1 / 2
1話目 先生と私
しおりを挟む
青々と伸びた緑のカーテンから、暖かな光がもれる。窓から吹く風は、カラッとしてて、少し早い夏の香りがする。静かな部屋には、ただ、万年筆が走る音が響いている。カリカリ、っと子気味いい。
机に向かう彼は、実に楽しそうに筆を走らせる。目を隠すほどに伸びた前髪のせいで、あまり表情はわからないのだけれど、雰囲気だけは、とても伝わってくる。
彼の名前は、紙白 岫(かみしろ みさき)。本名なのかは、私にも分からないが、本人は、この名前を気に入っているらしい。小説家で、10年ほどしているそうなのだが、作品は、どれも鳴かず飛ばずのものばかり。俗に言う、売れない小説家だが、彼の小説が、私は好きだったりする。
そんな彼と出会ったのは、ちょうど今から3週間前のこと。売れない作家を育てる、という編集部の新しい意向により、彼の担当に私がつくこととなったのだ。
だが、担当と言っても、大層なことをする訳ではなくて。誤字の修正だとか、大まかな文法のチェックだとかを確認するくらいで特にやることが無い。現に、今もこうして部屋のソファーにどっかりと座って、コーヒーを飲みながら、ボーーっとしている。
しばらくすると、彼は「ふぅ」っと短く息をついて、一段落ついた顔で私を見ると、
「コーヒー、お願いしてもいいですか?」
と少し笑って言った。
私もちょうどコーヒーを飲み終えた所だ。「いいですよ」と言って、私はキッチンへと向かった。
水道水はNG。こだわりの豆。サイフォン式のコーヒーメーカー。先生は、フワフワとつかめないようなひとだが、こういう細部に変なこだわりを持っている。
さっきの部屋もそうだ。先生の座っていた机の後ろの壁。部屋に入って、左手の壁は、一面が本棚と化している。思い出の本だとか、お気に入りの本だとか、自分の作品だとかが、びっしりとならんでいる。普通の本棚では、ダメらしいが、私にはよく分からない。
と、もの思いにふけていると、お湯が沸いたようだ。フラスコがポコポコと沸き、ロートへお湯が登ってくる。ここで、粉を綺麗に撹拌する。これが、サイフォン式で美味しく作るコツだ。立ち上る湯気が香ばしく、それがキッチンを包む頃には、フラスコに美味しいコーヒーが出来上がっていた。
先生の元に、出来上がったコーヒーを持ってきたが、注文した当人は机で眠っていた。
「せっかく容れたのに。」
あまりに気持ちよさそうに寝てるので、起こすのも可哀想だ。
仕方ない。
私は網戸をあけると、窓枠に腰を下ろした。初夏の風は、爽やかで心地が良い。視線を落とすと、向かいの空き地に、青いチドリソウが生き生きと咲いている。景色を肴にするのもわるくない。
私は1人、午後の1杯を楽しむのだった。
机に向かう彼は、実に楽しそうに筆を走らせる。目を隠すほどに伸びた前髪のせいで、あまり表情はわからないのだけれど、雰囲気だけは、とても伝わってくる。
彼の名前は、紙白 岫(かみしろ みさき)。本名なのかは、私にも分からないが、本人は、この名前を気に入っているらしい。小説家で、10年ほどしているそうなのだが、作品は、どれも鳴かず飛ばずのものばかり。俗に言う、売れない小説家だが、彼の小説が、私は好きだったりする。
そんな彼と出会ったのは、ちょうど今から3週間前のこと。売れない作家を育てる、という編集部の新しい意向により、彼の担当に私がつくこととなったのだ。
だが、担当と言っても、大層なことをする訳ではなくて。誤字の修正だとか、大まかな文法のチェックだとかを確認するくらいで特にやることが無い。現に、今もこうして部屋のソファーにどっかりと座って、コーヒーを飲みながら、ボーーっとしている。
しばらくすると、彼は「ふぅ」っと短く息をついて、一段落ついた顔で私を見ると、
「コーヒー、お願いしてもいいですか?」
と少し笑って言った。
私もちょうどコーヒーを飲み終えた所だ。「いいですよ」と言って、私はキッチンへと向かった。
水道水はNG。こだわりの豆。サイフォン式のコーヒーメーカー。先生は、フワフワとつかめないようなひとだが、こういう細部に変なこだわりを持っている。
さっきの部屋もそうだ。先生の座っていた机の後ろの壁。部屋に入って、左手の壁は、一面が本棚と化している。思い出の本だとか、お気に入りの本だとか、自分の作品だとかが、びっしりとならんでいる。普通の本棚では、ダメらしいが、私にはよく分からない。
と、もの思いにふけていると、お湯が沸いたようだ。フラスコがポコポコと沸き、ロートへお湯が登ってくる。ここで、粉を綺麗に撹拌する。これが、サイフォン式で美味しく作るコツだ。立ち上る湯気が香ばしく、それがキッチンを包む頃には、フラスコに美味しいコーヒーが出来上がっていた。
先生の元に、出来上がったコーヒーを持ってきたが、注文した当人は机で眠っていた。
「せっかく容れたのに。」
あまりに気持ちよさそうに寝てるので、起こすのも可哀想だ。
仕方ない。
私は網戸をあけると、窓枠に腰を下ろした。初夏の風は、爽やかで心地が良い。視線を落とすと、向かいの空き地に、青いチドリソウが生き生きと咲いている。景色を肴にするのもわるくない。
私は1人、午後の1杯を楽しむのだった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
コンプレックス・ストロンガー
蒼良
ライト文芸
強さを持ち合わせた女性に憧れる彩夏は、ある日の夜道で完璧な女性「満越」に出会う。恋愛に仕事にすべてパーフェクトな彼女に惹かれ、そんな女性を目指す葛藤の日々を描く。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
伊緒さんのお嫁ご飯
三條すずしろ
ライト文芸
貴女がいるから、まっすぐ家に帰ります――。
伊緒さんが作ってくれる、おいしい「お嫁ご飯」が楽しみな僕。
子供のころから憧れていた小さな幸せに、ほっと心が癒されていきます。
ちょっぴり歴女な伊緒さんの、とっても温かい料理のお話。
「第1回ライト文芸大賞」大賞候補作品。
「エブリスタ」「カクヨム」「すずしろブログ」にも掲載中です!
伊緒さんの食べものがたり
三條すずしろ
ライト文芸
いっしょだと、なんだっておいしいーー。
伊緒さんだって、たまにはインスタントで済ませたり、旅先の名物に舌鼓を打ったりもするのです……。
そんな「手作らず」な料理の数々も、今度のご飯の大事なヒント。
いっしょに食べると、なんだっておいしい!
『伊緒さんのお嫁ご飯』からほんの少し未来の、異なる時間軸のお話です。
「エブリスタ」「カクヨム」「すずしろブログ」にても公開中です。
『伊緒さんのお嫁ご飯〜番外・手作らず編〜』改題。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる