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第四章 因縁の導き
解放 3
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「全然わかんねぇ」
啼義はベッドに大の字に伸びると、大きなため息をついた。あれから何度か挑戦してみたが、結局一度も、それらしい力は発動しなかった。頭の中に、先ほどのアディーヌの話が回る。
『そこそこ自由に同調できるようになるまで、一年ほどかかります』
ダリュスカインと再び相見えるまで、どう見てもそんな時間が稼げるとは思えない。竜の加護が操れない自分は、彼に何で対抗できるのだろうか。
<イルギネスたちを、絶対に道連れには出来ない>
彼らは、自分を一人で行かせたりしないだろう。ついて来てもらうのは心強いが、自分がこんな状態では、仲間の命も危険に晒しかねない。
<でも>
啼義はふと思い当たった。ダリュスカインの標的は自分だ。だったら、自分だけが行けばいいのではないか。彼の居場所は、ほどなくして分かるだろうとアディーヌは言ったが、自分が出ていけば、ダリュスカインの方から見つけてくるのでは?
それに──先ほど術を施されている間に脳裏に甦った懐かしい光景を、啼義は思い返した。
『私も、独りです』
あの時の、ダリュスカインの横顔。
靂を葬ったことは許せるはずがない。さりとて、仇であり、自分の命を狙うからと言って、ただ戦って勝てば、それで全てが丸く収まるのか。
打ち解けた仲ではなかったが、十年も一緒にいたのだ。どこかで、同じ思いも抱いていたはずだ。
<ダリュスカインと、話がしたい>
それも、一対一で、対等に。
追撃を受けた日に自分に向けられた殺意は、生半可なものではなかった。実際、あんな恐ろしい呪念をも埋めこんだほどだ。今も彼は、自分を消し去りたいと思っていることだろう。
ダリュスカインは、今、自分のように誰かと一緒にいるだろうか。
社にいた人間は、全員が啼義の味方だったわけではない。出自不明の自分は、一部では気味悪がられてすらいた自覚もある。しかし、靂を弑した者について行くことも、有り得ないだろう。
<あいつは、恐らく一人だ>
ならば、自分も一人で向かわなければ、対等とは言えないのではないか。なんとかそこで収まれば、イルギネスたちを危険に晒す確率も減らせる。
啼義はしばらく、天井を見上げて考えた。今、イルギネスと驃は店の方にリナといる。アディーヌは自室に籠ったままだ。
<今しかない>
思いは、急に固まった。
啼義は起き上がり、紙がないかを探し、机の引き出しに見つけた用紙に、朝矢から借りた服を返しておいてくれとイルギネス宛に走り書きする。それから手早く荷物をまとめ、ザックに地図を突っ込んだ。
抜け出すのは、拍子抜けするほど簡単だった。
羅沙を出る時から身につけていた金袋には、入れたままの金がちゃんと残っていた。これまでの道のりで、いくら言っても、イルギネスが彼から金を受け取らなかったからだ。それで日持ちする乾物を適当に買いこみ、町から北へ出る道を黙々と進んだ。
外壁に面した門を前に、坂を上り切って振り返ると、街並みの向こうに海が見える。昨日、生まれて初めて見た遙かな海原の青は、今日も悠々とそこに広がっていた。
<イルギネス>
瞳にその色を宿した銀髪の青年の、優しい笑顔がよぎる。急に感情が迫り上がってくるのを、グッと堪えた。
<大丈夫。また会える>
この町で出会ったみんなの顔を思い浮かべ、啼義は誓った。
<必ず帰ってくるんだ>
門を通り過ぎようとした時、守衛が驚いて啼義に声をかけた。
「今から外に出るのかい? もう数時間もしないうちに、日が暮れ始めるぞ」
「ちょっと急いでるんだ。大丈夫」
「そうか。気をつけてな」心配そうな顔で見送る守衛に軽く会釈をし、啼義は門の外へと、足を踏み出した。
野宿の仕方は、イルギネスとの旅である程度覚えている。一人でどこまで出来るのか不安がないわけではないが、出て来てしまった以上、なんとかするしかない。みんなが気づいて自分を探すのは、時間の問題だろう。追いつかれては元も子もない。日が落ちるまでに、できるだけ進みたかった。
ミルファの敷地を出てしばらく行くと、少しばかり鬱蒼とした山道になる。来る時はイルギネスと二人、昼間だったので特になんとも思わなかったが、わずかに影が長くなって明るさを落としてきた今、たった一人では少々不気味だ。他に同じ道を行く人影もない。
<まだ少し時間がある。日が暮れるまでに抜けちまおう>
足早に進み、あと少しで山道を抜けられると安堵した時、前方の茂みに、妙な動きを捉えた。
<何かいる>
啼義が立ち止まって様子を伺っていると、それはのそりと身を起こした。白い毛を纏った四本足の猛獣は、離れていても自分の背丈ほどもあるのが分かる巨体で、その毛先は陽炎のように揺らめいている。動物ではない。魔物だ。
思わず息を呑んだ啼義の前で、魔物の金の瞳が、辺りを確認するようにぐるりと彷徨い、ピタリと彼に照準を合わせた。
啼義はベッドに大の字に伸びると、大きなため息をついた。あれから何度か挑戦してみたが、結局一度も、それらしい力は発動しなかった。頭の中に、先ほどのアディーヌの話が回る。
『そこそこ自由に同調できるようになるまで、一年ほどかかります』
ダリュスカインと再び相見えるまで、どう見てもそんな時間が稼げるとは思えない。竜の加護が操れない自分は、彼に何で対抗できるのだろうか。
<イルギネスたちを、絶対に道連れには出来ない>
彼らは、自分を一人で行かせたりしないだろう。ついて来てもらうのは心強いが、自分がこんな状態では、仲間の命も危険に晒しかねない。
<でも>
啼義はふと思い当たった。ダリュスカインの標的は自分だ。だったら、自分だけが行けばいいのではないか。彼の居場所は、ほどなくして分かるだろうとアディーヌは言ったが、自分が出ていけば、ダリュスカインの方から見つけてくるのでは?
それに──先ほど術を施されている間に脳裏に甦った懐かしい光景を、啼義は思い返した。
『私も、独りです』
あの時の、ダリュスカインの横顔。
靂を葬ったことは許せるはずがない。さりとて、仇であり、自分の命を狙うからと言って、ただ戦って勝てば、それで全てが丸く収まるのか。
打ち解けた仲ではなかったが、十年も一緒にいたのだ。どこかで、同じ思いも抱いていたはずだ。
<ダリュスカインと、話がしたい>
それも、一対一で、対等に。
追撃を受けた日に自分に向けられた殺意は、生半可なものではなかった。実際、あんな恐ろしい呪念をも埋めこんだほどだ。今も彼は、自分を消し去りたいと思っていることだろう。
ダリュスカインは、今、自分のように誰かと一緒にいるだろうか。
社にいた人間は、全員が啼義の味方だったわけではない。出自不明の自分は、一部では気味悪がられてすらいた自覚もある。しかし、靂を弑した者について行くことも、有り得ないだろう。
<あいつは、恐らく一人だ>
ならば、自分も一人で向かわなければ、対等とは言えないのではないか。なんとかそこで収まれば、イルギネスたちを危険に晒す確率も減らせる。
啼義はしばらく、天井を見上げて考えた。今、イルギネスと驃は店の方にリナといる。アディーヌは自室に籠ったままだ。
<今しかない>
思いは、急に固まった。
啼義は起き上がり、紙がないかを探し、机の引き出しに見つけた用紙に、朝矢から借りた服を返しておいてくれとイルギネス宛に走り書きする。それから手早く荷物をまとめ、ザックに地図を突っ込んだ。
抜け出すのは、拍子抜けするほど簡単だった。
羅沙を出る時から身につけていた金袋には、入れたままの金がちゃんと残っていた。これまでの道のりで、いくら言っても、イルギネスが彼から金を受け取らなかったからだ。それで日持ちする乾物を適当に買いこみ、町から北へ出る道を黙々と進んだ。
外壁に面した門を前に、坂を上り切って振り返ると、街並みの向こうに海が見える。昨日、生まれて初めて見た遙かな海原の青は、今日も悠々とそこに広がっていた。
<イルギネス>
瞳にその色を宿した銀髪の青年の、優しい笑顔がよぎる。急に感情が迫り上がってくるのを、グッと堪えた。
<大丈夫。また会える>
この町で出会ったみんなの顔を思い浮かべ、啼義は誓った。
<必ず帰ってくるんだ>
門を通り過ぎようとした時、守衛が驚いて啼義に声をかけた。
「今から外に出るのかい? もう数時間もしないうちに、日が暮れ始めるぞ」
「ちょっと急いでるんだ。大丈夫」
「そうか。気をつけてな」心配そうな顔で見送る守衛に軽く会釈をし、啼義は門の外へと、足を踏み出した。
野宿の仕方は、イルギネスとの旅である程度覚えている。一人でどこまで出来るのか不安がないわけではないが、出て来てしまった以上、なんとかするしかない。みんなが気づいて自分を探すのは、時間の問題だろう。追いつかれては元も子もない。日が落ちるまでに、できるだけ進みたかった。
ミルファの敷地を出てしばらく行くと、少しばかり鬱蒼とした山道になる。来る時はイルギネスと二人、昼間だったので特になんとも思わなかったが、わずかに影が長くなって明るさを落としてきた今、たった一人では少々不気味だ。他に同じ道を行く人影もない。
<まだ少し時間がある。日が暮れるまでに抜けちまおう>
足早に進み、あと少しで山道を抜けられると安堵した時、前方の茂みに、妙な動きを捉えた。
<何かいる>
啼義が立ち止まって様子を伺っていると、それはのそりと身を起こした。白い毛を纏った四本足の猛獣は、離れていても自分の背丈ほどもあるのが分かる巨体で、その毛先は陽炎のように揺らめいている。動物ではない。魔物だ。
思わず息を呑んだ啼義の前で、魔物の金の瞳が、辺りを確認するようにぐるりと彷徨い、ピタリと彼に照準を合わせた。
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