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墓荒らし

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 リーベル王国王都の端には墓地が三か所存在する。

 一つは貴族を埋葬する『貴族墓地』。
 一つは特別な地位を持たない一般人のための『共同墓地』。

 そして最後の一つは――

「貴族墓地や共同墓地に眠ることを許されない、生前大きな罪を犯した者のための『罪人墓地』ですか」
「も、申し訳ありません、ラスティア教皇様。こんな場所にお呼びしてしまって……」

 恐縮したように言う街の衛兵に、ラスティア教皇ヨハンは苦笑した。

「構いませんよ。特に急ぎの執務があったわけではありませんから」
「感謝いたします……」

 場所は犯罪者を葬る罪人墓地の一角。

 教会に衛兵がやってきて、教皇に見せたいものがあると告げた。その様子にただならぬものを感じた教皇は護衛を連れ、衛兵についてこの場所にやってきたのだ。

「それでは何があったかもう一度説明していただけますか?」
「は、はい」

 衛兵は先刻教会で話した内容を改めて伝える。

「本日早朝、この罪人墓地で怪しい男三人を捕えました」
「墓荒らし、ですか」
「おそらくそうでしょう。ここは墓地の中てもっとも警備が薄いですから」

 墓を掘り返して遺体や埋葬品を盗もうとする人間はごくまれに現れる。

 呪術研究の実験体やコレクション目的などでそれを欲しがる外道が一定数存在するからだ。そういう人間に闇市を通して盗掘品を売りさばくわけである。

 大抵は行商などを襲う戦力を持たない小規模盗賊団の仕業である。

「嘆かわしい話ですが……それが『見せたいもの』と関係があるのですか?」
「やつらが暴こうとした場所が問題なのです」
「場所?」
「ここです」

 衛兵が足を止める。

 とある墓標だ。粗雑な墓石の横には墓荒らしたちに掘り起こされたのか、土まみれの棺桶がさらされている。

「……ここは」

 その光景を見て教皇は目を見開く。言葉を失う教皇に対し、衛兵は説明を続ける。

「墓荒らしたちを捕まえたのはここです。場所が場所なので、教皇様にお伝えした方がよろしいかと」
「そうですね。確かにこの荒らされたのがこの場所なら、私はそれを知らねばなりませんでした」

 そこは罪人墓地の中でも、教会関係者が埋葬される区画だった。

 大組織であるラスティア教は清浄であれと教義にあるが、実際には権力争いなどで一部腐敗してしまっている。悪事に手を染めた教徒は死後ここに葬られるのだ。

 中でもこの墓標は特別だ。
 ラスティア教皇自らが確認する必要があるほどに。

「それだけではないのです。これを見てください」

 衛兵が地面に置かれている棺桶の蓋を開ける。

「なっ――」

 教皇は言葉を失った。
 あるべきものがなかったからだ。


 棺桶にあるはずの『彼女』の遺骨が、棺桶の中から消失していた。


「どういうことですか……? まさかすでに遺骨はどこかに運び出されていると?」
「いえ、墓荒らしたちは未遂のうちに捕えました。棺桶の中身をどこかに移動させる時間はなかったかと」
「それは確かなのですか?」
「尋問して得た情報です。おそらく間違いないでしょう」

 教皇は混乱する。あるはずの遺骨がない。だが、その最有力の容疑者はそれを盗み出した犯人ではないという。

「おそらく、事前に他の者に運び出されていたのではないでしょうか」
「……、」

 衛兵の言葉に教皇は黙り込む。

 確かにそれが一番ありそうな話だ。この罪人墓地の中でも、この墓に眠る遺骨を欲しがる人間は多いだろう。

 なぜならそれは生前『神に遣わされた者』の一部だったものだからだ。

 教皇はひとまず衛兵に告げた。

「報告ありがとうございます。私のほうでも調べておきましょう」
「はい。こちらもまた何か進展次第、報告させていただきます」
「よろしくお願いします」

 そのまま罪人墓地を後にする。

 教皇の頭には空になっていた棺桶にまつわる思考が巡っていた。

(呪術研究や死体愛好家に売り払われた……その程度なら何の問題もないでしょう。その可能性が一番高い。ですが――)

 嫌な予感がぬぐえない。

 もし遺骨の消失が小悪党の仕業でなかったら?

 それは直感だ。教皇にはこのことが水面下で進む何か大きな事態の一端に思えてならない。

 何しろなくなっていた遺骨があまりにも特殊過ぎる。

「……『堕ちた聖女』シャノン」

 呟くように名前を呼ぶ。

 それはかつて大罪を犯し処刑された聖女の名前だ。


 シャノンは百五十年前、当時の聖女候補を七人殺して『迷宮』出現を引き起こした。


 理由はわからない。

 当時の記録によれば、シャノンは魔神に魅入られて狂ったとされている。

 彼女は魔神を解放するために聖女候補たちを殺して祈祷をできないようにした。そのことがきっかけで、街三つが魔物の群れに呑み込まれた。

 ラスティア教が始まってからもっとも忌むべき事件である。

 それを引き起こした人間の遺骨がなくなっている、というのはあまりにも不吉だった。

(百五十年も前の話です。今さら何もないとは思いますが……)

 教皇は溜め息を吐き、背後についてきている護衛の男に声をかける。

「ひとまずシャノンの遺骨の行方について調査をお願いします。魔神に関することについては、どれだけ警戒しても足りませんからね」
「わかりました。……魔神に関することである以上、あの二人にも伝えておきますか?」
「二人……ああ、セルビアと剣神殿ですか」

 たぐいまれな才能を持つ『元』聖女候補のセルビアと、『剣神』の異名を持つ最強の冒険者ハルク。

 その二人は現在魔神討伐の必要な宝剣を作り終え、今は魔術都市シャレアに向かっているはずだ。

 確かにシャノンは魔神との縁が深いので、伝えておくべきかもしれないが――

「いえ、やめておきましょう。彼らにはただでさえ魔神討伐という重い役目を担わせてしまっています。これ以上は負担をかけられません」

 魔神への対処は本来ラスティア教が負うべき役目。
 そんな重圧に耐えさせてしまっている彼らに、余計な心労を増やすわけにはいかない。

 そんな教皇の決意を汲み取ってか、護衛の男は頷きを返す。

「セルビアとハルク殿――あの二人は今頃何をしているのでしょうか」

 今もどこかで魔神討伐という重圧と戦っている二人のことを考えて、教皇は心配するように呟くのだった。





「ハルクさん急いで逃げてください! 何だかまた追手が増えてます!」
「相変わらずこの街の防衛機能は優秀で何よりだよ……!」

 そんなことを言い合いながら街中を逃げ回る。

 ちなみにハルクさんに抱えられた状態でだ。完全に足を引っ張ってしまって申し訳ないけど、私の足ではまったく逃げきれないのでやむを得ない。

 その少し後ろからレベッカが追走してくる。

「くそ、あいつら全然振り切れねえぞ!? 何でこんなことになったんだ……!」
「「――レベッカのせいだ(です)よ!」」

 声を揃えて突っ込みを入れながら街の中をさらに逃げる。

 そんな私たちのはるか後方からは、


『ソコノ不審者三名、止マリナサイ』
『『『止マリナサイ』』』
『逃ゲ切ルコトハデキマセン』
『『『デキマセン』』』


 明らかに人間ではない頑強そうな物体がものすごい勢いで迫ってきている。

 あれに追いつかれたら大変なことになるだろう。


 ああもう、本当に何でこんなことに……っ!
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