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1話目 先生と私

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 青々と伸びた緑のカーテンから、暖かな光がもれる。窓から吹く風は、カラッとしてて、少し早い夏の香りがする。静かな部屋には、ただ、万年筆が走る音が響いている。カリカリ、っと子気味いい。


  机に向かう彼は、実に楽しそうに筆を走らせる。目を隠すほどに伸びた前髪のせいで、あまり表情はわからないのだけれど、雰囲気だけは、とても伝わってくる。


 彼の名前は、紙白 岫(かみしろ みさき)。本名なのかは、私にも分からないが、本人は、この名前を気に入っているらしい。小説家で、10年ほどしているそうなのだが、作品は、どれも鳴かず飛ばずのものばかり。俗に言う、売れない小説家だが、彼の小説が、私は好きだったりする。


  そんな彼と出会ったのは、ちょうど今から3週間前のこと。売れない作家を育てる、という編集部の新しい意向により、彼の担当に私がつくこととなったのだ。
 

   だが、担当と言っても、大層なことをする訳ではなくて。誤字の修正だとか、大まかな文法のチェックだとかを確認するくらいで特にやることが無い。現に、今もこうして部屋のソファーにどっかりと座って、コーヒーを飲みながら、ボーーっとしている。


   しばらくすると、彼は「ふぅ」っと短く息をついて、一段落ついた顔で私を見ると、
  「コーヒー、お願いしてもいいですか?」
 と少し笑って言った。 


  私もちょうどコーヒーを飲み終えた所だ。「いいですよ」と言って、私はキッチンへと向かった。


  水道水はNG。こだわりの豆。サイフォン式のコーヒーメーカー。先生は、フワフワとつかめないようなひとだが、こういう細部に変なこだわりを持っている。


  さっきの部屋もそうだ。先生の座っていた机の後ろの壁。部屋に入って、左手の壁は、一面が本棚と化している。思い出の本だとか、お気に入りの本だとか、自分の作品だとかが、びっしりとならんでいる。普通の本棚では、ダメらしいが、私にはよく分からない。

 と、もの思いにふけていると、お湯が沸いたようだ。フラスコがポコポコと沸き、ロートへお湯が登ってくる。ここで、粉を綺麗に撹拌する。これが、サイフォン式で美味しく作るコツだ。立ち上る湯気が香ばしく、それがキッチンを包む頃には、フラスコに美味しいコーヒーが出来上がっていた。 


  先生の元に、出来上がったコーヒーを持ってきたが、注文した当人は机で眠っていた。

  「せっかく容れたのに。」

  あまりに気持ちよさそうに寝てるので、起こすのも可哀想だ。

  仕方ない。

  私は網戸をあけると、窓枠に腰を下ろした。初夏の風は、爽やかで心地が良い。視線を落とすと、向かいの空き地に、青いチドリソウが生き生きと咲いている。景色を肴にするのもわるくない。

   私は1人、午後の1杯を楽しむのだった。

  
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