上 下
16 / 43

騎士団の詰所4

しおりを挟む
「……毒を治療するのは、“治癒”ではなく“浄化”の領分だ。今のアイリスでは無理だ」

「……はい。いまのわたしでは、“じょうか”はできません……」

 その言葉を聞いたアイリスが悔しそうに俯くけど……私が言いたいのはそういうことじゃない。

「何で伝わらないんですか! 私が治すと言っているんです!」

「お前は聖女の力の大半を失っているはすだ。妄言を吐くな!」

「やってみなくちゃわからないでしょうが! 何をあっさり諦めているんですか!?」

「――、」

 私が怒鳴り返すと、フォードは目を見開いた。あれ、何かそんな響くこと言ったかな? 
 まあ今はフォードはどうでもいい。騎士たちを治すことが重要だ。
 今にも死んでしまいそうなほど顔色の悪い騎士たちのもとにひざまずき、手をかざす。

 手のひらに灯るのは緑色……“浄化”の光だ。
 けど光が弱い。アイリスの“治癒”の光の十分の一もないだろう。今の私がどれくらい弱体化しているかがよくわかる。けど、やるしかない。
 “浄化”のコツは相手の症状を正確に診断すること。“治癒”と同じく相手の魔力の流れに合わせて調整、さらに毒の成分に応じてもう一度調整。相手の症状にぴったり合うように細かく魔力をコントロールする必要がある。

「……ッ」

 頭が痛い!
 あっという間に魔力が枯渇しかける。冷や汗が噴き出し、めまいがする。事故の前ならいざしらず、今の私が扱える魔力はごくわずかしかない。

 けど……よし、できた!
 調整を終えた“浄化”の光を騎士たちに流し込む。

「楽に、なった……?」

 騎士が驚いたように言う。顔色はまだ悪いままだけど、呼吸や声からは不自然さがなくなっている。
 要領を掴んだ私はそのまま残り二人の騎士にも“浄化”を行い、症状を緩和させる。

「は、はは、すごい」

「息が楽にできる! 体も痛くない!」

 騎士たちはそれぞれ嬉しそうに声を上げる。
 何とかなった……!
 私はホッとした気持ちのまま立ち上がろうとして、足元をふらつかせた。

「あっ……」

 ぐいっ、と腕を引かれた。さらにバランスを崩したところを、大きな手に受け止められる。

「大丈夫か?」

 気遣うように声をかけてくるのはフォードだ。超絶美形が間近にあって、あまりの驚きに心臓が跳ねる。

「ふ、フォード様……すみません、ご迷惑を」

「いや、いい。それより……部下は助かったのか?」

 私は自分の足できちんと立ちつつ、首を横に振った。

「いえ、まだ安心はできません。今の私では症状を緩和させるので精一杯でした」

「! では――」

「ですが、数日はもつはずです。その間にポーションを開発してもらえば、助かるでしょう」

 さすがに毒を全部分解してしまうのは、今の私では無理だった。だから私が選んだのは、毒を弱めて三人の騎士の寿命を延ばすこと。
 騎士の話によれば、数日あれば赤模様の森蜘蛛の毒を分解するポーションができるとのことだった。それまで命をつなげさえすれば、彼らは助かるはずだ。

「もし日数が足りなければ、私がまた“浄化”を行います。それで大丈夫のはずです」

「そう、か。あいつらは助かるのか」

「はい。諦めなくてよかったでしょう?」

「……」

 私が胸を張って言うと、フォードは数秒黙り込んだ後。
 膝をつき、私に頭を下げた。
 ……えええええええ!? 急に何!?

「――ミリーリア・ノクトール殿。部下を救ってくれた貴女に感謝を申し上げる。貴女がいなければ、優秀な騎士が三人命を散らすところだった。貴女がいたから、彼らは生き残ることができた。心からの感謝を」

「え、あ、はい。どういたしまして」

「並びに、謝罪をさせてほしい。俺は貴女のことをよく知らないまま疑った。いかに自分の目が曇っていたか思い知らされた。……何か願いがあれば言ってほしい。俺に叶えられることなら、何でもさせてもらう」

 いや、私の願いって言われても。
 十年後、あなたが私とアイリスを捕まえないでくれたらそれでいいんだけど、そんなことを言っても伝わらないだろうし……
 あ、そうだ。

「じゃあ、またアイリスの様子を見に来てください」

「……は?」

「ほら、アイリスって私以外の大人とあんまりかかわりがないじゃないですか。それって子どもの教育上よくないと思うんですよね。価値観が偏るっていうか」

「それを自分で言うのか……?」

 まあ、これは建前だ。
 要するにフォードが敵に回らないようにするために、私とアイリスが善良な人間であると思ってもらいたいのである。そのためには私とアイリスの教育風景を定期的に覗いてもらうのが一番いいはず。

「アイリスもフォード様に懐いているようですし。ね、アイリス?」

「はい! ふぉーどさまと、おはなしできるのは、うれしいです」

「……わかった。そんなことでいいなら」

 よし、言質ゲット。

「約束ですよ!」

「なぜ小指を出す」

「指きりです。あ、指きりってわかります? こうやって小指を絡めて誓い合うんです」

「聞いたこともない。どこの国の風習だ?」

「ちなみに約束を破ると千本の針を相手に飲ませることができます」

「本当にどこの風習なんだ……」

 ブツブツ言いながらも指切りに応じてくれるフォード。
 今のアイリスと長期間接していれば、嫌でもアイリスを捕まえようなんて気にはならないはずだ。こんないい子いないんだから、ほんとに。

 そんなわけで、いろいろ予想外のことがありつつも、私はフォードとそこそこ友好な関係を結ぶことができたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

転生させて貰ったけど…これやりたかった事…だっけ?

N
ファンタジー
目が覚めたら…目の前には白い球が、、 生まれる世界が間違っていたって⁇ 自分が好きだった漫画の中のような世界に転生出来るって⁈ 嬉しいけど…これは一旦落ち着いてチートを勝ち取って最高に楽しい人生勝ち組にならねば!! そう意気込んで転生したものの、気がついたら……… 大切な人生の相棒との出会いや沢山の人との出会い! そして転生した本当の理由はいつ分かるのか…!! ーーーーーーーーーーーーーー ※誤字・脱字多いかもしれません💦  (教えて頂けたらめっちゃ助かります…) ※自分自身が句読点・改行多めが好きなのでそうしています、読みにくかったらすみません

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。

▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ...... どうしようΣ( ̄□ ̄;) とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!! R指定は念のためです。 マイペースに更新していきます。

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

おばさん、異世界転生して無双する(꜆꜄꜆˙꒳˙)꜆꜄꜆オラオラオラオラ

Crosis
ファンタジー
新たな世界で新たな人生を_(:3 」∠)_ 【残酷な描写タグ等は一応保険の為です】 後悔ばかりの人生だった高柳美里(40歳)は、ある日突然唯一の趣味と言って良いVRMMOのゲームデータを引き継いだ状態で異世界へと転移する。 目の前には心血とお金と時間を捧げて作り育てたCPUキャラクター達。 そして若返った自分の身体。 美男美女、様々な種族の|子供達《CPUキャラクター》とアイテムに天空城。 これでワクワクしない方が嘘である。 そして転移した世界が異世界であると気付いた高柳美里は今度こそ後悔しない人生を謳歌すると決意するのであった。

処理中です...