいよなあ。関節が狙いやすくて仕方ねえ」
岩の拳だった瓦礫を踏みつけて、シグは獰猛な笑みを浮かべた。
数日前まで身体強化が使えなかったシグにとって、ゴーレム系の魔物は鬼門だった。
何しろ硬い。剣で斬れない。
かといって、迷宮に潜れば嫌でも戦う必要が出てくる。
よって、シグはゴーレム系の脆い部分――関節を正確に破壊する戦い方を編み出した。
ヒビさえ入ればゴーレム系は重量があるため次、自壊させることができる。
まして今のシグには身体強化があるのだ。対処できないはずがない。
唯一の懸念は関節部すら破壊できないほど巨大ゴーレムの硬度が絶対的だった場合だが、どうやら身体強化込みならシグの攻撃のほうが上回るようだった。
「おら、今度はちゃんと防げよ」
よって、懸念はもうない。
瓦礫を蹴飛ばし、シグが猛攻を開始する。
『――ォオオッ!?』
「遅っっっせえ!」
突き出されたもう片方の岩の拳を関節ごとに斬り離す。
向かってくる追撃の蹴りを回避しながら膝関節に斬撃を浴びせる。
パーツの一つ一つがどれだけ硬かろうが、ゴーレム系である以上は『繋ぎ目』を砕いてしまえば攻略することが可能だ。それが迷宮最強の守護者であっても。
『グォオオオオオオオオオオオオオオッ……!』
反撃は当たらない。
シグがあまりにも速すぎた。
繰り出される拳や蹴りをすべて紙一重で回避し、容赦のない剣撃を返す。
冒険者三十人のパーティを壊滅させた怪物は、たった一人の剣士に手玉に取られていた。
『――――、』
「あん?」
ぐら、と巨大ゴーレムがバランスを崩す。
轟音とともに転倒した。戦闘開始からまだ三分も経っていない。
シグはその倒れた巨大ゴーレムに飛び乗った。
体高十五Мの巨体を踏みつけ、見下ろし、つまらなさそうに吐き捨てた。
「もう終わりかよ、歯ごたえねえな」
結局盾も使わなかった、とぼやきつつ。
「じゃあぶっ壊すか。硬ってえ鎧を地道に剥がせば『核』もそのうち出てくるだろうし」
そう呟くシグの足元で。
『――――……』
巨大ゴーレムの頭部に橙色の燐光が灯ったことを、シグは見落とした。
× × ×
「あらあ、珍しい顔ねえ」
「やっぱりあなたもいましたか、ベリー」
冒険者ギルド支部長の一人であるルドルフは、迷宮の第十層に下りてくるなり呆れたような顔をした。
視線の先にいるのは魔女帽子をかぶった黒づくめの女性、つまりベリーだ。
二人は顔見知りで、数日前にこの街の酒場で偶然会っている。
実のところ、ルドルフが守護者に挑もうとするシグに警告したのも、彼女が迷宮を現在の稼ぎ場所にしていることを知っていたからだった。
ベリーはルドルフを横目に見ながら、
「サブマス様はまた例のずるいショートカットを使ったのかしらあ?」
「ずるい、と言われるのは心外です。単に地属性の精霊術で迷宮の地面に穴を空けて、ここまでまっすぐ来ただけのことですよ」
ルドルフは迷宮内を縦に自由に移動することができる。
それは彼が強力な地属性の精霊使いだからだ。
【落とし穴】という術で迷宮の地面に穴を空け、階段まで行かずとも下の階層に直通で行ける。
便利ではあるが、地属性の精霊使いであっても相当な術の威力がないと実行できない。
このあたりがルドルフが迷宮を管理するギルドの支部長になっている理由の一つである。
「秘密の近道を隠しているならともかく、単に自分で精霊術を使っているだけですからね」
「わかってるけどお。毎回迷路をうろうろして階段探さなきゃならないこっちの身にもなってほしいわあ」
「あなたは別に魔物に襲われても問題ないでしょう……」
「歩くのが面倒くさいのよお」
そうですか、とルドルフは溜め息を吐いた。
「それで、あなたが来た目的は何かしらあ?」
ベリーの質問に、ルドルフはちらりと視線を前に向けた。
そこには先ほどグランドゴーレムに挑んで負けた冒険者たちが座り込んでいる。
「そうですね。まずは、守護者に挑んで負けてしまった冒険者たちを地上まで送り届ける護衛役として」
「傭兵たちに頼めば送ってくれるわよお?」
「法外な礼金を要求しないなら彼らに任せるんですけどね」
疲れた顔をするルドルフ。サブマスである彼からすれば、そう簡単に冒険者を破産させるわけにもいかない。
そして、もう一つ。
「あとは……彼らの戦いに興味があったからです」
はるか前方の薄く発光する『感知範囲』の内部。
そこでは、たった二人の冒険者が迷宮の守護者と交戦していた。
いや、圧倒していた。
白髪の小柄な少女は中型ゴーレム十体を掴んで投げてを繰り返し、相方の少年は剣一本で巨大ゴーレムをあしらっている。
「……何者かしらあ、あの二人」
「例の追放王子と、その相方です」
「追放王子って、あの? 精霊が無能だったから王家を追い出されたっていう?」
「はい。もっとも、数日前に精霊が進化したようですが」
ベリーは眉根を寄せた。
「数日前に進化、ねえ。……それであの強さはどうなのかしらあ」
彼女の気持ちがルドルフにもよく理解できた。
ベリーと同じく上級精霊と契約しているルドルフだからこそ。
精霊進化をすれば錬度はリセットされてしまう。
そして錬度の低い状態では、今のシグのような動きは難しいはずだ。
たとえその契約精霊が上級であったとしても。
「……特級、かしらあ?」
「わかりません。いちおうギルドの書類上は上級と訂正していたようですが、誤魔化そうと思えば誤魔化せるものですし」
ちなみにですが、とルドルフは付け加える。
「彼らは私の試験もたった二人で突破し、ついでに二日かからず最下層までたどり着いています」
「……サブマスのあなたが気にかけるはずねえ。となると、六大魔境を制覇するっていうのも単なるホラじゃないのかしらあ」
「六大魔境の制覇? それをあの二人が?」
「そう言ってたわあ」
「それはまた……大きく出ましたね」
ルドルフが呆れと驚きか半々の声を出した。
サブマスターという立場にいることもあり、それがどれだけ難しいかをルドルフはよく知っている。
前方に視線を戻すと――ちょうど巨大ゴーレムの片足が半ばから斬断され、巨大ゴーレムが転倒するところだった。
仰向けに倒れた巨大ゴーレムの胸部に飛び乗る。
ゴーレムの弱点と言うべき『核』は胸部の奥に埋まっている。
どうやらシグは装甲を剣で剥いで核を狙うつもりのようだ。
「勝てるのかしらあ、あの二人」
「どうでしょう。守護者が怖いのはこれからですし」
ルドルフはそう言って、目を細めた。
「――ほら、『再生』が始まりました」
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