風は遠き地に

香月 優希

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第三章 邂逅の街

手繰る真実 2

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 夕飯は和やかなものだった。啼義ナギには、こんな人数で食事をした経験がほとんどない。昨晩の酒場での賑やかな夜も新鮮だったが、こういう穏やかな雰囲気はやはり落ち着く。食卓には、一つずつの皿は大きくないものの、品目が多めで、野菜や肉類、そして少しの魚類が並んでいた。きちんと栄養バランスが配慮されているように見える。
<料理、上手いんだな>
 黙々と肉料理を頬張りながら、啼義はリナの方を見た。彼女はアディーヌと今日の報告をしあっている。
「お昼すぎに、シーファン様がお見えになったので、いつもの薬草をお渡ししておきました」
「ありがとう。経過は順調かしら?」
「とてもいいそうです。よろしくお伝えくださいって」
「よかったわ」
 啼義は皿に料理をとりながら、会話の途中でころころと笑ったりして変わるリナの表情を、なんとはなしに目で追っていた。
 食事が終わってからも、アディーヌが持ち帰った焼き菓子と、茶を並べたテーブルを囲んで、和やかな時間は続いた。そこで少し、アディーヌとリナの話になった。
 アディーヌは、五十歳を迎えた約三年前にイリユスの神殿を出て、自分の故郷であるこのミルファで、薬師と治癒術を用いた治療院を開いたそうだ。リナがここに来たのは半年前。一昨年、神殿併設の魔術師養成学校に入ったものの、全く馴染めなかった彼女を、ちょうどイリユスに訪れていたアディーヌが連れ出したのだという。
「私、落ちこぼれだったの。自分でも、自覚はあったけど……」
 リナは、先ほどよりは吹っ切れた顔で言う。だが、
「ある日ね、みんなが笑ってるのが聞こえちゃったの。才能ないよねって」ちょっとだけ寂しそうに顔を伏せた。
 劣等感の原因はそれか、と啼義は解釈した。大勢の中でそんな言われ方をしたら、さぞかし居心地が悪いだろう。自分も羅沙ラージャやしろで、素性の知れない拾われっ子であることで馴染めない空気があったので、なんとなく理解ができる。とは言え──リナの曇った表情は、啼義を苛立たせた。
「なんだよそれ」苛立ちがそのまま、言葉に出た。
「とんでもねえな。そんな陰口」口に出したら余計に腹が立ち、抗議の言葉が続けて出てくる。「うるせえって蹴散らしてやればよかったのに」
 啼義にしては饒舌になっている様子に、隣のイルギネスが「お?」という顔をしたが、本人は気づいていない。正面にいたリナが何か言おうとしたが、一歩遅かった。イルギネスはにんまり微笑んで、唐突に言った。
「随分ムキになるんだな、啼義」
「──え?」
 啼義は、今さら自分の言動に驚いたように固まった。
「な、なんだよ。……だって、人のこと笑うとか、むかつくじゃねえか」
 後ろめたいことなどないのに、イルギネスの笑みに妙な空気を感じ、啼義は狼狽うろたえた。銀髪の相棒は、笑顔のままで答える。
「ああ、そうだな。俺も、リナはアディーヌ様のところに来て、良かったと思ってるよ」
 青い瞳が、悪戯っぽく笑っている。言葉になっていない何かを感じるが、その正体が掴めず、啼義の顔に警戒の色が浮かんだ。
「そんな顔するな。なにもしないよ」
 イルギネスは相変わらず笑顔だが、啼義は渋面になった。
<なんか知らねえけど、絶対面白がっている>
 リナを見ると、困ったような顔をしている。だが目が合った途端、なぜか互いに逸らしてしまった。啼義は釈然としない。なんでこんな空気になっているんだ?
 しかし、緊張が走ったのは二人の間だけで、周囲では何事もないかのように会話が続いた。しらかげなどは、そんなに口をきかないが、皆の会話を楽しげに聞きながら、菓子を順調に消費している。
 イルギネスが「こいつ、こんな雰囲気なのに、甘い物に目がないんだぜ」と驃をやんわりと指差した。言われた方は「こんな雰囲気とはなんだ」と返しながらも、骨張った逞しい手で次の焼き菓子を口に放りこんで、確かに幸せそうだ。昨晩もそうだったが、長年の親友同士の二人のやり取りは、なんだかんだ阿吽の呼吸で、少し羨ましい。啼義はぼんやり、朝矢トモヤのことを思い出した。彼とも、長くいられたなら、こんなふうになっていただろうか。

 やがて、皿の上の菓子も尽きてきた頃──
「ところで、啼義」イルギネスがあらたまった様子で、切り出した。
 その視線を一瞬、驃に流す。驃が察して、黙ったまま頷いた。
「ひとつ、報告がある」
 イルギネスが、啼義の目を真っ直ぐに見つめる。「何?」
 口を開いたのは驃だ。「お前の出自が、わかった」
「出自?」
 突然出てきた単語の意味を図りかねて尋ねると、イルギネスが続けた。
「本当の生誕日と、ディアード様たちがつけた名前だよ」
 予想もしない内容に驚いて、啼義は言葉を失った。本当の──
「生誕日と、名前?」
 鼓動が、胸の内で速まるのを感じた。イルギネスの目は、無言で問うている。今、聞きたいか、聞きたくないかと。

<一生、知ることなんてないと思ってた……> 

 生誕日も名前も──自分にとってのそれは、拾われた日と、レキが授けてくれた名前だ。一方で心のどこかには、本当のことを知りたい気持ちも勿論あった。でもそれが目の前にあると分かった途端、触れてはならないような感覚が押し寄せてきた。を知って、今の自分が揺るがされたりはしないだろうか。
 だがそれ以上に──知りたい気持ちが勝った。
 僅かな逡巡のあと、啼義は口元を引き締め、彼の瞳を見返した。
「聞きたい」
 イルギネスは、静かな眼差しで啼義の黒い瞳を探るように覗きこみ、優しく目元を和ませた。
「分かった。じゃあ、今から話そう」
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