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連載
初めての講義と例の少女
しおりを挟む「第二講義室、第二講義室……あ、ここですか」
オズワルドさんの研究室につながるワープゲートで『第一学院』に登校した私は、講義のある教室へとやってきていた。
『第一学院』の授業は単位制。
クラスや学年といった枠組みはなく、一部の必修科目を除いて生徒が好きな科目を取ることのできる仕組みだ。
本来は学期のはじめに科目登録をするらしいけど、私の場合はオズワルドさんが適当に決めてねじ込んだらしい。
基準は授業内容ではなく、他の生徒の参加人数。
私の目的は潜入調査なのだから、より多くの生徒が集まる場所にいるほうが色々と都合がいいというわけだ。
「失礼しまーす……」
教室内に入ると若干視線が集まるけど、すぐに離れていく。
……どうやら昨日の測定室爆破のこととかが広まっていたりはしないらしい。よかった。
(確か席は自由と言っていましたし……せっかくなら後ろに座りましょう)
制服姿の生徒たちの間を通って教室の奥へと向かう。
それにしても新鮮だ。
講義が始まるまで談笑している生徒もいれば、自習に励む生徒もいる。
これが学院、乙女向けに出てくる青春の舞台……!
いや、今の自分の立場的には感動している場合でもないんですが。
そんなことを考えながら一番後ろにやってくると。
「……あ」
「あっ」
私が座ろうとした席の隣に見覚えのある人物がいた。
昨日中庭で不良(?)たちに絡まれていた銀髪の女子生徒だ。
一応は顔見知りなんだし、ここは挨拶しておこうかな。
「同じ講義を取っていたんですね。よろしくお願いします」
「……よろしく、お願いします」
「私はセルビアといいます。よかったら名前を教えてもらえませんか?」
「……ロゼです」
どうやらこの銀髪少女の名前はロゼというらしい。
「ロゼさんは、あの――」
「……ごめんなさい。自習、してますから」
「あ、す、すみません。邪魔してしまって」
「いえ……」
それだけ言って机の上に広げた教科書に視線を戻す銀髪少女――ロゼさん。
その姿は完全に「話しかけないでください」と告げていた。
どうしよう。本格的に嫌われているような気がしてきた。
……いやいや、今の私には任務があるのだ。こんなことで傷ついている場合じゃない。
そう、任務だ。
私は鞄の中から他の人に見えないよう、あるものを取り出す。
そこにあるのは懐中時計――に偽装した嘘発見器(のようなもの)。
私はこれを受け取ったときの、今朝のやり取りを思い出す。
▽
「これを使って怪しい人間を見つけだせ、ですか?」
「ああ。『第一学院』でのお前の仕事は主にその測定器を使った調査だ」
登校前。
懐中時計型の魔道具を渡し、オズワルドさんはそう告げてきた。
「これはどういう魔道具なんですか?」
「嘘発見器のようなものだ。相手の『隠し事』を探知するものと認識していい」
「隠し事を……」
手の中の魔道具を触って確かめる。
見たところ普通の懐中時計としか思えないんですが……
「使い方はこうだ。まず、怪しいと思う人間がいたらさりげなく例の事件について質問する。聞いた相手が何か後ろめたいことがあれば、時計の針が動く。
相手の動揺の度合いに応じて針の動きは大きくなる」
「事件について質問して、時計の針が動けば、その人が犯人ってことですか?」
「その可能性が高い、という程度だがな。『第一学院』の中に犯人がいると決まったわけでもない」
「なるほど」
まあ、使い方は簡単だから私でもなんとかなるだろう。
潜入調査なんて具体的に何をすればいいか疑問だったけど、これならシンプルでわかりやすい。
ただ、いくつか疑問がある。
「こんな便利なものがあるなら、これを使って生徒や教師全員に聴取でもすればすぐに犯人がいるかわかるんじゃないですか?」
事情聴取にこれを持ちこめばすぐに解決しそうなものだと思うんですが。
「それができれば苦労はない。その魔道具を使っても、体内の魔力を激しく動かされると探知を阻まれてしまうからな。
そのうえ反応を誤魔化す魔道具を作ることも難しくない。
聴取など行えば、相手に警戒されてそういった対策を取られてしまう」
「……だから不意打ちで使うしかない、ってことですか」
「そういうことだ」
となると、私がこれを使う際も、私が測定器を持っているとバレないよう自然に質問する必要があるわけだ。気をつけよう。
さらにオズワルドさんは二枚の紙を渡してきた。
「調査の優先順位をつけた生徒リストを渡しておく。可能ならこの順に調べるように」
「わかりました。……こっちの資料は?」
「学院に残っている中で、魔力の高い生徒をピックアップしたものだ。この学院の中で次に失踪するとしたら、その中の誰かである可能性が高い。こまめに様子を窺っておけ」
「了解です」
こうして私は懐中時計型の測定器、さらに二枚の生徒リストを受け取り、潜入任務に臨むこととなった。
▽
生徒リストを片手に教室の中を見回す。
大人数が受ける講義だけあって、リストの中の生徒たちを何人か見つけることができた。
彼らには注意しておくことにしよう――というのはいいとして。
(……なんだか聞いていたより生徒の数が少ないような?)
もうすぐ講義も始まるというのに、教室内には空席が目立つ。
本来ならこの教室も満員になるほどだと聞いていたので意外だ。
……たぶん、例の行方不明事件の影響だろう。
三か月も解決していないんだから、学校を休んで街を出ている生徒も多いのかもしれない。
なんて考えているうちに教室の扉が開き、高齢の教師が入ってくる。
「では講義を始めます。まずは前回の続き、教科書の七十八ページから――」
講義が始まった。
私は懐中時計や生徒リストを鞄にしまい、講義を受ける態勢に入る。
いくら潜入のためのなんちゃって生徒とはいえ、あまりに成績が悪いと補習が組まれることもあるらしい。そうなると任務もやりにくくなる。
ここはきちんと講義を受けて、最低限の成績を確保しておこう。
大丈夫。講義は難しいと聞いているけど、昨日あれだけオズワルドさんに教えてもらったんだ。
きっと何とかなりますよね!
十五分後。
(……ぜ、全然ついていけないんですが……ッ!)
「しかるにこの魔力鉱物ごとの性質は分割可能なものであり、その性質は鉱石の箇所によって違いが出ることがわかったわけです。『石脈線』、つまり鉱物にも我々でいう魔力回路のようなものがあり、それが位置に応じて――」
壇上では高齢の教師が尋常じゃないスピードで黒板に文字を書いている。
なんですかあの速さ! 絶対にご高齢の方の動きではありませんよね!?
さすがは魔術教育の最高峰。一夜漬けでは追いつくことさえ難しい。
昨日オズワルドさんに教わっていなければ、私は今ごろ頭が真っ白になっていたことだろう。
「……ではそのように扱われる魔力鉱物を三種、挙げてもらいましょうか。えー、それではそこの最後列の金髪の女子」
「は、はいっ!?」
いきなり指名されて声が裏返ってしまった。
どうしよう。黒板の内容を書き写すのに必死で質問を聞いていなかった。
「え、えっと……」
質問を聞いていなかったんだから、もちろん答えられるわけがない。
どうしたものかと困っていると、視界の端にあるものが映った。
それはノートだ。隣の銀髪少女――ロゼさんがノートの端に何かを書き、それを私に見えるように移動させているのだ。
ノートの端に書いてあるものを私はそのまま読んだ。
「……『スピリットアンバー』、『ホバーエメラルド』、『竜紅玉』?」
「そうですね。今挙げられたのは代表的なもので――」
どうやら正解だったようで、教師はこのまま講義を続けている。
……今のって、もしかして助けてくれた?
私はちらりと隣を見るけど、そこには相変わらず黙々と講義を受けるロゼさんがいるだけだった。
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