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四章
「商人の街・ゴールディ―ウォール」その⑥
しおりを挟む「一つ質問あるんですけど、アレは何故、追い出さないんですか?」
「どうやらあいつの必殺技が凄いらしいのよ」
必殺技あるのかよ。やっぱモンスターじゃん。
「マンドラゴラの断末魔の叫び、ってやつ」
「それヤバそうですね」
「ヘタしたら五キロ圏内の人間が死んじゃうかもっていわれたら、流石に手が出せないでしょ」
「そ、そういう事ですか、恐ろしいっすね……人間が一緒に住めるんでしょうか」
「まっ、噂よ噂、確定情報じゃないから。じゃあ近いうちに契約書もってくるわ。がんばってね。そだ、家具とか全部、好きに使っていいよ」
で、エマさんは鍵を渡すとそそくさと逃げ帰った。
しかしこの物件、謎のマンドラゴラがいる以外はホンとに最高かも。前の住人の家具や食器があるし、どの部屋にもベッド付きがありがたい。
「さて、どうしようかな」
もう少しで日が暮れてきそうだし、夜になる前にあのクリーチャーと仲良くならないと。
どんなコミュニケーションとればいいんだろ、やはり普通に怖い。だって地面から顔だけしか見えてないからね、もうそれ生首だし。
「私がご主人の代わりに、あの植物と話を付けてきましょうか」
「スカーレット、有り難いけどここは任せてくれ。慎重にいかないと」
「しかしご主人、既にあのバカ猫が」
「えっ⁉」
庭に出るドアが開いておりクリスが居ない。
ってもうクリスさん話しかけてるぅぅぅっ⁉
なにやってくれてんだよこの天然星人は。バカだからなの、半獣人だからなの、なんで怖くないの、空気読もうぜクリスさん。
「どちら様ですか、あなたは」
慌てて庭に出ると謎のマンドラゴラのセバスチャンが声優並みのイケメンボイスでクリスに言うのが聞こえた。
「奴隷のクリスチーナなのにゃ。今日からここに住むことになったのにゃ」
「ほほう、ここにお住みになる」
地面から顔だけ出してるセバスチャンは、眼前に立つ長身のクリスを見上げ穏やかな口調で言った。
「ところでクリスチーナさん、あなたは何故パンツを穿いていないのでしょうか」
足元から見上げてるし、そりゃ丸見えだから気付くよな。って、そこツッコミ入れちゃうかセバスチャン。しかし本当に人間の言葉を普通に喋ってるよ、植物なのに。
「それは何故にゃのか、涙なしには語れない深い理由があるのにゃ」
どんな理由だよ。あるとしても、それは無残に引き裂かれた可哀相なパンツにであって、お前にはないから。
「理由などない。ただバカだからだ」
「にゃにゃっ⁉ スカーレットちゃん酷いのにゃ」
「なるほど、バカだからですか。それは実に興味深い答えです」
そこは興味持たなくていい所ですよセバスチャン。バカに意味などないからね。どんな天才にも、天然スキルMAX生物の思考や行動を理解することは不可能だ。
「なんでしょうか、クリスチーナさん。わたくしの顔に何か付いていますか?」
クリスはセバスチャンの顔を凝視していた。
「なんだかこの顔に見覚えがあるのにゃ」
「他人の空似ではないでしょうか。わたくしはあなたの事を知りませんから」
「……はにゃ⁉ 色々昔の事を思い出したのにゃ。前のご主人様と東の大陸に行ったことがあるにゃ。その時に遺跡系ダンジョンへ一緒に行った冒険者様とよく似ているのにゃ」
「はい、そこまで。後は俺が話すから、二人はさがっててくれ」
「御意」
「はいにゃ」
返事はいいし命令もきくんだけど、結局は制御できてない。
「どうやらあなたが御主人様のようですね」
「俺は秋斗。よ、よろしく」
先に名乗ると生首状態のセバスチャンは、土の中からひょいっと出てきてその姿の全てを現す。
マンドラゴラだし地面から出る時に断末魔の叫びを発するかとビビったけど何事もなくてよかった。
「わたくしの名はセバスチャン、こう見えて人間ではなく、マンドラゴラです。以後お見知りおきを」
セバスチャンは姿勢よく直立し、胸に手をあてて一礼した。
っていうかやっぱマンドラゴラだったぁーー‼ ただエマさんが言ってた通り礼儀正しい奴だ。
いや、いま問題は植物とかモンスターじゃない、格好だよ格好。セバスチャン、なんだよその格好は。ドえらい事になってますけど。
セバスチャンは二十代半ばぐらいの白人系の男性だ。横分けのサラサラヘアは緑髪で、目は切れ長、瞳は神秘的なグリーン、美形で精悍な顔立ち。身長は180センチはあり細マッチョ体型。
問題なのは服装だ。本来は白いワイシャツなんだろうが、首の周りは襟しかなく、後はボタンを付ける手首の部分しかない。バニーガールのコスプレ衣装かよ。で、首には紺色の蝶ネクタイをしている。下半身は競泳水着のような紺色のビキニパンツ姿で、足には紺の靴下と黒いエナメルシューズ。
ほぼ裸だよ裸‼ こんなのが町中歩いてたら変質者だからね。いくら少女漫画の主人公の相手役張りに美形でキラキラオーラが出てても超怖いだろ。更に言えばパンツのもっこりが外人級で気になる。こいつは植物だよね、あの中はどうなってんだ、ある物あるの?
こういう時いつも通りならクリスのドジっ子スキルが発動して、何故か何もないところでこけて誰かのパンツをずり下すんだが、やはりあれは美少女限定スキルのようで男相手では無理か。そもそも雄雌あるのかな。見た目は完全に雄だけど。
とにかくもうマンドラゴラって知らなけりゃ、いや知っててもただの変態だろ。しかも勝手に動き回れるとか怖くてキモいよ。
よく見たらちゃんと乳輪と乳首まである。体毛とかはなくツルツルのお肌で、あと不思議と土とかが付いてなくて汚れていない。
「あの、セバスチャンさん、俺たちここに住むんだけど」
「先ほどもそういう話がでていましたね」
「住んでもいいかな、奴隷もいるけど」
この謎の植物の落ち着いた感じが不気味であなどれない。慎重に会話しなくては。
「ここはわたくしの持ち物ではありませんので、あなたが家主と契約を交わしているのであれば、住んでもいいのではないでしょうか。まあ、わたくしとしましては、条件が二つあります」
「じょ、条件とは?」
結局はあるんだな、お約束の面倒ごとが。しかも二つかよ。本当ならまったくもって聞く必要はない。
今なら隙を突いてワンパンで倒して気絶させられる。その間に山奥に捨ててくれば解決する。しかし、もしかしたら本体は地中深くにあって、目の前のこいつは分身体かもしれない。そしたら必殺技が発動するかもだし、こりゃ動くに動けない。仲良くするのが得策か。
「一つは、わたくしのお茶の誘いは断らないこと」
なにそれ超めんどくせぇぇぇ。
「一日何回ぐらいですかねぇ。仕事もあるし限界があるんですけど」
「その辺りは、わたくしも心得ておりますので、ご心配なく」
「じゃあ、そういう事でいいですよ」
いったい植物相手に何を交渉してんだよ。ファンタジーにもほどがある。夢でもこんなキャラ出てこないだろ。異世界生物多種多様すぎ。
「それでは二つ目ですが、こちらが重要なのです。わたくしの創造主たるマスターの居場所を探し出し、助け出すことです」
「え~っと、マスターって、ここで花屋をやってたお爺さん?」
「その通りです。マスターの名は、ロイ・グリンウェル」
「探すのは分かるけど、助け出すってどういう状況?」
「マスターはある日突然いなくなったのです。わたくしになにも言わず、そして連れて行かないなど、ある訳がございません。きっと誘拐されたのです。拉致監禁でございます。あぁ、可哀相なマスター、今頃どんな酷い目にあっていることか」
なんだか大袈裟なこと言ってますけど、偶然変な生物作ってしまったから逃げたんじゃないの。それかお茶の誘いがウザかったとか。って言ったらここに住めなくなりそう。
「何か手掛かりとかは」
「なにもございません。ですがここは大きな街ですから、数多くの情報屋がいるはずです。腕利きの者に出会えれば、色々分かると思われます」
なるほど、情報屋か。そんな商売もあるんだな。
でも謎の植物が勝手に言ってるだけで、本当に誘拐されたという確証はない。情報なんてあるのかな。あとその情報って金がいるんじゃないの。いったい誰が払うんでしょうね。
「分かった。そのマスターとやらを探すよ、約束する。状況によっては助け出す。でもこっちも仕事があるから、全ての時間を使えないけど、それでいいかな」
なんだか信じられないぐらい摩訶不思議な事になってしまった。俺の異世界生活はどんな風になるんだろ。
「勿論です。あなたが話の分かる人でよかった。それではこれからよろしくお願いします」
セバスチャンは丁寧に礼をした。立ち居振る舞いだけはちゃんとしてるけど、ビキニパンツと蝶ネクタイ、靴と靴下だけしか身につけてないからやっぱ変態にしか見えない。
「あのさぁ、普通の服は持ってないの?」
「色々とありますが、この格好はお気に召しませんでしたか」
「そういうわけじゃないんだけど、できれば服を着てほしいかな」
「ふむ、では検討いたしましょう」
「じゃあよろしく」
仕方がないとはいえ変なのと同居することになっちまったぜ。しかも報酬なしで探偵みたいな仕事もすることになった。
でも良しとするかな。賃貸物件だけど、ついに異世界で住む家を手に入れたわけだし。数日前まで食っちゃ寝ニートの自宅警備員だったことを思えば、凄まじい進歩といえる。マジで嬉しい。
これからガンガン冒険に出てレベルを上げて商売をするぞ。あと絶対人間の彼女を作ってやる。
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